小説『Hate“S” ―悪夢の戯曲―』
作者:結城紅()

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1章
   ――代償、そして贖い――

〜1〜


「ここは……?」

 意識を取り戻した矢先に目に映ったのは真っ白い壁だった。いや、天井か。どうやら僕は寝かされていたらしい。

 上半身を起こし、辺りを見回す。生活感のない、白を基調とした質素なつくりの部屋だ。寝台の横には小さなデスクが配置されている。その向こう側には、僕と同じく寝台から上半身を起こしている男性がこちらに顔を向けていた。

「あの……ここは?」

「市民病院だよ。君はどこの企業の御曹司だい?」

「……へ?」

 御曹司? 何がどうなれば御曹司などという言葉が出てくるのだろう。

「今でこそ静かだが、少し前まではさながら野戦病院のようだったよ。何分患者の数が多すぎて部屋も確保出来なかったんだからね」

 立派な髭を生やした、いかにも社長然とした壮齢の男が言った。
 患者の数が多すぎる、部屋が確保出来なかった? しかし、僕は今病室にいる。優遇されているということか? 何が起こっているんだ。

「まあ、私も余計な詮索はしないよ。どれ、暇だからテレビでもつけるか」

 男が手近にあったリモコンを掴み、正面のテレビの電源をつけた。途端、静寂が破られ切迫した様子のアナウンサーの姿が映し出される。

『今回日本で起こった大規模災害についてですが、死亡者はおよそ3千万、行方不明者は2千万にも及ぶと見られます。政府は、この災害を起こした化け物を[亜喰夢]と名付けました」

 三千万……!? 日本の総人口は確か1億2千万程度のはず。だとしたら、日本は国民の約3割を失ったことになる。いや、行方不明者も含めたら4割にも昇る。それにしても、統計が出るのが早い。

 ――今は何時だ。

 懐からケータイを取り出そうとして、ないことに気付く。それどころか、病衣に着替えさせられている。仕方なく隣のおじさんに時刻を伺うと、我が家で火災が起きた時から既に1日以上が経過していた。

 どうやら被害を被ったのは我が家だけではなかったらしい。国土全域においてソレ……いや、[亜喰夢]が出現したのか。内地だけでもこの被害。国外はどうなっているのだろう。

『尚、この亜喰夢の統率者と思われる[魔王]を名乗る男が、現在国会議事堂にて総理と談合しております』

 魔王……? 何故総理と会見できるんだ。ただのホラ吹きかもしれないのに。
 次の瞬間、アナウンサーにより二つの疑問が氷解した。

『先の報道で申し上げました通り、魔王を名乗る男は、突如として国会議事堂に現れ破壊活動を始め、総理との面会を要求してきました。国内外の被害を抑えるためにも慎重な対応が求められます』

 なるほど。どうやら人というものはどれも大差ないらしい。
 総理は亜喰夢のアジテーターである魔王の力に屈服し、僕も仮面の男や亜喰夢の前にひれ伏した。これは荒唐無稽な推測だが、恐らく自衛隊も……。

「自衛隊も大分壊滅的な被害を受けたらしいよ。暫くはまともに機能できないってさ。いや〜、これから日本はどうなっていっちゃうんだろうね」

 僕がこうしている間にも、多くの人が死んでいっているのかもしれない。一人だけのうのうとここにいるのも忍びない。それに、ここにいるからといって悠々自適な生活がかえってくるわけでもない。いつか、必ず終わりがくる。

-8-
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