「なあ、佐藤。あの東って女どんな女だった?」
「・・・女ではなく東さんですよ坊ちゃん。私から見て東さんはお綺麗な方でございました」
ズズっと佐藤は淹れたてのブラックコーヒーを美味しそうに飲む。
「そう、か。美人だったのか」
蒼はマグカップに入ったココアを見つめながら少し後悔した。
その様子に気づいたのか佐藤はマグカップをテーブルに置いて聞く。
「なにかありましたか?」
「いや、ただ東をもっと見とけばよかったなって。だって美人だったんだろ? 俺東の動きが早すぎて顔とか全く見れなかったから・・・」
美人と聞くとどうしても顔が見たくなる。
ある意味、男の本能なのだろうか。
そう答えると佐藤はククッと笑む。
「もしや坊ちゃんは゛美女゛がお好きなのでしょうか?」
「な、佐藤どうした! そんないきなり色気づいた話をするなんてお前は本当に佐藤か!!」
蒼は驚いた。
長年この屋敷に使えている佐藤の口から異性の好みの話などでたことがなかったからだ。
「これは失礼しました。坊ちゃんにはこういった話はまだ早うございましたね」
「・・・美人は好きだ。そういう佐藤はどんな女が好きなんだ?」
今まで佐藤の恋愛事情には触れたことがなかった。
なおさらワクワクする。
「おやおや、私ですか。これは困りましたね・・・私はこの年までずっと独身だったのであまり女性というものがよくわからないのです」
佐藤は苦笑を浮かべる。
ふーん、予想を裏切らない答えだな。
「じゃあ、しいていうなら?」
「そうですねぇ、うーむ。しいていうなら奥様でしょうか・・・あ」
「そう、か。佐藤は俺の母親が好きだったのか。へー・・・」
「む、昔のことでございます。それよりも失言ご無礼いたしましたっ」
佐藤は椅子に座ったまま深く頭を下げた。
ゴンッ
机に顔面打撃!
はい、お約束〜。
「プッ、佐藤お前面白すぎる。どんだけドジっ子なの?」
蒼はけたけた笑いながら赤面した佐藤を指差す。
佐藤はというと、恥ずかしそうに微笑んでいた。
「もうさ、佐藤が俺の教育係になってよ。そしたら毎日楽しーし」
「ハハハ、坊ちゃんは面白いことを考えるのが好きですね。そろそろ就寝したほうがよろしいお時間ですよ」
時計の針は11時を指していた。
佐藤と話していると時の流れが早い。
「おやすみ、佐藤」
「おやすみなさいませ坊ちゃん」
蒼は自室のベッドに入った。
数十分すると寝息が微かに聞こえた。
佐藤はそっと蒼の部屋に入って蒼がちゃんと寝ているかどうか確かめた。
そこにはまだ8歳の、8歳らしい寝顔の蒼が気持ちよさそうに寝息をたてている。
佐藤は壁に掛けてある鈴宮家の集合写真を見つめた。
屋敷の中庭で親子三人で写っている。佐藤は懐かしく思い、目を細めた。
(旦那様、奥様、奥様の腕に抱かれているのが0歳の時の坊ちゃん。ああ、坊ちゃんはこんなに大きくなったのですね)
なんだかまた目が潤んできてしまった。
年のせいか涙もろくなった気がする。いかんいかんと袖で雫を拭う。
旦那様も奥様も、なんて楽しそうなのでしょう。
笑顔がとてもお綺麗でございます。
もう、このような頬笑みは見えないのでしょうか?
奥様が亡くなってからすべてが変わってしまったようだ。
旦那様と坊ちゃんはずいぶんと冷たさを持った人になった・・・。
奥様が亡くなって旦那様が仕事で忙しくてもこうして元気に何もあらずに成長してくれた坊ちゃんはとても立派です。とてもとても佐藤は嬉しゅうございます。