小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「ここは七恵ちゃんには内緒よ」と、付け加えられた話も綾は丁寧に話してくれた。

 喋り通しの男の話から、どうやら二人は先では結婚するようだった。

 だけどその割には、二人は噛み合ってないように見えた。

 でもそれは、晴香がそう望んで見ていたからだけかもしれないけど。

 結局、その二人が退席するまで、覗き通した。まず二人ともが食べたらそれだけで、甘い会話をするでも、

個室なのにベタベタ寄り添うわけでもなく、食事という行事をこなしただけで席を立った。

 席を立つ時、男が「立てるかい?」と手を差し出したが、女は少し顔を歪めて「もう病人じゃないわ」と一人

で立ち上がった。

 ここで弟の方は襖から離れて、二人の後をつけた。

 二人が個室を出る時、男の後についていた女が振り返った。襖から覗く晴香と目を合わせると、ゆっくり右手

を上げた。親指と人差し指を立てピストルの形をとって晴香に向けると「バンッ」と唇だけを動かして、少しだ

け笑った。

 女は覗かれてるのを知っていた。

 そしてまた言う。ハートを撃ち抜かれた。だからヤらせてと。

 日本料理を前に花のように笑ったり、ピーピング・トムを狙い撃ちするような女は、海乃しかいない。

 話を聞いているだけで涙が溢れた。私が遭いたかった。

 だけど……そんなに笑わない海乃は、私は知らない。楽しい時も、嬉しい時も、幸せな時も、海乃はいつも笑

っていた。

 ……海乃は、幸せなんだろうか……

 それでも晴香は場所を言わないし、男の名前も教えてくれない。

 知らない場所で、海乃は幸せに生きている……そう信じるしかないのが、堪らなく歯痒かった。



 だから久しぶりに、私が抵抗する綾を半ば無理矢理抱いてやった。





 ある朝だった……たぶん。

 裸の身体に何かが纏やりついていた。腰のあたりから引き寄せられて……何?顔とか顎とか首とか……ふにふ

に挟まれてるみたいな……うーん、ジャマ!首を振って、振り払おうとしたら、いきなり呼吸が塞がれた。苦し

くて目を開けたら……のぶと目が合った!

「ぅあああぁっ!」

「わぁああっっ!」

 お互いに弾け合って、布団から転がり出た。裸のまま。

 そうだ。のぶの部屋に泊まってたんだ……

 〆切前の書きかけ原稿に詰まって、会社に泊まるかって時に、超酔っ払いの暴れ猿に呼び出されて、コトを致

しながら寝ちゃったんだ……お互い……

「な……何してんのよ!?寝ぼけてんの!?」

 一緒に眠る事だって、今までなかったけど……何を寝ぼけて絡んでんのよ!!

 のぶは飛び退いたポーズで止まったまま、息を吐く。

「……何だ、七恵か……」

 また大きくため息をつくと、のぶはもそもそとまた布団にもぐった。

 私も負けじと布団にぎゅうぎゅう押し入る。

「何よそれ?寝ながらまでとは、手練れたリビドーね!何の夢見てたのよ!?」

 のぶは「え?」と視線を泳がす。顔を赤く染めて、どうしても笑ってしまう口元を隠しながら横を向く。

「海乃」

 1年ぶりにのぶの口から海乃の名前が聞けて、1年ぶりにのぶの照れた笑顔が見れて、私までがどうして笑っ

てしまう口元をおさえた。

「元気だった?」

「……ハダカだった……」

 は?……あぁ、だから抱き寄せてキス……って、ちょっと!?どこまで健康的な男子なんだ……男の性[サガ]に

忠実って言うか……

 でも、あまりに嬉しそうなのぶが嬉しい。

「お前はもう会社行けよ!俺はもう一回寝る!」

 頭から布団を被って、私を蹴りながら布団から追い出す。久しぶりにのぶが可愛い。

「入稿終わって間に合ったら、店に行くね」

 部屋を出る前に、のぶは布団から顔を出して「ごめんな、七恵」と声をかけた。何に対しての『ごめん』かわ

からないよ!

 海乃がどんなに幸せでも、私はやっぱりのぶと一緒に居て欲しいと思ってしまう。

 のぶの笑顔を今、私は愛しく思うから。

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