「晃さん」
車の通行音や向かいの工事現場からの雑音にまぎれて呼ばれたような気がした。
俺は覚悟を決めて振り返った。
「あっ、優海ちゃん」
そこにいたのは意外な人物で拍子抜けした。
「晃さん、ごめんなさい。優海のせいでこんなことになってしまって」
優海ちゃんは目からポロポロ涙を流していた。
「こういう業界だからさ、よくあることだよ」
「でも、でも……優海からちゃんと美香先生に事情説明するから」
俺は煙草を吸おうとした手の動きが一瞬止まった。
「……大丈夫だよ。やっぱさ無理なんだよ。あいつあんな仕事してるしさ、俺こんなんだからさ」
そう言って力なく笑った俺を優海ちゃんは大きな目を見開いてじっと見ていた。
「どうして?お互いに好きなのに……」
向かいの工事現場で鉄骨を持っている若い兄ちゃんが手を滑らし落としてしまった。
監督らしき年配の人が鬼の形相で近づき、怒鳴りちらした。
「さぁ……なんでだろうね。でも無理なものは無理なんだよ」
そう答えるのが精いっぱいだった。
俺はその場から立ち去ろうとした次の瞬間、後ろから優海ちゃんが抱きついてきていた。
「じゃあ優海じゃあ駄目なの?優海ずっと晃さんが好きだったの。本当に大好きなの」
突然のことで俺は驚いてしばらく声が出なかった。
「……優海ちゃん、ちょっと離れて」
そう言いかけたその時俺の背後でタクシーが停止し、誰か人が降りてきたのがわかった。
「美香先生……」
優海ちゃんが驚いてようやく俺を離した。
俺が後ろを振り向くと、美香が唖然と俺達を見ていた。