小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 のぶの店に着く前に、腕時計は22時を回っていた。やっぱり間に合わないか!

 思って開けた扉の向こうに、のぶの姿はなかった。

 今日は気分が良かったから、美味しい酒が飲めるはずだったのに!

 息を切らしてまで駆け込んだ私の目の前で、いかにもちまちまと『可愛い女の子』をアピールしたような娘

が、「ごめんなさい!」と頭を下げていた。



「で。昨夜は、のぶと寝た翌日の、しかも俺の帰りの早い土曜日にも関わらず、別の女の子とイイコトしちゃっ

てて、帰って来なかったと言いたいわけだ」

 日曜日の早朝、わざとらしく水色のストライプ柄のパジャマを着て、コーヒーを淹れながら、綾が言った。

「これは立派な浮気だと思うがな」

「そうじゃない。その娘と寝るわけないじゃない!話を聞いてただけだって、さっきから言ってるじゃん!」

「ホテルDANKINで腕枕でな!さあ飲め!飲んだら脱いでもらうからな!」

 勝手にダンキンドーナッツをホテルにするな!

 だから何でそうなのよ!?どいつもこいつも健康男子なリビドーですね!

 コーヒーを注いだマグカップを渡しながら、脅迫めいて凄まれる。

 朝帰りしただけで、何だか酷く拗ねてくれちゃって、全く話にならない。

「じゃあ、聞いてやるから手短に話していいよ」

 ……長年思って来てることだけど、男ってめんどくさい!……と言うか、このめんどくさい事って、女がよく

やる事なんだよね?つまり、女々しいんだよ!

 そんな自分の『男前』加減には、ちょっとばかり嫌気がさす。



 店で遭った娘、『ちかちゃん』は、結婚まで約束した恋人を、降って湧いた女に盗られた。一緒に住むはずの

マンションまで乗っ取られ婚約までされけど、諦めきれずにその婚約者公認のもと、恋人と交際を続けてい

る。

「……バカな娘だね」

「でしょ?そんな男、捨てちゃえばいいのに」

 ただ、その恋人はちかちゃんにまだまだぞっこんで、毎日のようにベタベタくっついている。同棲している婚

約者を放って。職場も一緒らしいし。

「……男の方も輪をかけたバカだな。見事な二股だ。まるで誰かさんみたいだ」

「う……でも、そこには同情の余地はないじゃない」

 愛し合ってる者同士がいて、なのに結婚の約束だけを他の誰かとしているなんて、時代錯誤もいいところじゃ

ない。

 だから「盗り返せ」って言ってやった。

「おおっ!親友の、しかも大本命ラバーの未来形恋人を寝盗った女が大きく出たね」

「もう!!自分の事の棚上げは先に言っといたってば!」

 でもね、その恋人が別の女と婚約までしたのは、何かよくわからないけど、轢いたか何か、事故ったらしいの

よ。で、子供を産めない身体にしちゃったみたい。

「じゃ、責任取ってと結婚を迫られたねか、男は?」

「さあ?でもちかちゃんの不安ぶりは尋常じゃないから……その恋人もまんざらじゃないのかも」

 絶対に結婚するって、子供作ろうとしてる。そこが何とも気に入らない。

「七恵は子供仕込めないからな」

「……何の話よ?何で私が仕込むのよ?いや、産みたくもないが」

 そうじゃなくて、やり方が嫌い。子供が産めないから結婚するのも、結婚したいから子供作るのも。

「子供の前に結婚が出来ないもんな、七恵は」

「……それは認めるわ」

 本音はちかちゃんみたいな娘も嫌いよ。女の武器を振りかざして、相手の気持ちもお構いなしに甘えてくる

の……

「なのに親身になって話を聞いちゃったんだろ?七恵らしいね」

「そう?イラッともするのに放ってもおけないのは、取材魂かな?私、嘘つきだし」

「違うよ。そこは七恵が優しいからだよ。朝までご苦労様」

 頭を撫でられて、微笑み返されると……意外な返事にも、それはやっぱり照れてしまうよ。

「ダメな女ね、私」


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