小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「神社に居たのも、お祈りじゃなくて神様に帰り道を訊いてたんだと!俺、ビビって家に連れて帰ったんだ。親

父とお袋が話聞いてやってたら、その子は迷子札持ってて、結局親に連絡して迎えに来てもらったんだけどさ。

家に来て、お袋が帽子とゴーグルを外したらさ……帽子の中から長い真っ白な髪の毛がバサッって落ちて来て

さ。顔見たら、目が赤くて……すごく綺麗で可愛かった」

 緊張でばくばくしていた心臓が、ゆっくりドキドキときめいた。思い出を辿るのぶの顔が、ずっと前に海乃の

事を初めて私に話した時の顔と同じで……何故だか私の方が恥ずかしくてしかたなかった。

「俺、あの時初めて女の子に触ってさ……何かもう……どうしようもなくてさ……」

 おい待て。のぶが年がら年中触りまくってた私も、一応女の子なんですけど……あ!思い出した。

「そう言えばのぶ、子供の頃、急に私に抱きついてあちこちバンバン叩いて『ななちゃんも女だっけ?』って訊

いた事あったよね?アレ、傷ついたんだよ当時は」

 アレはそういう意味だったのか……

「ああそうそう、何か違うなあって思ってな。……でさ、親父とお袋はその子を見て、噂の子だってすぐわかっ

たみたいだった。その子が『わたしを知ってるの?』って訊いたら、親父のヤツ、知ってるよ、美味いんだよっ

てよりによって鱈の白子煮を出したんだよ!その子泣いちゃってさー……わたしは食べられるんだって。だから

俺、言ったんだよ『俺が食べてあげる』って……」

 私は、たまげた。あの話は、まんま『思い出』だったんだ……

 私の知らないところで、のぶは海乃と会っていた……しかも……

「……それ、プロポーズじゃないの?」

 今度はのぶがたまげていた。みるみる顔が赤く染まる。

「な……何だよ、それ!?そんなわけあるかよ!ただ単に『食べる』って……いくら俺でも5歳でそれはねえ

よ!」

 のぶ自身、童心に還ったと言うか……思い出したんだろう。当時ののぶのドキドキが伝わって来て、私は呼吸

をするのも一苦労だ。

「でも……まあ、俺の初恋かもな。ま、あれから一度も会ってないし……引越したんだろうけど……」

 いえ、のぶの傍にずっと居ました……傍に……

 ……海乃は、知ってたんじゃないの?知ってて好きになったんじゃ……違う、きっとずっと好きだったん

だ……

 わ……凄い!私、初めて見たよ、初めて見てるよ……ゾクゾクする……ワクワクする……私が女性向けファッ

ション雑誌の編集者なら、絶対企画立てたかった……実在してるんだ……

 『運命の赤い糸』って……

「懐かし。そっか……俺、七恵に話してたんだな、忘れてたよ」

 しまったーっ!!

 あんまりのぶが饒舌に語るから、すっかり聞き入っちゃってたわよ!

 作れ!私!今すぐ思い出を捏造しなきゃ!!

「……えーと……うん。ただ、聞いたの昔だったから、忘れちゃってて……結構作り込んでたつもりだけど、や

っぱりのぶにはわかるよねー……のぶこそよく覚えてるよね」

 よし。こんなモンでどうだ。

「そりゃ、俺には大事な……」

 言いかけて、のぶは言葉を止めた。短い沈黙の後、

「……いや、今まで忘れてたよ。あの娘に会った事も、ドキドキした事も、食べるって約束も」

 少し寂しそうに、笑った。



 帰ってきて、私は自宅に戻らずそのままのぶの家の店に行った。

 おじさんは快く迎えてくれた。のぶが居ない店に私が顔を見せた事を、喜んでくれた。

「おじさん、泡盛。それから……白子ある?」

 コトリと置かれた白子を見ながら訊いた。

「のぶから聞いたんだけど……ずっと昔、白子の女の子、来たことあるんでしょ?」

 泡盛をがばがば注ぎながら、おじさんはぽつりと言った。

「……海ちゃんだろ?」

 私は顔を上げた。

 ……やっぱり。


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