小説『短編集』
作者:tetsuya()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

人間は自分を基準にして生きている。自己基準に大きな落とし穴が存在しているとも知らずに。

 特化した能力を持つ人は、相手の立場になってコミュニケーションを取り辛いため、この大きな落とし穴にはまってしまいがちだ。話す側にとって百であることが、聞き手側にとって百三十であった場合、認識にずれが生じる。話す側にとって当たり前のことが、聞き手側にとっては自慢話になってしまいかねない。
 
 聞き手に自慢話ばかりする嫌な奴だというイメージを与えてしまうと、自然と避けられるようになる。上から目線で自慢ばかりしているようでは、友達になりたいとは決して思ってもらえない。

 能力の高い人が輪から弾き飛ばされがちになるのは、他人と合わせられないのではなく合わせ方が分からないという不幸に見舞われているからなのかもしれない。

 他人を広く認めることで解決しやすくなる。だけど能力の高い人はそれもできないケースが多く、なおさらはじかれやすい。片方でもできれば全然違うのにと思うと残念でならない。
 
 能力が高いが故に社会から弾き飛ばされやすくなるのは、皮肉としか表現のしようがない。
  
 能力が低くても他人とは合わない。それでも案外うまくいったりする。能力が低い人は他人への優しかったり、素直だったりする。能力が低くとも素直で優しければ、助けてあげようという気持ちになる。

 私は広汎性発達障害で、高い部分、低い部分の両方がある。

 高い部分を出してしまったときは、高確率で対人関係がぎくしゃくしている。相手を見下したような表現を用いてしまうことがあり、バカにしていると思われてしまったりする。自分の意図とは違った受け止められ方をするとかなり辛い。

 幸いだったのは低い部分が勝っていたことである。全体的に能力が高かったら危なかっただろう。できないなりにも一生懸命頑張ろうとするからこそ、応援してもらえた。頭の片隅において生きたい。

 最近は広汎性発達障害の特徴を利用して対人関係を築いていこうと考えている。低い部分、高い部分に両方対応できるのは長所を生かして対人関係を築いていきたい。

 認めてもらっている分、相手の短所も受け入れてあげるようにしたい。障害の短所を認めてもらっているからこそ、相手を認めたい。すぐにはできないかもしれないけど、未来はずっと広く認められる人間になりたい。

-40-
Copyright ©tetsuya All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える