小説『短編集』
作者:tetsuya()

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森野悟は現在小学四年生。去年十二月頃から受け続けた、いじめの影響で引きこもるようになった。

 いじめはひどかった。黒板に鼻毛や耳毛を生やした絵を書かれたり、どぶに突き落とされたり、上履きやランドセルを破壊されたり、僕は生きていてもしょうがないから死にますと行って屋上から飛び降りるよう強要されたり、女子児童との会話を禁止されたり、ちょっと微笑むだけで怒鳴られたり、ストレス解消のサンドバッグにされたりした。これ以外にも架空の世界を生きているのではないかと思えるいじめはたくさんあった。

 現状を打開するため担任にいじめを相談した。すると担任はこういわれた。耳を疑った。

「いじめられたくなかったら己を強くすればいい。俺の立場の維持するため、この話しは外の誰にも話するなよ。もししたらただじゃすまないからな」

 それがきっかけとなり、担任は助けてくれるどころか一緒になって笑いだすようになった。いじめる側に加担したのだ。弱者を助けるべき大人が、子供をさらに追いつめる。学校は弱者に非情に冷たい場所だった。

 クラスメイトもいじめられるのを恐れて誰一人助けてくれない。直接手を下していなくとも、止めないのなら、陰でいじめを応援しているのと同じだ。そいつらも同罪である。

 いじめられている児童が自殺してから原因を究明しても価値はない。失われた命は二度と戻ってこない。校長が責任をとる形で自殺するニュースが流れても、両親からすれば息子や娘の命は帰ってこない。 

 玄関のベルが鳴らされる。父は仕事、母はパートに出ていて誰もいない。悟は仕方なく自分で出ることにした。

「ごめんください」

 いじめっ子の総大将、佐藤悠馬がやってきた。一人きりなので殺されると思った、悟は無意識のうちに台所に包丁をとりにいっていた。やらなければやられる。こいつにはカッターナイフを首に突きつけられたり、高い場所から危うく突き落とされそうになるなど、命をしょっちゅう粗末にされた。

「悟くん、どこに行くの?」

 担任が付き添っていたようだ。去年の野蛮な男から、とっても優しそうな女性教師に変わっていた。いじめられていて、人間拒絶になっていた悟ですらそう思えた。

 目の前にいる女性は去年はいなかったから、どこかの小学校から転任したのだろう。年齢からして教員試験に合格したての新米教師かもしれない。教師なのか大学生なのか見分けがつかないくらい若々しい。
 
 女性教師に一瞬目を奪われていたが、悠馬が視界に入ると再びちょっとずつ、ちょっとずつ遠ざかっていく。二人の距離はどんどん広がっていた。

 逃げ腰の悟に担任はいった。
 
「逃げないで。今日は悠馬くんからあなたに伝えたいことがあってきたの。さあ悠馬くん」

 悠馬は促されると、これまでのガキ大将のように威張るのではなく素直に頭を下げた。

「これまでいじめてごめんな。明日からは仲間として接するから学校に来てくれ。お前がいないととっても寂しい」

 そんな心にもないことをいうなんて許せない。いじめているほうは、人の心を玩具のように扱って楽しみ笑う。中毒性は簡単に直せるものではない。

「またいじめに加担したら、すぐに転校して姿を消す。担任とも両親とも約束した」

 決意表明もどうだっていい。口ではなく実行することが大事だ。悟は口をへの字に曲げて、悠馬に今すぐ立ち去れといった。さもなくば警察に通報すると脅しもかけた。

 そんな悟に女性担任はいった。

「悟くん。つらいのはわかるけど、ずっと引きこもっていていいの?」

 いじめた側を味方しているような担任に向かって、悟は我を忘れて怒鳴りつけた。

「あんたにいじめられている人の気持ち、わかりっこない」

 担任は身を乗り出した。勝負どころだと踏んだのだろう。

「わかるよ。私だって小学校からずっといじめられてきたんだもの」

 担任は受けたいじめをひとつひとつ説明する。悟よりもずっとずっとひどいいじめを受けていたようだ。爪をはがされたり、泥を飲まされたり、

「私、弱い子供を守るために教師になったの。いじめがこの世からなくなればいい、児童全員に楽しい学校生活を送ってほしい。私の一番望んでいることよ」

 担任は一息すってから悟に提案した。

「ちょっと手を出してくれない」

 悟は後ろに組んでいた両手を前にする。担任はそれを優しく握って呟いた。

「悟くんがクラスのみんなと仲良くなれますように」

 機械のように死んでいた感情がちょっとだけ蘇ってきた。この担任ならうまくやっていける、守ってくれる。流行りの見て知らんぷりはしないと思えた。そう確信できるだけのものを彼女は持っている。

 悟の心のぐらつきを逃さず、担任はいった。

「明日から登校してくれる?」

 悟はかなり迷う。家庭内で保護されている環境から一歩踏み出すのに強い抵抗がある。周りは全部敵、彼の脳内にはそういった脅迫概念が実在している。

 明日からいく勇気がない悟は、逃げ道をつくって聞いた。
 
「明後日からではダメなんですか?」

 意図を完全に読まれていたようだ。明日になったらまた考えるといった具合に、話は進むだろう。

「一人が怖いなら、私が学校までついていく。だから一緒に登校しよう。悟くんにつらい思いはさせない」

「わかった。僕を絶対に守ってね」

「約束する」 

 翌日から僕は再び登校した。優しい女性担任は約束を守ってくれた。

 悟は小学校を卒業するまで一度もいじめられることなく、楽しい学校生活を送ることができた。僕は誰よりも大切にされているのが分かってとっても幸せだった。

世界でいじめられている子供が一人でも多く救われますように。

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