結局、昨夜はミサオちゃんの医院の方に泊まった。
夜の取材はやっといたので、昼の顔のミサオちゃんを取材したら、今日の仕事は終わり。会社に戻って原稿を
起こせばいい。
……のぶに迎えに来てもらえないかな……昨日の今日では無理かもしれないけど……フラレてるかもしれない
じゃん!のぶって結局顔だけの男だからね!
「おはよう、眠れた?」
コーヒーの香りを伴って、ミサオクリニック院長が出勤して……
……って、誰っ!?
入って来たのは、細面で長い髪を後ろでビシッと1本に結んだ、優しい目をした白衣の紳士……
「おはようございます、あの、院長の知り合いで、記者をしてます但馬と申します。昨夜は……」
「やっだー!そんなのしってるわよー七恵ちゃんたらー」
……え?
下げた頭を上げると、紳士な医師がクネクネと科[しな]を作りながら、コーヒーの入ったマグカップを差し出
した。……小指はしっかり立っていた。
写真を撮って、インタビューして、午前中の診療を患者さんの許可を取った上で見学させてもらった。時々、
私にまで意見を振るので、それなりに答えてみたりして。
夜のオカマなミサオちゃんしか知らなかったけど、昼のミサオちゃんはしっかりお医者さんで、ついでに男の
人で!……でも、おネエ言葉はしょっちゅう飛び出す、気さくなドクターだった。患者さんも、先生がオカマだ
って皆な知ってて、実際オカマやオナベの患者さんが多いんだ。
ミミズだってオカマだってヘンタイだって、皆な皆な闇を抱えて生きていてもお友達!なのが、ミサオクリニ
ックの診療スタンス。皆な笑顔で帰っていく。
私だって何度も笑顔にしてもらった。……白衣ではなく、ドレスのままでだけど。
病院を実家に持って、散々医師と関わって来た綾が、一目を置いて慕うだけの人柄を、ミサオちゃんは持って
いる。よく、解った。
だけど、クリニックの名前に源氏名を使うそのネーミングセンスだけは、どうかと思う。
「あらやだ。ミサオは本名よ。杉山ミサオ。でもね、酷いのよ!漢字で書くと、女の操の『操』に『男』って書
いて『操男』よ!よりによって!」
お昼休みに近くの蕎麦屋で天ざるを啜りながら、男装医師はさめざめと涙を拭っていた。
「……院長名、本名載せていい?」
「いいわよ。『男』抜いてくれるならね!」
パン!とテーブルに置かれた名刺には
『心療内科・ミサオクリニック
精神科医・神経科医
杉山 操(HF)』
――と、あった。
「この、HFって何?」
「やあーん♪気付いた?性別よ!ハーフセックス☆」
……いや、名刺に性別は普通、載せません。
「いい記事書けそう。ありがとうね、ミサオちゃん」
私は名刺をしまい、パタンと手帳を閉じた。
「いいえぇ♪この後は七恵ちゃんは会社に戻るの?」
「うん。午後の診療って、15時からだっけ?まだ2時間近くあるよね?私、のぶに連絡して、迎えに来てもらお
うかな……」
「あら!彼氏チャンね?……大丈夫?」
ミサオちゃんが医者の顔して言うから、私も笑ってピースする。
「アイツに海乃を忘れられるはずないって!」
医院に戻ってのぶの家に電話したが、のぶは留守だった。胸騒ぎを抑えつつ、仕方ないのでポケベルにメッセ
ージを打つ。
『ムカエキテ』
そして、医院の電話番号を添えた。
しばらくして電話が来た。公衆電話らしい。
『迎えって……どこに何時だ?』
低く、落ちた声に安心する。……きっとフラレたんだ。ざっまぁみろっ!……酷い彼女ね、私。
「えーと……3時に町田の駅でいいや」
せめて私はいつも通りの私で会おう。私だって昨日のアレでは気まずいんだから……
『3時?……今なら行ってやる。30分後に町田駅な』
それだけ言って、電話は切れた。
……どうして?のぶは今、どこにいるの!?