小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 ……これだから『幼馴染み』は嫌だ。

 小さな変化を読み取る特殊能力なんて要らない。

 気づきたくなんてなかった。



 見たくなかった。恋するのぶなんて。



「で?こんな時間にどうしたよ?子供でも出来たか?」

 ……嫌な冗談……

「何言ってんのよ。出来たら捨てるくせに……」

 カチッと高い音を響く。のぶがタバコに火を点けた。

「いいよ。出来たら結婚してやる」

 その気もないのに嫌な事を言う。しかも今までそんな事言った事ないから……私はますます怖くなる。

「やめてよ……ちかちゃんじゃあるまいし……」

「誰だ?ちかちゃんて」

 わざとかな……知らないわけないじゃん。いつだったか大泣きされて送ってったとか言ってたじゃん。あれだ

け好き好きフェロモン垂れ流してて、のぶだって気づかないわけがない。そんな事言われると、もしや?とか敢

えて疑いたくなる。

「……アンタの客。和くんラブラブのバンビみたいな娘。子供作りたがってる娘よ」

「ああ……逸見さんね。ふーん子供作りたがってんのか」

 何だ。全然その気ないんだ。最近ご機嫌だったから……もしやあの娘のせいかとか掠めたけど……良かった。

じゃないや……それじゃ見当もつかない。

「結婚も子供も御免だわ」

「……そうなのか」

 のぶは美味しそうにタバコをふかした。

 この人、私と結婚するつもりだったのかしら……

 タバコの匂いでのぶが微かに纏った香りがわからなくなった。

「で。用は何?」

 私は目的も何もわからないまま、原稿用紙を差し出した。

 1枚ぺらりと捲って視線を落とすと、

「いつになったらあえるのかな……か」

 呟いてフッと笑った。

 捲った頁を元に戻すと、私に返した。

「悪い。今日は読めねぇや……もうちょっと寝かせてよ」

 どうしようもない動悸に息もしづらい……

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。こんなのは初めてだ。

 のぶは本気だ!

「わかった。会社行く……その前に、キスして」

 そんな事初めて言った。でも、どうしたらのぶの気持ちを留まらせられるのか、わからない!

 だけどのぶは、そんな私の不安さえ、スマートに切り抜ける。

「お前どうかした?さっきからさぁ。そんなキャラじゃないじゃん」

 ……だよね。知ってる。



 のぶに好きな娘が出来た……

 それをのぶは私に隠している……

 だから、のぶは本気の恋をしてる……

 だからだから……海乃は泣いていたんだね……




「七恵ちゃんはそれで彼氏チャンと別れて、いよいよリョウちゃんのモノになるのね?いーわよ!泣いて!!」

 薄暗い店内……ではなかった。店の奥では小さなカラオケステージを使って、オカマのダンスショーが始まっ

ていて、ミラーボールがクルクル回っていた。

「泣いてるの、ミサオちゃんの方じゃない……私、もう大丈夫。アルコールで涙は蒸発したわ!」

 仕事終わってからロマンスカーで、ミサオちゃんのお店に来ちゃった!

「ズブロッカのラッパ飲みするからよ!ちょっとヤダ!中のバイソングラスは飾りなのよ!?七恵ちゃん食べない

で!」

「人を酔っ払いみたいに言わないで。これでも酒屋の娘!酒には飲まれないわよ」

 言いながらかなり酔ってるのはわかっていた。バイソングラスを楊枝にするつもりだったのに、予想外に柔ら

かくてムカついて噛んでみてるだけ。

 ミサオちゃんの病院とお店は町田だから、もう家には帰れない。

 明日はミサオちゃんを取材する。『白い巨塔に一羽の夜の蝶』って言う内容の。

「彼氏とは別れないよ。綾のモノにもならない。私は私のまま……嘘はついても裏切ったりしない」



『いつになったらあえるのかな』……

 ファム・ファタール……『運命の女』に……


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