小説『とある朱緋の超元浮遊《ディメンジョンマスター》』
作者:白兎()

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 「どうだった?」

 朝の時とは逆方向に走る電車の中で別篠は訊ねた。彼女はやはり吊革に掴まっていた。

 「どうだったって言われても、いつも通りだよ」

 「遥斗、内容教えてくれないね」

 別篠が口を尖らせ、緋奈は溜め息を零した。

 「計画してること自体が秘密なんだから。内容なんて教えられるわけないよ」

 緋奈は押し流される景色を見つめていた。いつまでも見ていられるくらい、何度みてもそれは不思議な光景だった。

 「うーん、そっか。でも、私は遥斗のこと応援してるよ。何か力になれることがあったら遠慮せずに言ってね」

 「うん。ありがとう、綾嶺」

 第七学区の駅で二人は別れた。緋奈が実験を行った日は彼女は最大限の気遣いを施してくれる。遊びに誘うこともなければ、あまり会話をすることもない。疲れきった緋奈に極力無駄な体力を消費をさせないように。

 「お腹減ったな……」

 空腹が限界に達していた緋奈は、弁当でも購入しようかと思い立ち、寮への帰り道にあるコンビニに立ち寄った。コンビニには数人の先客がいた。男子高校生が二人、本の陳列された棚の前で何かの話で盛り上がりながら週刊誌を立ち読みし、危うい丈のワンピースを着た女子小学生だか中学生だかが一人でドリンクコーナーの前に立ち尽くしていた。目を細め、一品ずつ丁寧に品定めする彼女の姿は老練な鑑定士のようだった。

 「何ですか、この超ふざけたラインアップは……」

 ショートヘアーの茶髪少女は一通りドリンクコーナーを眺めた後に重い溜め息を零した。緋奈は足早にレジの前を横切り、弁当コーナーへと向かった。二つあるレジのうち、一つはパネルがレジ打ち代行を務めていた。まだ夕暮れ時だったが、竜巻の通ったあとの集落のように弁当の棚は真っ白で、ほとんどが残っていなかった。

 「カツ丼置いてないのか……唐揚げ弁当で我慢しようかな」

 緋奈は渋々といった様子で衣のふやけた三二〇円の唐揚げ弁当を手に取り、レジで会計を行おうとした。だが、カウンターに弁当を置こうとしたとき、二人組の男が乱暴にドアを開けたためそれは中断された。二人は試験官がごとく店内を眺め回し、少女を見つけると騒ぎながら彼女の方へ歩み寄っていった。緋奈も含め、店内の人間全員はそれを黙って見ていた。

 「なあ、お嬢さん、お兄さんと楽しいことしない?」

 背が低いスキンヘッドの男が少女に言った。黒いタンクトップを着た男の上腕にはタトゥーだかタトゥーシールだかがあった。光の跳ね具合からするに、恐らくはシールだろう。

 「あれ、放っておいて大丈夫なんですか」

 緋奈がレジ打ちの女性店員に訊ねると、店員は静かに首を横に振った。それは大丈夫ではないといったものではなく、通報するなといった意味合いのものだった。

 「どうしてですか」

 緋奈は右人差し指の爪でレジのカウンターをこつこつと叩いた。レジ打ちは男たちの様子を窺い、こちらを向いていないのを確認した。

 「二人ともレベル3の能力者です。いま通報すれば店に損害が生じますので、店を出てからアンチスキルを呼びましょう」

 レジ打ちは小さな声で、今度は奥のミラーを確認しながら言った。雑誌コーナーの男子高校生は二人とも週刊誌で顔を隠し、静かに嵐が去るのを待っていた。緋奈は手に持った弁当をカウンターに置き、男の方へ向かった。

 「そこのお二方……」

 緋奈が声をかけた瞬間。空気砲の威力を何倍にも強化したような鋭い突風が緋奈の顔から数センチの場所を突き刺し、天井に蟻の巣のような小さい穴を開けた。

 「こっちは取り込み中なんだわ。邪魔するっつーなら容赦なく当てるぜ」

 少女に言い寄るスキンヘッドとは別の、暗い色のサングラスをかけたモヒカンヘアーの男が言った。男は左手をその方向へかざしていた。

 「風力使い(エアロシューター)、ですか。くだらないことに能力を使うのは良くないですよ。さあ、その子から離れてください」

 「なんだコイツ、漫画の見過ぎだろ」

 お前が言うな。そう思ったものの、更なるトラブルを避けるために緋奈は口に出さなかった。

 「気ぃ失うくらいの力に調整してやっからよ。ちょっと黙ってろ!」

 「はあ……」

 緋奈が男に接近すると男は数歩後退りした。それは意識して行われたものではなく、反射的にとった行動だった。

 「テレポーターか? 」

 「違いますよ。空間移動というよりは、瞬間的な移動に近いです。ただ時間を越えて移動しただけですから」

 緋奈が男に向けて手のひらを向けると、男はまた後退りし、後方に横たわる何かに躓き勢いよく転んだ。男が踏んだのは先ほどまで少女を口説いていたスキンヘッドだった。スキンヘッドは、ホラー映画のクライマックスを想起させるような顔――白眼を向き口から涎を垂らして倒れていた。
 俺ではない、と緋奈はまわりを見渡すが、それを実行できる人間はワンピースの少女ただ一人しかいなかった。

 「はあ、超面倒なやつらですね。この最愛さまに勝てるとでも思ってたんでしょうか」

 ワンピースを纏った少女は片手を腰に当て、もう片手で蛍光灯の光を遮りながら目を細めて走り逃げる男二人組の方を眺めていた。まるでゴルフプレーヤーが遠く跳んだボールを目で追いかけるような仕草だった。背伸びしている点を除いては。

 「えっと、大丈夫ですか?」

 「あ、ええ、この通り超大丈夫ですよ」

 少女は一息つくと緋奈の方へ振り返り、ボディチェックを通過する時のような、両腕を大きく広げる格好で無傷を知らせた。

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