[失墜の看過]
どうにかなるはずがないだろう。
不意に頭中に響く言葉。
どうしようもない……。
「どうしようもない……」
そう、どうしようもない。口内で幾度となく反芻する。
目前の光景――日頃から優しい、まるで慈母のような笑みを絶やさなかった母が噛みちぎられる場景から目を背けて。
どうしようもない。
「おにいちゃアァァァァン!!」
ソレは威容をもってして妹の眼前に屹立すると、先般母さんを噛みちぎった動作の予兆を見せた。結花の瞳に絶望の色が浮かんだ。
手をこちらに伸ばす。心が凍りついた僕は、助けを求め差し出された手を無下に下瞰した。
そして、ソレがあんぐりと口を広げ切り立った歯を見せた次の瞬間――。
「おにいちゃ――」
妹は、言葉を発しなくなった。物言えぬ肉塊と化した。
「グギャギャギャ!!」
嗤う、嗤う、嗤う――。
ソレは累々と築き上げた死体を俯瞰してけたたましい哄笑を上げる。
「グググ……」
ソレがこちらを見遣る。
捕食者が獲物を看る目つきで見据える。
自分より何段と高いヒエラルキーに座する者の愉悦に浸った笑み。
「グギャォォォオオオ!!」
目と鼻の先で、ソレが大きく口を開けた。
鼻を突くような悪臭。それに前後して視界が闇に染まり――。
僕は命を失った。
[Bad End]