小説『短編集』
作者:tetsuya()

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伊能貴子は幼い頃から、発音障害、理解の遅れ、社会への適応できない、耳から入ってくる情報が記憶できない、パニック障害、コミュニケーション障害などいろいろなハンデを抱えながら生きてきた。

 発音障害はいじめの対象になった。特定の言語の発音が悪く、クラスメイトによくからかわれた。発端は担任に一人だけ発音練習の居残りをしてもらったことだった。担任はきちんとした発音を身につけてほしいがために忙しい合間をぬってやってくれたのに、結果としていじめの材料にした。できない子供のためを思ってやっている好意を、傷つけるために利用するなんて脳内が腐っている。

 理解力の遅れはいじめられる最大の要因だったように思える。これさえなければいじめはなかったかもしれない。生まれつき障害を抱えていなければこんなことにならなかったのだと思うと、無性に悲しくなってくる。

 貴子はそいつらから受けたいじめのストレスで、小学校の高学年頃から痔が出たり、消化不良を起こしたりした。身体にゴミが入ったり、手足にしびれも起こすなど、身体の至る所に支障をきたした。いじめのストレスさえなければ身体はずっとずっと健康だっただろう。

 社会で弱気ものを助けようというのはあくまで理想にすぎず、自分より弱い者を叩く傾向が強い。学校に限らず会社や日常生活においても同じ。叱責されたり、思い通りいかなかったストレスを発散するために、弱い人間を叩いたことが誰だってあるだろう。ホームレスや障害者を冗談半分で殺害したり暴行して、取り調べにの受け答えが面白半分でやったというのが象徴的だ。

 社会への適応力も身につかなかった、いや身につけられなかったというほうがしっくりくるか。何が正しくて、何が間違っているか分からないため、こうすればよくなるというのが理解できない。真剣にやっても、天然と捉えられてしまった。

 適応力がなくて一番困ったのは就職活動のときかな。バカ正直に答えてしまうため、面接において不適当な表現をしてしまう。結果として不採用の山が届いて就職浪人する羽目になった。

 就職活動がうまくいかない大きな要因となったのはコミュニケーション障害にも原因がある。相手ときちんとした対話ができないがために、不採用になってしまった。スムーズに対話ができていたならこんなことにはならなかっただろう。

 視線がそれてしまったりソワソワするくせも、コミュニケーション能力のなさをさらに悪い意味で助長させたといえるだろう。会話途中で、どこかにいってしまったり、意識がそれたりして相手を困らせたり怒らせてしまう。面接においても落ち着きがないという理由で不採用になったこともある。

 パニック障害も相当苦しい思いをしている。脳の処理能力を超えたり、複数のことを同時に行うと、何をやっているのか分からなくなってしまう。結果として車に轢かれそうになるなど、命に落としかねない行動が何度もあった。

 その他色々あわせて、生まれつき障害を抱えたということになるのだろう。他人の何倍も何十倍も、何百倍も苦労することとなった。

 いじめられたり苦労したことばかり強調しているが、貴子もものすごく迷惑をかけた。ストーカーまがいの行為、他人のものを私物化するといった犯罪になりかねないことも悪いと理解できなかったため、周囲はすごく接しにくかっただろう。避けられて当然の行動をたくさん行っていた。

 今となっては至極当然に思えるのだが、当時の貴子は理解できていなかった。やっていることは正しいはずなのに、周囲が意図的に抹殺するためにいちゃもんをつけているような被害妄想にとらわれた。我慢できなくなると、周囲に八つ当たりしたり逆切れした。悪いのは理解してくれない周りの人たちで、自らには責任はないと居直っていた。

 最近ようやく障害のことを理解し始めている。ただ、障害の特性を理解しても、コミュニケーション能力を瞬時に高められるわけではないし、パニック障害も軽減は出来ても完全には修正できない。ソワソワする癖だって一生取り除けないだろう。

 いろいろなハンデを抱えている。だからこそ他人を広く認めてあげたい。他人の苦しさと真剣に向き合い、支えあう。そんな人付き合いがしたい。苦しいところを認めてもらえれば、相手も心がかなり楽になる。誰にだって認めてもらいたい弱い部分はある。

 相手側の視点に立つのはきわめて重要だということにも気づいた。どれだけ優しくしても、一方通行になってしまっては意味がない。心のキャッチボールはもの凄く重要だ。コミュニケーションが取れるより、相手を思いやる方がすごく重要だ。

 そのために常日頃から人を観察しなければならない。相手をよく知ることが重要だ。何も知らずに会話するより、特徴を多く掴んでいる方がキャッチボールしやすい。

 好意をむやみに押し付けないことも頭の片隅においておこう。相手が喜んでくれなければ、ただのお節介でしかない。自己満足で終わらせるのであれば何もしないほうがいい。

 人の心は生き物で常に変わるのを頭にいれておくようにも心がけている。一ヶ月もすれば人の心はかなり変わる。前と違って当たり前くらいでいるとやりやすいかもしれない。相手のよい変化を尊重し、受けいれられるようになればもっといいかも。一つにはしぼらないことで、相手との関係をよくしていけるかも。縛られないようにしなければならない。

 キャッチボールする上で根幹となるのは、利用する心を持たないこと。心を利用するために優しくするのは人間として最低だ。心を揺さぶっておいて、金品などを騙し取る、愚の骨頂だ。いじめを受けたものとして、他人を傷付けることは絶対にやりたくない。

 これからどんな人生が待ち受けているか分からない。だけどいろいろなことに耳を傾けながら、謙虚さと素直さを忘れずにいきたい。正しく生きていれば、障害を持っていてもきっと道は切り開けるはずだ。

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