小説『短編集』
作者:tetsuya()

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吉村辰三の社長をしている『テラキガコンピュータ』は社員百八十人で、ここ十年で着実に力を伸ばしている中堅企業だ。顧客モットーを大切にした商売が効を奏し、売り上げはうなぎのぼりだ。

 彼は徹底した人物重視の採用にこだわる。協調性こそが、社員のチームワークや能力を高めるのに必須だと判断したからだ。いくら能力があっても協働の阻害となるのであれば会社に必要ない。彼は設立数年間でそれを学んだ。

 能力至上主義者の最大の欠点は、自分のものさしのみで評価基準を決め、他人の障害状況や能力を考慮できないところにある。我が社にも胸倉を掴むなどの暴力行為を働いたり、与えられた権限を拡大解釈して帰社させて目の前から消そうとする、上から目線で圧迫して押さえつけるなど、社員のモチベーションを著しく低下させてしまう要因となっていた。退職者も相当数でた。

 注意や叱責は当然行った。改善を期待してのことである。だけど目を見張る効果は全くといってなかった。エリート主義的な考えが身についてしまっている。学校の勉強でちやほやされたのだろう。社会は学校の勉強とは違った要素が求められる。

 たった一人の社員の労災を申請されて、ブラック企業扱いされれば、損失はプライスレスだ。マイナス要素を排除するために、協働できない社員を立て続けに解雇していった。守るべきものはしっかりと守り、切るものは容赦なく切る。経営者にはこういった非情さも必要だ。先延ばしにすればするだけ、リスクは上昇してしまう。
 
 問題社員はそれで排除していった。だけどもう一つ大きな壁にぶつかっていた。障害者採用枠である。従業員五十六人以上の会社は障碍者を採用する義務を負う。

 彼等はハンデを抱えているため、一般社員と同等とみなすのは難しい、だからといって自分勝手に振る舞われると社内の結束力を弱めてしまう。

 障害者についての事前知識を得るため、仕事が終了してから講習にちょくちょく参加した。そこで目の当たりにした異次元の自分御都合主義に度肝を抜かれ、頭が真っ白になった。自分のことばかり考え、協働の妨げになる要素をたくさん持ちすぎている。彼の理想と掲げている社風から百八十度ずれる素材ばかりだった。能力を除けば、超実力主義者のエリート脳と五十歩百歩だ。どうして他人を思いやれないのだろう。

 自分は尊敬されるべき、配慮されるべき、優しくされるべきなど、現実離れした考えなどにもついていけず特に困窮した。思い描いている通りになることは、健常者であっても皆無に等しい。それを理解していないのは痛恨過ぎる。

 あまりの惨劇に罰則金を払って採用しない選択肢も考えた。だけど人物重視を看板に掲げている彼は、人物を見極めて採用することにした。一般社会に馴染むことを不得手とする、彼等の門戸を広げることも社会貢献の一つになる。生活保護者を減らし、若者の将来のツケを減らしたい。

 障害者枠も一般枠と同じように素直さ、謙虚さ、優しさなどを重視した。障害者採用といえど、妥協はほとんどしなかった。自分勝手な人物は当然のように不採用を通知する。一般枠は障害者に配慮はあまりしないのをわかっている。双方にとってメリットがない。

 三ヶ月の期間を要したものの、三名の障害者を採用した。彼等は能力こそ劣っていたものの、抜群の素直さを持っていた。分からないところはしっかりとフォローさせれば、十分に戦力となるはずだった。
 
 彼等は理解力の欠如に苦しみながらも頑張った。一回いえば分からなければ分かるまで繰り返す。普通で二十回、多いときは百回要したことだってザラにある。だけど理解してもらうまで、真摯に向き合った。やればきっとできる。そういう信念を持っていた。彼らもできるようにひたむきに頑張り、任せられる仕事が一つずつ増えていった。

 障害者の頑張っている姿は社員を大きく刺激し、相乗効果を生んだ。業績も大幅アップして会社はいいほうに進んでいる。
 
 これからも人物を重視して業績をあげていく、それこそ彼の信念としているところである。 

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