小説『短編集』
作者:tetsuya()

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 今岡由紀は大切な人を失って三ヶ月になる。

 悲劇は突然訪れた。夫の和也は猛スピードでつっこんできたトラックに衝突され命を落とした。和也は青信号になったのを確認してから渡ったのに、トラックの運転手が無謀につっこんできたためにおきた。

 由紀は夫の死を知ったとき、頭が真っ白になった。和也は死亡時二十四歳、あと五十年は生きてくれると信じていた。

 由紀は和也を心から愛していた。死後三ヶ月が経過しても、世界で一番好きだったと確信もっていえる。和也以上の男性などこの世にいない。人生八十年生きたとしても同じだっただろう。

 和也はとにかく優しかった。三年前に出会い、結婚してからも同じ優しさで接してくれた。どうしてこんなに優しくなれるんだろうと思うくらいいい人だった。

 人間拒絶に陥っていた由紀も、彼といると、前向きな気持ちになれた。幼い頃からいじめを受け、闇と絶望だけだった心に強烈な光を与えてくれた。夜ばかりが続く生活に朝を注入してくれた。

 そんな彼の死は、光を見出そうとしていた由紀の心を、どんなに頑張っても這い上がれそうにない底なし沼へと叩き落とした。与えてもらった光が全部無となったうえに、以前よりも遥かに強い闇に包まれた。

 人一人を失っただけで、人生が終了するわけではないとはわかっているのに、大切な人を失うと計り知れないショックを受ける。由紀にとって和也は全世界の人間よりもずっとずっと大切だった。

 天国から聞こえてくる和也の精一杯生きてねという声を頼りに、希望を見出して生きようと頑張ってきた。新しい人に恵まれて、復活を期待できるのではないか。そう期待していたけど、どうやらもう限界だ。
 
 和也の後を追って、私もあの世に行こう。私には和也のいない世界などありえない。

 運転手からの賠償金も、みんなからの同情もこれっぽっちも価値はない。私は和也と同じ世界にいることだけを望んでいる。

 由紀は、彼の死亡したところまでいって、同じ車種のトラックに弾かれて死んだ。

 

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