小説『旅の思い出』
作者:ヨナ(ヨナ日記)

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「MTVの人?」
片言の英語で尋ね返す。大きな機材を抱えて隣の席に乗り込んできた髭のおじさんは、現地のMTVのカメラマンだった。周囲にはスタッフ達の姿。
「ふぅん」
 何気なく言葉を交わしながら、世界の果てまでなにやら追いかけてくるものを感じた。全部、やめようって思ったんだけどな。悲しいような嬉しいような、泣き出したい気分に襲われる。
「日本人だって? 何日か前に、俺たち日本のアーティストを取材したんだぜ」
和訳するとこんな感じじゃないんだろうか、恰幅の良い髭のおじさんは英語で言葉を続ける。当時大流行だったバンドのライブを取材に行っていたのだとかで。
「奴等は素晴らしいアーティストさ、オーディエンスも礼儀正しくて最高だった。日本には素晴らしいミュージシャンがいるな」
 あたしの抱えたミニギターを指差しながら朗らかにそう言う。
「そうですね……」
 別に、そのグループがそんなに好きでは無かったけれど、いわゆる日本的笑顔でとりあえずの返事を返す。商業オンガクか……どうも、その波には乗り切れなかった。それでもある程度、それらも人々に感動を与えることは出来るのかもしれない。海を越えた国のこの人がこう言うんだもの。
 ぼんやりと、そんな事を考えた。

 ギターを担いで、白いビーチを歩いた。見た目はあの、写真みたいだ。だけど実際に肌に感じるその景色は、そう大して素晴らしくも無かった。食べ物はとことん辛い、もしくは甘い。二日で胃腸の調子が悪くなった。海も生ぬるくて、なんだか気持ちが悪い。レストランのウェイトレスはどこも上から目線で態度悪いし、中国系の商店の店主は必ずおつりをちょろまかした。

「チャイニーズ!」
 白髪で長髪のおじさんがビーチを歩くあたしに笑顔でそう叫ぶ。苦笑いで、いいえ、日本人です、と答える。
「ミュージシャンかい? ギターかついでさ?」
「ええ、まあ。歌が好きです」
「日本の歌を聞かせてくれよ?」
「何か知ってる歌、ありますか?」
「スキヤキソング!」
 ああ、あれね。この前も空港の職員が歌ってくれと言うのでロビーで歌いましたけど、この国の方々は本当に陽気でマイペースですね。心底、そう思った。人間がみんな、自分の時計で動いている。買い物をしようとスーパーのレジに向かうと、誰もいなかったりする。すみません、レジをお願いします、と声を掛けると、商品を補充していた女性は、無理よ、と答える。レジ係はご飯食べに行ったわ、三時間くらい待って頂戴……待てるかっちゅうの!国が違えば、本当に全てが違う。人生が、違う。小さな島国ニッポンの常識なんて、ちっぽけだ。

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