小説『Hate“S” ―悪夢の戯曲―』
作者:結城紅()

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 寝台から身を降ろし、部屋の入口に向かう。
 僕の意識は、火災の起きたあの時に途切れてしまった。あの後、どういった経緯があって僕がここにいるのか。あの仮面の男はどういった者なのか。そして、自衛隊が壊滅的な被害を被ったほどの相手。亜喰夢とは一体何なのか……。それらをきちんと把握しておきたい。
 決然と歩を扉に向けて進めた瞬間――。

「桜庭さーん、面会者が来ましたよー、って何やってるんですか! きちんと寝てて下さい。安静にしなきゃ治りませんよ。心臓の病気なんでしょー」

 心臓の病気……? なんのことだろう。僕は生まれてこのかた重い病にはかかったことはないのだけど……。
 呆然と立ち竦む僕を窘めた看護婦さんは、僕を寝台の方へと追いやる。状況が理解出来ない僕は渋々とそれに従い、寝台に潜り込む。

「桜庭君、少しは安静にしたまえ」
 聞き覚えのある声にハッとして半身を起こす。
 看護婦に従容と付き従うように現れたのは、昨日の異相の仮面の男だった。

「ああ、看護婦さん丁重な案内有難う。暫く彼と話をさせてくれ」

「いえ、それでは。面会時間は六時までです。それと、次からはその、けったいな仮面は外してきてくださいね。本村さんはリハビリの時間ですよー」

 本村と呼ばれた、先ほどまで僕に話かけていた男が寝台から立ち上がり看護婦さんの後を追随していく。仮面の男は二人が部屋を出たのを見届けると、すぐさまこちらに向き直った。

「具合はどうかね?」

「元から万全だよ。それよりお前、これは一体どういうことだ!?」

 矢も楯もたまらず叫ぶ。何故僕に心臓の病気などというレッテルが貼られているのか。
 仮面の男が肩を竦める。

「少し静かにしてくれないかな。ここは仮にも病棟だ。それに、私の方から順を追って話す」

 なんだか宥められたようで不愉快だが、苟も院内で五月蝿くしたら怒られるのは僕なので、男に従い口を噤む。

「まず、あの後。つまり君が倒れた後、私はとある人物の命令で君を連れてこの病院にやってきた。名目としては、砕いて言うと心臓不全ということにしておいた。この名目と私に命を下した人物の権力により、君は数少ない病室を確保したわけだ。入院させた理由は、君が逃げないようにするためだ」

「お前が僕を欲しいと言ったのは……」

「君に可能性があるからだ」

 仮面が一気に顔に近づく。

「君には私以上の可能性がある。昨日の化け物……亜喰夢を斃せる可能性が」

「亜喰夢を……?」

 男が首肯する。

「奴らは通常の攻撃、兵器では殺すことが出来ない。故に自衛隊は敗北した」  

 僕の表情を一瞥して男が続ける。

「いや、正確には斃しきることが出来ない。亜喰夢には再生能力が備わっている。例えいくら爆弾を落とそうが、銃弾を浴びせようが即座に傷は再生し、瘢痕すら残らない。奴らには、ある特定の力でないと決定的なダメージを与えることは出来ない」

 もしかすると、それが昨日の……。
 男が僕の内心を見透かしたように二の句を継ぐ。

「その力が、私が昨日亜喰夢に対して使ったものだ。あの力は、持ち主の有り様によって姿を変える」    
「あれが……」

「だが、今現在あの能力を行使出来るのは私だけ。主殿はこれから増えるなどと言っているが……。ともかく、私一人じゃ守るのも限度があるわけだ。簡潔に言うと、東京以外の都道府県は壊滅するだろう」

 東京以外が……壊滅?

「最も、私一人が奔放したところで何もかも守れるというわけでもない。私の守護する東京とて無事では済むまい」

 この男は、何を言っている。それに、東京を守ったって……。昨日結花は見捨てたくせに、守るなどとぬかすのか。この男は、一体……。

「お前は、結花を見捨てたのに……」

「主殿の命だからだ」

 男が言下に切り捨てる。

「そんなことより君はどうするのかな? 家族も何もかも失った君には、選択肢は二つしかない」 

 そんなことより……? 結花の命をそんなこと呼ばわりだと……。
 やはり、僕はこの人とは相容れない。憎い。こいつも、亜喰夢も、魔王とやらも。
 男が耳元で囁く。

「少年、能力(ちから)が欲しくないか?」

 突如耳朶に触れた言葉に、耳がピクリと震えた。

「このまま宛てもなく彷徨い、くたばるか。それとも力を手に入れ生き残るか」

 生きたいんだろう、と男が語りかけてくる。
 僕はまんじりともせず仮面を見つめ返す。
 答えは既に決まっている。

「僕は、力が欲しい」

 亜喰夢を、魔王を、そしてお前に復讐するためにも、力が必要なんだ……!!

「君は人であるのにも関わらず、人でいられなくなる。後戻りは出来なくなる。それでもいいんだね?」

 即座に頷き返す。
 男は背を向けドアノブに手を掛けた。つられて寝台から起き上がる。

「ついてきたまえ。君をドクトル最慎(さいまき)の元へ連れていこう」

 僕は決然と足を踏み出した。

――――
1、2ページの方に戦闘シーンを追加しておきました。見て頂けると幸いです。
2013 4/22

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