小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「そうだ。いいこともあった。言ってもいい?」

 返事の代わりに綾は立ち上がる。瞼が落ちそうな私を見たのだろう。後ろにまわって人間座椅子になってくれ

た綾に、私は凭れた。

「のぶが寝ながらくっついてきたから蹴飛ばしたんだけど……のぶね、海乃の夢見たんだって……嬉しそうで、

名前呼んで、笑って……嬉しかった……」

「良かったな。七恵もうーちゃんの夢見て乱れて絡んでよ」

 やーよ。もったいない!

「ねえ綾、このまま寝ていい?」

「寝てきたんだろ?明け方のダンキンで、肩寄せ合って」

 ちかちゃんは小さくて……海乃と居るみたいな気分になる。でも……

「あの娘は可愛いけど嫌いよ。あの娘……のぶのこと、好きだわ」

「今更そんな、ありきたりな……それとものぶがその娘を好きになりそうか?」

 私は「まさか」と笑ってしまった。もう目が開かない。

「……なあ、七恵?その娘の恋人の婚約者が、うーちゃんなんてことないか?時期的にさ……」

 重い瞼を持ち上げて綾に振り向く。

 お互い真剣な顔して見合って……フッと笑う。

「まさかあ、そんな出来すぎた偶然!」

「だよな〜ハハハ」

「ないない、火曜サスペンスじゃあるまいし……」

「それを言うなら、土曜ワイドじゃないか?」

「……どう違うの?」

 綾はニヤリと笑う。

「重なる偶然は全て崖の上で語られるから」

 ……わけがわからん。

 肩に凭れて反らした首に、細い指と唇が触れる。……応える元気も、払う力もでないよ……

「もう眠いです、船越警部」



 海乃が、私の周りに還って来ている気がする。

 空気が彩りを抱いていく。




 私の目の前でのぶが原稿用紙を捲っている。

 それはいいんだが……窓の外ではアブラゼミがジーゴジーゴとネジを巻くように鳴き続ける……夏である。

 いや、それこそホントにどうでもいいことなんだが……1ヶ月、私はのぶと寝ていない。抱かれていない。

 もともと『抱かれる』という言い方は好きじゃない。お互いで抱き合うのに、女ばかりが受け身で『抱かれ

る』というのは、逆に傲慢ではないだろうかと思っている。

 例えば私が、自分から抱きしめるのが実は好き、というのもあるが、そんなことはのぶにはしない。むしろ、

のぶがさせない、決して。

 私たちのセックス事情では、のぶが一方的に私を抱くだけだった。それは誰かを抱いてきた贖罪に、私の身体

を使うからだ。解っていたから、敢えて『抱かれる』と言うのが正解なのだ。

 ……つまり、単純に考えれば、のぶは1ヶ月の間、女と遊んでないって事だ。

 嘘だなぁ……いくらなんでも。

 しかも何だかごきげんです。

 久しぶりに、いくらの醤油漬けなんて仕込んじゃって……何か、ちかちゃんに振る舞ったみたいだけど……


「面白かった」

 バサッと原稿用紙を投げつけた。

 え、えー!?何て言った?『面白い』?

「……ありがとう」

「何だよ、その顔?コレさぁ、お前と海乃だろ?『ウサギとカメ』」

 相変わらず鋭いこと。

「カメがアイツなのはいいけど……ウサギの最期を看取らすのはどうよ」

「だって、ツルと結ばれる為にはウサギは邪魔じゃない?」

 今日の物語は、童謡『ウサギとカメ』をモチーフにした後日談的な友情ストーリーで、後に出会うツルとカメ

はくっつくのだが、ウサギには寿命が来てしまう。で、まぁ大ラスではカメは独りになっちゃうんだけど。

 海乃の話は、取っ掛かりは面白いけど、ラストがシュールでモヤッとする。

 コレも確かにウサギは私でカメが海乃の友情エピソードが含まれるが……ツルはのぶっぽくはない。たぶん、

完全オリジナルなんだけど……面白かったんだ。

「俺は……そりゃツルになりたいけど、たぶんカメの願いは、3人で末永く幸せに過ごしたかったんじゃねえ

の?って思っちまったな」

 胸が熱くなった。

 それが正解なのかもしれない……


 そして今、のぶの中には海乃が居る……

 だからまさか、女を買ってない……なんてアリだろうか?


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