小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「七恵さー……もう俺にアイツの名前呼ばすのやめようぜ……」

 そう言ってのぶはゴロリと仰向けに転がった。

 だって呼ばせりゃ早く終わるじゃん!

「呼ばせなくとも勝手に呼ぶくせに……」

「だって、幸せなんだもん……」

 幸せで『海乃ー』かよ。うはー身勝手な男だなー。絶対他に恋人なんて作れないじゃん!

 でも、私にはそれが嬉しい。

 のぶには解らないところで、私も海乃を抱けるから!……って、私のヘンタイ!でも本当。

 だから、のぶの相手は私じゃなきゃ務まらない。

 だけど最近ののぶは、私の事を好きになろうとしてるのが垣間見えて、苦しくなるよ。のぶは、嘘つくのが格

別下手だから。

 その点、私は随分と嘘が上手くなった。



 帰りの車の中では、アラベスクがかかっていた。『ハロー・ミスター・モンキー』だ。つくづくのぶのための

歌だなあ……。

「……まだこんなの聴いてるの?中学の時だっけ?流行ったの」

「ああ。これ、後から出たベスト盤で誕生日に海乃がくれた」

「ふーん。私は誕生日に米米クラブもらった」

「コレがカセットだから、CDチェンジャーつけられねえ」

「あはは、殊勝だねえ〜社会人なのに車にCDつけないのはケチなのかと思ってたよ」

 懐かしい歌だった。必死で英語の歌詞覚えたな。今でもまだ歌えるかもしれない。でも私はノーランズの方が

好きだった。

「お前、就活すんの?」

 わ。いきなり現実に引き戻された。

「うん……出版社」

 頭を掠めていただけの計画を初めて口にした。……まだ綾にも相談してなかったのに……

「出版社?海乃じゃあるめえし」

「海乃、出版に行きたかったの?」

「知らねえけど、小説かいてたじゃん」

 知ったたんだ……

「読んだことある?」

「いや、ないけど」

「実は私も書いてみようかと思って」

 自分が凄いとさえ思う。嘘ならいくらでもツルツルと口を滑らせる事が出来る。

 のぶが眉をひそめた。

「そこまで真似すんの?」

 ふん。アンタにわかるわけがない。

「いいでしょ!書いたら読んで、感想聞かせてね」

「はいはいはい」

 今、その場でこさえた嘘と方便だったけど、意外に途になりそうだ。

「早速書いてみるわ。もうすぐバレンタインだから、それまでに。でも……今年はあの、世にも不味いチョコが

食べれないんだね」

「……」

 あれ……ツッコミがない。見ると、のぶは真顔を運転に集中している……

 ヤバい!のぶを落ち込ませてしまった。

「代わりに、不味そうなの買ってきてあげるから。一応、彼女だし!店に行くから席の予約ヨロシクね!」

 ……く、苦しいか?

「俺、その日は仕事出たくない」

「どうしてよ!いっぱい貰えるでしょ、美味しいの」

「……だからだよ」

 のぶが貰う、食べきれない程のチョコで、海乃の激マズチョコは出来ている。

 アレは海乃のくれる『呪い』だったのだ。私とのぶを離さない『呪いの鎖』

 ……なんて話が、ノートにあったと思う。



 家の前に帰り着いて、のぶが言った。

「学校キツかったら俺ん所来いよ」

 そう言えばそんな理由で呼ばれたんだっけ。

「明日も電話するから」

「明日は居ない。行く所がある」

 ポンと出てしまった言葉に、のぶが目を丸くした。

 ちょっと間を置いて「……お前、もしかしてさ……」と言葉を切るから私は慌てた。

 にっこり笑って「なあに?」と首を傾げてやった。

 のぶ爆発。思った通りだ。

「て……!てめえ、今わざとやったろ!?」

「バレた?」ペロリと出した舌を噛みつかれた。

「もっかい犯すぞ!」

 真っ赤になって凄むのぶが可愛い。

 『もしかして』の続きがどんな言葉でも、たぶん私には都合が悪い。いつかはのぶも知ることとなる嘘でも、

まだもう少し、ささやかでものぶには幸せだと思っていて欲しいよ。


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