扉を開けたら、ため息のかかる位置にのぶが居た。
「遅いから見に行こうとしたんだけど……どした?」
仔犬の顔のままで外を気にかける。
「帰した。アンタなんか顔に騙されただけじゃん!」
「助かったぁ……サンキュー、七恵」
笑いながら肩を抱く、この唇が、指が、身体が、あの女を抱いたのかと思ったら、無性に腹が立って来た。バ
チンとビンタを喰らわした。
「ばかあ!何アンタは結婚迫られてんだ!!俺の好きなヤツはお前じゃないの一言で済むだろが!」
殴られた頬を押さえて反論してくる。
「子供出来たとか言いやがんだよ!」
「アンタまさか、避妊もせずに野獣化してんの!?大バカ!」
「するか!!出来てるわけないだろが!俺に抜かりがあるか!第一……イッてねーし!」
「……そうなの?名前呼んだのに?」
「は?呼ぶわけ無いだろが!俺のアイツはお前だけだろ」
あ。ちょっと嬉しかった。ホント、卒がないね!……てことは無意識で呼んだの?重症だ。
「彼女に訊かれたよ、誰?って。アンタが言わなきゃ誰が言うのよ」
ごめんなさい、私です。しかも私はイッてますから、罪も重いです。
「……嘘だろ?お前、何て答えたんだよ?」
へ!?どうしてアンタは答えを用意してない質問ばかりしてくんのよ!
「えーと……そう!それは私の……ペンネームよ……って!」
「それ、イカしてるな。まあ助かったわ!……ところで七恵さん、もしかして妬いてんの?」
自分の都合を誤魔化す為に言ってるのかもしれないけど……確かに私は妬いている。
自分で代わりになって、自分でも代わりにしておいて、私はのぶにも綾にも、海乃にさえま妬いている。
……ううう、汚ないぞ、私!
「そうね。妬いてなきゃ、追い返せないわよ!彼女何食べてたの?続きでいいから食べさせてよ」
のぶは爽やかに笑って言った。
「全部喰って勘定も済ませてるよ。お前を待ってた。だからお前の飯は俺が奢る」
頷いて、改めて店に入ると、彼女が座っていた席にハンカチが残されていた。
「……またあの女、置いていきやがった……取りに来たりするかな」
「もう来ないわよ」
レースで縁取られた花柄のハンカチを手に取った。あのコロンとは違う香りがした。海乃の香りがもうしない
事が、せめてもの救いだ。
「いくらの醤油漬け仕込んだけど喰うか?」
「喰う!」
翌日、初めて――7年付き合ってて初めて、綾から呼び出しを頂いた。
……のだが、店に酒の注文をして来た。しかも、4年前からうちの店から酒仕入れてたって……初めて知りま
した。つまり、パパもママも知り合いって……何!?で、今日は私が配達だよ。ジンとグレナデンだけね!
昨日の今日でちょっと気まずい。昨日はのぶと会ってもヤってないから、私から綾に会いにいく予定もなく
て……酷い話だが……。
で。綾の店の入口で、くわえタバコでだんまりで通せんぼって……
「……怒ってるよね?ごめん!……じゃダメかな?」
すんごい不機嫌な顔してんですけど……
「……七恵は、自分で何してくれたかわかってんの?」
座った目をしたまま、顔を近づけて凄む。
「だから……ごめん」
酒瓶を抱えているから、頭を下げる代わりに、瞼をギュッと閉じた。
「……なんてね」
唇にチュッと熱が触れた。
「配達ごくろうさん。入んな。コーヒー淹れといた」
持って来た酒をカウンターに置いた。
「どうしてうちの店からとるようにしたの?酒。タンカレーくらい、どこでもあるでしょ」
「エギュベルのグレナデンと但馬産の七恵を置いてるのはタジマ酒店だけなんだ」
後ろから抱きしめてくる綾の体温が温かい。
「ごめんな。他の女とヤッちった。……って、俺から言うの、たまには良くない?」
いつも私がしてる事だけど……ホントだ、されるとちょっと嬉しい。のぶからのそれより、気分が良い。