小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



「何!?綾の彼女のあなたが、何で暢志さんの彼女なのよ!?」

「それはこっちの台詞よ!何だってビアンのアンタがのぶに言い寄ってんのよ!?」

 そこで私たちはまた、お互いの口を塞ぎ合う。

「しーッ!」

 二人で店の扉を振り返ってから、店に背を向けてコソコソと言い合う。

「あたしはね、もうアッチの世界から足を洗ったの!でもあなたは違うわね、綾とも別れてないでしょ。でも暢

志さんとも付き合ってんだ?」

 相変わらず、海乃みたいな顔しといて性格は図太いな。

「ビアンやめて今度は男漁り?このオコゲが!」

 ちなみに『オコゲ』は、所謂オカマやオナベに張り付いてるオッカケみたいな女。まさに、この女の子と

だ!

「だったら何!?ビアンで一生やっていける?結婚も出来ないし、子供も産めないのよ?いつもコソコソしながら

周りからの目を気にして?気持ちいいのはセックスだけじゃ、未来がないじゃない。幸せに暮らしたいわ。だか

らやめたの。今は婚活中よ!」

「婚活……ってアンタ、のぶと結婚する気!?」

「そうよ。寝てみたけど優しかったし、相性良かったし。カッコイイし。だからまた来たんじゃない。……あな

ただって、そう思って付き合ってるんじゃないの?」

 海乃は絶対にしない、勝ち誇った顔にカチンときた!

「のぶはアンタなんて相手にしないわ。それでものぶに近寄るなら、アンタがビアンでオコゲだってバラすわ

よ!」

「バカッ!だから外まで連れ出したんでしょ!?あなただって、自分がビアンだって、あたしと寝たって暢志さん

にバレたら困るんじゃないの?」

 あー確かにそうだ!

「そりゃ困るけど……でも私は、家庭を持つような未来を望んで、のぶと付き合ってるんじゃないわ。だけ

ど……アンタにもあげるわけにはいかないの!……お願い」

 女は腕組みして、私を見下ろすように見上げた。……私の方が背が高いからだけど。

「せっかくカッコ良かったのにな……アッチも上手いし……あたしの事も好きそうなのにな……」

 ……それはたぶんアンタの顔のせいで……

「じゃあ、暢志さんは諦めてあげるから、綾の店教えて。この辺でしょ?」

「綾の所に行くの?」

「そうよ、あたしの結婚、ダメにされたんだから。久しぶりに抱かれに行くわ。……嫌?バラされたくな

い?」

 嫌じゃなくはないけど……

「バラしてくれなくても、綾は知ってるわ」

「ふーん……」

 私は彼女に、綾の錦糸町の店の名刺を渡した。

 彼女は目を細めて、面白そうに口許に笑みを浮かべる。私の顔を覗き込んで囁いた。

「ねえ『ウミノ』って誰?あなたも暢志さんもあたしを抱きながら呼んでた……」

 私は思わず彼女を突き飛ばした。よろけた彼女は尚もクスクスと笑った。

「いいわ、綾に訊くから……じゃね、あたし行くわね」

「待って!綾に訊くなら……海乃を探して!」

 彼女は行きかけた足を止めた。

「いいわよ。見つけられるかはわからないけど、探したい人なら訊いてみるしあたしも気をつけておくわ。どん

な娘?」

「鏡を見て。あなたに似てるから」

 彼女はまた笑った。悔しいけど……花がこぼれるようにだ。

「名前……何だっけ?」

 というより、私は彼女の名前を知らない。

「ハルカよ。正木晴香。一度は寝てるんだから、忘れないでね。但馬七恵さん」

 歩き出した彼女……晴香さんに、確認の意味でもう一度声をかけた。

「ねえー」

 彼女は首を反らして振り返った。

「何ー?」

「……何でもない……」

 ヒラヒラと手を振る晴香さんの後ろ姿で、確認を終えた。

 ……騙された!!

 私ものぶも、あの顔とあの女の仕組んだ『誘わせる仕草』に騙された!!初めから、誘わせる気の「なあに?」

だったに違いない!あーやられた!

 だけど、悪い人じゃきっとない……あの顔だから。……キスくらい、しときゃ良かった。

 ……綾に押し付けちゃったけど……大丈夫だよね? やっぱ寝るかな?

 そう言えば綾は、私と結婚したいって、言ってくれてたっけ……無理なのに。

 彼女の言葉が魚の小骨のように喉に刺さって、息をする度にひっかかる。私にはたとえ未来のない恋でも、無

意味には思えないよ。


-75-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える