小説『短編集』
作者:tetsuya()

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猪狩美佐江はお金はあるけど心はちっともない結婚生活、その日を乗り切るのも苦労するほど貧しいけど心のこもったいった両極端な結婚生活を送るなら、どちらがいいのか考えていた。

 美佐江は前者タイプだ。親にお金がたくさんあって、遺産だけで豪華な生活が送れる。仕事などしなくとも、お金はいくらでも転がり込んでくる。そのため、彼女は苦労してお金を稼いでいるサラリーマンなどを異世界の人間だと捉えてしまう。どうして上司に媚打って金をもらわなければならないのだろうか。バカバカしい。

 彼女の執事もそういえば、本心にないことばっかりをいい、家来のごとくぺこぺこと頭を下げて、機嫌をとってばかりいた。見ていて演劇役者はやめて欲しいとうんざりしてしまうほどに。生きるために頭を下げているうちは負け犬だ。

 みえみえのお世辞など逆効果である。人間は褒められるとうれしい生き物ではあるが、あからさまに心のこもっていないお世辞をいわれると逆に腹がたってくる。棒読み口調に聞こえたときは、思わず殴ってやりたくもなった。偽善者を語っていることにも気づかないのか。

 どうでもいいところにまで神経を配りすぎているのも、距離を置かれているのだなと感じてしまう。どこかのテレビで見たのか知らないが、指先まで奇麗に整った堅苦しすぎる姿勢や、アイロンを一時間以上かけ、週に一度はクリーニングに出しているのではないか、と疑ってしまうほどの奇麗な執事服などをみていると悲しくなってくる。完璧に仕事をやるのは結構なのだが、限度を超えている。あなたの機嫌などどうでもいいからお金をくださいといって言われているようで無性に悲しい。

 執事の待遇は一日三時間労働で給料は月百五十万円だ。世間一般と比べてどれくらいのものなのか、わたしは知らない。貧乏人の世界など知りたくもないので、これくらい払っておけば庶民は満足するだろと適当に決めたものだ。 

 三十三年間、心からの付き合いをしたことがないため、美佐江は偽りの愛情という世界しか知らない寂しさに包まれている。結婚を願望していた異性のほとんどは、金目当てで愛情は二の次だった。

 仮に愛されていると思っていても、親友や友達があの男は金目当てで、あなたのことは愛していないわよ、と口癖のようにいってくるのも悲しかった。金によって純粋な恋愛を楽しむことができないのはなんだか大きなものを失っていった。

 ただ、三十路近くになり、取り残されてはいけないとあせった美佐江は、どこかの御曹司と結婚した。金持ち同士なら落ち着くだろうと考えたのだ。相手も三十五近くになり、両親から結婚を迫られ嫌々結婚したような男なので、愛の形はお互いにないけど、わたしは子供さえ産まれればいい。先祖代々の血を守るためにやりたくないことにも取り組まなければならない。子どもを複数誕生すれば、半分ずつに分けて離婚するつもりだ。今の夫とは早く分かれたい。

 後者は日々の生活に困窮しつつも、溢れるほどの愛情に包まれて幸せなんだろうな。お金目当てでないのは一目瞭然で、本当の愛がそこにはある。心から幸せを感じ取っている笑みに包まれてうらやましい。

 ただ、最低限のお金は欲しいとも思えてしまう。人よりお金を愛しているのは無性に腹立つけど、幸福度はある程度はお金に比例するというデータも出ている。極端な話、いくら愛があっても無職は結婚できない。愛情だけでは結婚には結びつかない。世とは何とも非情なものだ。

 愛や幸せを金で買うという表現は露骨なものを感じさせるけど、現実を見据えた場合それもいたしかたない部分もある。理想と現実といった、二つの狭間で生き続けなければならない。

 美佐江は一生、本当の愛に恵まれないだろうけど、お金に恵まれている立場であり続けたいと思う。結婚など、三年もすれば愛情は冷める。その後は、一緒に暮らしたくない異性とずっといなければならない苦痛だけに見舞われる。女性の立場としてはお金があれば離婚できるけど、なければ嫌な夫と暮らさなければならない。そんな惨めな生活はイヤだ。

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