バレンタインって何だっけ?それ、美味しいの?
そう。フツウはね、美味しいの。
「不味いチョコなんて、どこに売ってるっちゅーんだっての!!」
とりあえず、うちの店に入った輸入物のチョコレートコーティングのウィスキーボンボンを食べながら、明日
に迫ったバレンタインに悶絶の意を表していた。
「なな、ウザいよ。不味いの欲しけりゃ、明日おれがもらうのやるよ」
小学5年でナゼだかモテ期を持て余す弟の拓実に、後ろからどつかれる。
何なの!?ついこないだまでは雷にもビクついてたガキが!
「不味いチョコなんてあるか!」
「甘いな、ななちゃんは。小学生の手作りチョコなんてたかが知れてるだろ?ま、うーちゃんのには負けるけど
ね。それより電話。のぶ兄から」
コードレスの電話の子機を差し出す。なんか拓実、のぶに似てきたな……
「もしもし?」
電話の向こうでのぶは笑っていた。
『もしもし、俺だ。てか、拓実、何か大人になったな』
「生意気でしょう?海乃が居なくなってからなんだけどね、私がしょげてたからかな、あの頃から急に逞しくな
ったよ」
『カッコイイな。俺も見習わなきゃな……って、それどころじゃねえ!』
急に焦って、受話器を覆っているのだろう、小声で捲し立てた。
『すぐ来い!ちょっとカッコつけて、化粧して彼女として来い!恋人ぶって来い!すぐだ、すぐ!』
のぶは酷く慌てている。
「何言ってんの?行くの明日って……」
『あの女が来た!!』
……どの女?居すぎてわかんないよ。
「誰?ミカ?」
『違う!俺がヤっちゃった、海乃モドキ!お前、俺を助けろ!』
ガチャンと電話は切れた。
……嘘でしょう?そんなの相手に私がのぶをどう助けられるって言うの?下手したら私の方がフラフラ〜っ
と……バシッ!!
ひとまず自分の頬を叩いてみた。
仕方ない。腐っても恋人のピンチだ!他ならね彼氏の頼みだ!行かないわけにはいかない。
……というか、のぶがクラッと来たという海乃系の女に、実は興味があった。
ミイラ採りがミイラにならない心づもりだけはしておこう!
慣れないヒラッとしたワンピースにパンプス履いて、夜遊び用のメイクして、
「私が戸川のツレだけど何か?」
……みたいな台詞を用意しながら、のぶの勤める店まで、足早に……
そう、私は不謹慎にもドキドキしていた。あれだけ海乃にハマってるのぶが、気持ちを揺さぶられた女だ。怖
くて怖くて、それでいて会ってみたくて仕方ない。
「こんばんは」
暖簾をくぐり、扉を引くと、青ざめたのぶに顔色が戻る。
「あれが今言ってた彼女だよ。先の約束もしてるから……」
何だよ、先の約束って?覚えがないんだけど。
のぶの言葉にカウンターに座っていた女が振り返る。くるくると巻いた長い栗色の髪を揺らし、下ろした前髪
の下の丸い瞳が私を捉えて見開かれる。彼女は席を立ち、私の方へ歩み寄る。
私も彼女に近寄る。だって、彼女は……
思うが早いか、電光石火で走り寄ると、お互い同時に相手の口を手で塞いだ。
互いで押し込め合った言葉は同じだ。
『何でアンタがここに居る!?』
今やキスでもしそうなばかりの至近距離で、口を塞ぎ合った女が二人、睨み合い苦々しく微笑み合い、摺り足
よろしく表へと出た。
ぷはーっと、口を塞いだ手のひらを外す。
もう一度見据えた顔は、間違いない!あの、高校生の私が身体の浮気をしてしまった、あの!綾の客のあの女
だ!!
よりにもよって、のぶと私は同じ女に手を出していたというのか!?
ジーザス!
神になんて滅多に祈ったことなどないが、この時ばかりは神を怨んだ。