自分に届かない世界を知ったとき、人は表せない絶望を味わう。悲しさや憂いなどといった負の感情にもつきまとわれる。どうしてわたしはこんなにできないんだろうと、一人で落ち込んだり、自己嫌悪に陥る。
できないのに追いつこうと無理して努力を重ねると、いつか自分を見失ってしまう。そうわかっていても同じくらいできないと落ち着けない。誰も何もいっていないのに、責められる、バカにされているといった脅迫概念にとらわれる。自分と他人は違うんだというのを忘れてしまうほどに、精神状態を保てなくなる。被害妄想が勝手に一人歩きしてしまう。
競争社会はそれを助長する。同じ条件下で競わされ、負けたものは追放されていく。たった一度の敗北で心を真っ黒に染められ、再起不能になることもある。人間性は仕事に加味されるとしても、能力の優劣は大きく将来を左右する。優秀でなければ、いくら人柄がよくても昇進できずに給料に差をあけられてしまう。企業は利益をあげなければならないところだからそれもしょうがないか。
佐藤理恵子は競争社会に破れてしまった一人だ。いろいろ面接試験を受けたが、どれも不採用で来月には家賃すら払えなくなる。
両親に家賃を頼むくらいなら、首を吊って自殺しよう。私は生きていても迷惑をかけてしまうだけ。それならば死んだほうがいい。
「これまで育ててきてくれた、お父さん、お母さん、ごめんなさい」
そう小さく呟いてから、首吊り用に用意してあったロープに首をかけて彼女は自殺した。