小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 海乃の書いた小説は書き写したら、さも自分が書いたようなフリをして、のぶに読ませている。

 のぶはいつも興味も無さそうに、読んでるんだか読んでないんだか、最初から最後までをぐるりとくぐらせ

て、私に戻してはひと言感想を述べる。

「これ、書いたの海乃だよ」とひと言言えば、恐らくはもっとじっくり読んでくれたかもしれないが、今よりも

甘い……ベタベタ激甘な評価になるならいらない。

 大概は「読みづれぇ!わかんね!」なのだが……あながち間違ってない。伊達に、映画好きはやっていない。

読み込みが早い。

 ……ところが。今日はどうした?一心不乱に読んでいる……

 今日、持ち寄った話は……幼い海乃をモデルにした、アルビノの少女と普通の少年のちょっとダークなファン

タジー……

 少女は出会った少年に惹かれるが、その世界ではアルビノは家畜としてやがては捕食される運命にある。最初

は気味悪がった少年だったが、なついてくる少女に同情して匿う内にうちとけてゆく。しかし、すぐに見つかっ

て迎えが来る。別れの際に少年は涙ながらに約束する「必ず君を、僕が食べる」と。

 シュールでダークな、人喰いボーイ・ミーツ・ガールだ。話の筋はグロテスクだが、表現は美しくて――話は

アレだが、私的には悪くないと思っている。ただ……少年が、どう考えてものぶなところが、読ませるのを躊躇

させた。

 あまりにもじっくりと読んでいるのぶにも、それは判ったんじゃないかと思った。

 のぶは海乃がアルビノだった事は知らないはずだが……この話で、何か気づかれてしまうのではないかと怖か

った。

 海乃の事も、私が海乃の書いた話を騙っている事も、知られて困るわけではなかったが……今はまだ、知られ

たくなかった。

 ……ちょっと失敗したかと思っている。まさか、のぶが興味をもつなんて……

 最後の1枚まで読み終えて、のぶがゆっくり顔を上げた。

 心臓がしゃっくりを起こしたように、ばくばくと脈打っていた。

「これ、七恵が書いたんだろ?」

 来たーっ!

 私はコクコクと無言で頷いてみせる。

「これに出てくる男の子って……俺だろ?」

 うわーっ!やっぱりバレた!!

「のぶっぽいの、やっぱりわかっちゃったか、アハ、アハ、アハハー」

 照れてみたけど、わざとらしかった。

「じゃなくて……七恵に話したんだっけか……俺、この娘と会ってんだよ」

 え!?う、海乃と!?

「これ、あの娘だろ?ほら、幼稚園の頃に近所に白子が越して来たって噂になった……」

 そんな事あったっけ?って言うか、そんなの覚えてないよ!

「珍しい子だけど、会っても仲間はずれにしちゃいけないって、大人たちに言われて……俺ら、探しにいったじ

ゃん?会えなかったけどな」

 いや、全く覚えてないんだが……私はやはりコクコク頷きながら、話の続きを期待した。

「それからしばらく経ってからだよな……あそこの神社にさ、何か変わった格好小さい子がいてさ、お祈りして

んの」

「変わった格好?」

「うん、今になって思えば戦時中の空軍のコスプレだよな……すっぽりジャンプスーツ着て、頭から首まで全部

覆うような帽子被って、手袋までしてる。俺が声かけたらて振り返った。顔が半分隠れる程デカいゴーグルかけ

てた。何か面白くて……遊んだんだ。でもその子は外で遊んだことがないとかで、鬼ごっことかくれんぼしか知

らなかったんだけど、俺がずっとオニやってさ、捕まえるとすごく喜ぶんだ。何度も何度も捕まえるうちに、小

っさいその子が柔らかくて、女の子なんだって気づいたら……急にドキドキしちまって遊べなくなった。暗くな

ってきたし、別れようとしたら、迷子だって言うんだよ!」

 私は思わず吹き出した。あまりにも海乃らしい。私はのぶの思い出の正体を知っているからだけど……初めて

聞くのぶの幼心を、ちょっと取材の気分で聞いていた。


 

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