小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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◆第二章〜上杉親子の在り方〜◆







それから、あっという間に一週間が経った。
新鮮だった町の景色も、少しずつ、僕のものとして馴染んでいった。

そうして、一日一日が積み重ねられ、ふっと気付いた時にはもう、ただそこに在る見慣れた日常となってしまうのだろう。
日曜日から始まったやわらか画廊での仕事は、楽しいものではなかったが、大変でもなかった。
一言でいえば、『退屈』という表現が一番合っていた。

九時半になると、僕はやわらか画廊へ行き、上杉さんから預かった鍵で、画廊のシャッターを開け、画廊の中を軽く掃除する。(僕が初めて訪れてきたときから比べ、ずいぶん奇麗になった)
そして、十時には店を開け、ひたすら客を待つ。
今のところそれだけ。
けれど、この三日間で、客なんて来なかったし、来たとしても皆、ただのご近所さんで、展示している絵画を興味深そうに眺め、購入をする気なんてまったくないみたいだった。
まるで、ここは住民向けに無料開放している美術館みたいだ。

それから、お昼近くになると上杉さんは奥の居住区から、ノソノソ出てきて、僕に喫茶店『楓』で昼食を食べてくるように言ってくれる。(その間、彼は店番をしながら、粘土をこねて変な動物の作品をつくり、僕が昼食を済ませ、帰ってくると、駅前のブックオフに漫画の立ち読みをしに行く)
楓では、相変わらず無愛想なマスターが、特別うまくもまずくもないサンドウィッチやら、オムライスなど、日替わりで色々なものを出してくれた。
ちなみにアパートの管理人のお爺さんとお婆さんはいつも11時くらいから、お茶をしに楓に来ていて、大体僕と入れ違いで店を出てて行く。
二人はいつも仲がよく、互いにニコニコして会話をしていた。

それと、公園での一件で、僕が怒らせてしまったと心配していた文学少女・茉莉は、初日から喫茶店で会ったけれど(彼女は割と客が多い、日、月、金だけ楓でバイトしているらしい)、特別以前とは変わらず、僕に高圧的な態度で接し、それ以外は仕事中にも関わらず、本を読んでいた。
しかし、マスターもそれを黙認しているようだった。
それを除けば、僕と彼女の接点は、外出する(主に大学に行く)彼女が、やわらか画廊を通りぬける際に、軽く挨拶をするくらいだった。

そして、大体5時半近くになると上杉さんが姿を見せ、僕はもう一度、画廊の掃除をしてシャッターを閉め、アパートへと帰る。
これが、僕の与えられた仕事だ。
今のところ、画廊の利益になるようなことはまったくしていない。
基本的に、ただ、椅子に座って、客待ちをしているだけだ。
至って楽で、至って退屈。
本当にこれで、この画廊はやっていけているのだろうか。
僕が心配になってきた四日目、僕にとって初めてのお客がやって来たのだ。










その日は、朝から上杉さんの様子がおかしかった。
いつもは、お昼くらいにならないと現れないのに、僕が画廊に着いた時には、もう画廊を開けていて、妙にマトモな格好をしていた。
いつもの薄汚い浴衣ではなく、奇麗な紺色の着物に上等な羽織。
便所サンダルではなく、ちゃんとした下駄。

それに何よりも一番、僕が驚かされたのは、その顔だった。
ヤギのような髭を奇麗に剃り、ボサボサの髪には、トレードマークのベレー帽はなく、ゴムで束ねていた。


『どうしたんですか、その格好!?』

僕は思わず聞いた。

『えへへ〜。今日はちょっと特別なお客さんが来るんでね〜。ちゃんとした格好しなくちゃいけないんだよ。
やっぱり、この前のマサルくんみたいにスーツ買ってきた方が良かったかな?』

『いやいや、めちゃめちゃ決まってますよ』

僕はお世辞でも何でもなく、そう答えた。
元々、背が高く、ハンサムな上杉さんの正式な和服姿は、驚くほどに決まっていた。
いつものヘンテコリンな格好に慣れてしまっていたので、却って気持ち悪いくらいだった。

『ホント〜?そう言ってもらえるとうれしいな〜。そんでさ、マサルくん。
今日、午後からは店番いいから、地下倉庫の掃除でもしててくれないかな〜。
なかなか厄介な商談になると思うからね〜』

上杉さんは、そう言って目を細めた。

『厄介って、どんな人が来るんですか?』

『う〜ん、お得意さんなんだけどね〜。何て言うか、こう、気性が激しいというかなんというか〜・・。
とにかく、マサルくんは引っ込んでいた方がいいと思うな』


僕は、マイペースな上杉さんがここまで言い、正装までしてしまう、まだ見ぬお得意さんに早くも怯えた。
それを察したのか、上杉さんは続けた。

『大丈夫だよ〜。僕が相手するから。それに2時くらいにならない来ないと思うから、それまでリラックスしててよ〜』

こんな朝から店に立ち、もうすでにしっかり正装している上杉さんはそう言った。
大丈夫なのだろうか。
僕はなんだか、嫌な予感がしてならない。









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