小説『短編集』
作者:tetsuya()

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 伊藤琢磨には大好きな女性がいた。仕事中も家にいる時も、寝る前も頭から離れないほど彼女を想っていた。

 女性の名前は高木美穂、二十二歳。品性方向でおしとやか、一千人規模の社内で一、二を争う人気を誇っている。伊藤とは月とすっぽんだ。

 月との距離を縮めるために、彼女があれほしいといえば、高額品を買ってあげた。プレゼント作戦で彼女と仲良くなっていこう。伊藤は食費を節約したり、貯金を切り崩して彼女に奉公した。

 成果は実り、二人の距離はどんどん近づいていった。彼女と一緒に入浴させてもらったり、ベッドで抱き合ったりもしてもらえるようになった。

 ある日、伊藤は思い切って告白してみた。相手も同じ気持ちでいるはずだ。

 告白された美穂は、数秒間沈黙したのち、ため息を吐く。妙に馬鹿にされたような感じを受けたので、伊藤は胸の中で嫌な予感がした。

 嫌な予感が外れてほしいと願ったけど、あえなく打ち砕かれた。
  
「わたし、数年前から別の彼氏いるの。だからあなたとは付き合えない」
 
 告白を断られて初めて利用されていたことに気づいた。伊藤は財布としてしか見られていなかった。
 
 美穂のほうは腕時計を見て、次の行動に移ろうとしていた。

「わたしはこれから彼氏とのデートがあるから」

 彼女は何かを思い出しかのように振り返った。

「顔が気持ち悪いし、剛毛が生えていて汚い人は、もう二度と近づかないでくれる? きたないったらありゃしない」 

 我を忘れて美穂を殺してやろうと思った。財布としてしか扱われていなかったうえ、許しがたい暴言まで吐かれるなんて。罪に問われないのであれば、屋上から突き落としてやりたい。

 伊藤は美穂に突進しようとしたけど、悪魔ははすでにいなくなっていた。その場でがっくりと肩を落とした。

 美穂との連絡はそれ以降途絶えていたが、どうやら伊藤を振った一ヵ月後、彼氏を失っていた。別の男を金づるとして利用したことがあっという間に広がった。

 失った彼氏の数が一人ではないところがまたすごい。どれだけおこがましい女なんだろう。同時に八人もの男性と交際するなんて。現在まで発覚しなかったのが奇跡だ。

 全ての男性に結婚を約束して、高額品を貢がせていた。心を失った美穂ならやっても不思議ではない。あれはそういう女だ。人間性のかけらもない。

 美穂は完全に人間離れしていると思えたのは、交際していた八人のほかに、百人の男を金づるとして利用していた事実だ。一ヶ月に数十億円単位の貢物をさせて、懐を蓄えていたらしい。伊藤はその一人にすぎなかった。

 これだけの金額になると、男というのは常々悲しい生き物なのだと思える。好かれるためにお金を貢ぐなんて。人のことを説教できる立場にはないけど、お金で愛は買えないんだと知るべきである。
 
 数人が練炭自殺を図ったり、行方不明になったりしている事実も発覚。美穂が殺したのではないかと噂されている。

 詐欺罪と殺人罪で美穂が逮捕されようとする直前に、史上最悪女失踪したと記事が新聞の一面を飾っていた。新聞には殺されたのか、死刑になる未来に絶望して忽然を姿を消したのかは分からない、警察が捜査員を総動員して捜索に当たっているようなことも書かれていた。

 死んだのだとしたら前者の確率が九十九パーセント以上、後者は一パーセント未満だろうと伊藤は思う。あれだけのことをした女が自ら命をたったりはしない。恨みをかった誰かに殺されたに決まっている。

 殺されたとしても、自殺したとしても自らが招いたこと。死んだとしても同情のかけらもない。害虫を駆除した犯人には賛辞を送りたい。唯一の心残りがあるとすれば、自らの手で闇に葬れなかったことかな。あの女だけは人生を台無しにしたとしても殺してやりたかった。
 
 誰かが闇に葬らなかったとしても捕まれば死刑は確実な情勢だった。前代未聞の超極悪犯を裁判所は生かさない。死刑反対とか叫んでいる弁護士がいつもの通り精神鑑定を要求するだろうけど、心身衰弱は百パーセント認められない。世間を揺るがしかねない極悪事件に対して裁判所は、精神鑑定の結果に関わらず厳罰で臨む。精神異常の極悪犯を世の中に再び戻したりすれば、自らに火の粉が降りかかりかねない。

 その後、美穂の遺体が登山客が滅多に来ない山奥にて発見される。すごい殺し方で、胴体を全部切り刻んで粉々にした上に、硫酸何度をかけて皮膚をどろどろにし、さらに焼かれた状態だったらしい。財布として利用された男の誰かがやったのだろう。伊藤にも負けない恨みつらみを持っている。

 史上最悪犯の死亡により事件は全内容は語られないままとなった。この女がどうして悪女に成り果てたのかということ注目していた犯罪心理学者は残念がっていた。

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