第2問 自己紹介って何を言えばいいのか分からないよね?
国語
【第二問】
問 以下の意味を持つことわざを答えなさい。
『(1)得意なことでも失敗してしまうこと』
『(2)悪いことがあった上に更に悪いことが起きる喩え』
姫路瑞希の答え
『(1)弘法も筆の誤り』
『(2)泣きっ面に蜂』
教師のコメント
正解です。他にも(1)なら『河童の川流れ』や『猿も木から落ちる』、(2)なら『踏んだり蹴ったり』や『弱り目に祟り目』、『傷口に塩』などがありますね。
土屋康太の答え
『(1)弘法の川流れ』
教師のコメント
シュールな光景ですね。
吉井明久の答え
『(2)泣きっ面蹴ったり』
教師のコメント
君は鬼ですか。
橘悠里の答え
『(2)傷口にsh……明久の主食』
教師のコメント
……吉井君はどうやって生きているのですか。
「それにしても……本当にボロいなぁFクラスは……」
Fクラスにたどり着いた悠里。他クラスとの設備のあまりの差に少し唖然としていた。
「……取り敢えず入るか」
ここで立ち止まっても仕方がないと、再起動した悠里は教室の戸を開けた。
「ノックしてもしもぉ〜し。ん?」
「お?悠里じゃないか。お前Fクラスになったのか」
声が聞こえた方を見ると、教壇に立っている男がいた。
「雄二、何やってんだ?」
彼は悠里の昨年のクラスメイト『坂本雄二』だ。
「教壇に立ってみているだけだ。先生が遅れているらしいからな」
「ふーん。この面子だと―――雄二がクラス代表か」
「おっ、よくわかったな」
「……やるのか?」
「勿論だ。その為に俺はこの学校に来たんだからな」
「そうか……まあ俺もやれる範囲で手を貸そう」
「ああ、期待してるぞ」
雄二と悠里が話していると、教室の後ろの扉が勢いよく開けられた。
「すみません、少し遅れちゃいましたっ(・ω<)ミ☆」
「早く座れ、このウジ虫野郎」
愛嬌たっぷりに放った言葉を一蹴されたのは、これまた去年までのクラスメート『吉井明久』だった。
「いきなり失礼な!……って雄二?何やってんのそんなところで?」
そこまで言われて、明久も雄二の存在に気がついたようだ。
「ん?さっき説明したばかりだろ。二度も言わせるな」
「あっ、ごめん。……ってそんなので騙される訳ないでしょ!僕を何だと思ってるんだ!」
「?バカだなぁ何を今さら。そんな馬鹿のひとつ覚えみたいに馬鹿なこと言ってないでさっさと席に着けバカ。」
「ナチュラルに4回もバカって言うなバカ雄二!」
「まあ、落ち着け明久。実はお前がそう言うと思って俺が先に聞いておいたんだ。感謝しろよ」
「それって僕が聞いて無いから結局意味ないよね!?―――ってあれ?何で悠里が此処に居るの?」
明久も疑問に思ったようだ。明久は|今の悠里でも中の下くらいの学力は持っていることを知っているので、てっきりFクラスには居ないものだと思っていたらしい。
「ああ、実は前日徹夜して衣装を作ってたら風邪引いちまって。」
「あはは、馬鹿だなぁ悠里は。そんなこと小学生でもしない肩の関節があり得ない方向にぃぃぃぃぃっ!!」
「鉛筆転がしてテスト受けた奴に言われたくねぇ!」
「何故それを!?それよりこれ以上やったら肩の稼働範囲が広がってしまうぅぅぅぅぅ!」
悠里が明久を私刑していると、前の扉が開けられて外から教員らしき男が入ってきた。
「えーと、ちょっと通してもらえますかね?」
「あ、はい。今退きます。」
「あべしっ!!」
明久を捨てて悠里は席に着いた。入ってきた男はどうやらこのクラスの担任のようだ。
「えー、おはようございます。二年Fクラス担任の福原慎です。よろしくお願いします」
先生は黒板に名前を書こうとして―――やめた。どうやらチョークすらろくに用意されてないらしい。
「皆さん全員に卓袱台座布団は支給されてますか?不備があれば申し出て下さい。」
このFクラスは机が無く、あるのは畳、卓袱台、座布団だけ。教室の隅には蜘蛛の巣があり、壁はひび割れが至るところに形成されている。
「先生、座布団に綿がほとんど入ってないんですけど」
「我慢して下さい」
「先生、窓が割れていてすきま風が寒いんですけど」
「我慢して下さい」
「……先生、卓袱台の足が折れてるんですけど」
「我慢して下さい」
「おいっ!!」
「ははは、冗談ですよ。木工ボンドがあるので自分で直して下さい」
「……」
どうやら新品との交換すら許されていないらしい。
年期が入った卓袱台に床に敷き詰められている古臭い畳も加わって、教室全体に一昔前の納屋のような独特の空気が漂っている。
「では、自己紹介でも始めましょう。廊下側の人からお願いします」
福原先生の指名を受け、生徒がひとり立ち上がり、自己紹介を始める。
「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる。今年一年よろしく頼むぞい」
木下秀吉。演劇部に入っており独特な言葉遣いを使う。声帯模写を得意とし演技も部内で頭ひとつ飛び抜けている為、『演劇部のホープ』とも呼ばれている。外観は少女のような姿をしているが、れっきとした男である。
「俺は橘悠里。秀吉と同じ演劇部所属で、趣味は人間観察」
橘悠里。外見は前話の通りだが、顔は整っていてどちらかといえば中性的。頭より先に体が動く典型的な体育会系であるが、何故か文化部に入っている。表立って活躍する秀吉に対し、影で何の役でもこなす様から『演劇部のジョーカー』と言われている。……らしい(本人非公認)
「…………土屋康太」
土屋康太。普段は寡黙で口数は極端に少ない。余り目立たない為、その実態を知る者は少ない。
「―――です。海外育ちで、日本語は読み書きは苦手です。趣味は……」
するとここで、男子ばかりのFクラスには珍しい女子生徒の声が聞こえてきた。
「趣味は、吉井明久を殴ることです☆」
「誰だ!?そんな嬉しそうに犯行予告を宣言しているのは!―――って島田さん?」
「はろはろ〜」
声の主は島田美波。これまた悠里の去年のクラスメートだった。Fクラスには知った顔ばかり集まっているようである。
「……そっか、そうだよね。やっぱり島田さんはFクラスだよね頭が割れるように痛いぃぃぃぃぃ!!」
「それはウチが馬鹿だとでも言いたいの!?」
「ぎゃぁー!!ギブ、ギブー!!」
「ウチは帰国子女だから、出題の日本語が読めなかっただけなんだからね!」
「わかった!わかったから!アイアンクローはやめてぇー!!」
「はいはい。そこの二人、静かにして―――」
バキィッ ガラガラガラ……
先生が注意の為に軽く叩いた教卓が、瞬間ゴミ屑と化した。
「え〜……替えを持ってきます。少し待っていて下さい」
気まずそうに告げると、先生は教室から出ていった。
先生が居なくなり周りが雑談を始めると、明久の周りによく知るメンツが集まってくる。
「ふぅ、さっきはひどい目にあった。」
「自業自得だろ」
「そうじゃな」
「悠里も秀吉もひどいっ!」
この一幕で明久の日頃の扱いが見て取れる。
「しかし、流石は学力最低クラス。見渡す限りむさい男ばっかいるな」
「お前も入ってるがな」
即座にツッコまれる明久。
「でも良かった。唯一の女子が、秀吉みたいな美少女で」
「……わしは男子じゃ」
「ウチが女子よ」
「わかってないなー。美少女っていうのは、優しくておしとやかで見ていて癒しのオーラを漂わせる存在であって、島田さんのようにがさつで乱暴で恐くて胸が無い背骨の関節に激しい痛みがぁぁぁぁぁ!!」
明久が美波にボストンクラブをきめられている中、突然ガラリと教室の扉が開けられる。
「あの、遅れてすいません……」
『え?』
教室全体から声が上がる。
肌は雪のように白く、柔らかそうな桃色の髪は腰の当たりまで伸び、保護欲をかきたてるようなその容姿は男だらけのFクラスで異彩を放っていた。
「保健室に行っていたら、遅くなってしまって……」
だか、皆が驚きの声を上げたのはその容姿のせいではなかった。
「姫路さん?」
「!よ、吉井君!?」
彼女の名は姫路瑞希。入学して最初に行われた試験で学年二位を記録し、その後も上位一桁に常連なほどの才女だ。最下層のFクラスには間違いなく場違いな人物である。
「吉井君……」
「何かな?姫路さん」
瑞希が何か言いにくそうに、明久に近づいてくる。
「あの……」
「?」
「それ……痛くないんですか?」
「僕の脊椎がかつて変形したことのない方向へ曲がっていくぅぅぅぅぅ!!」
「そういえば、姫路」
明久は無視して話を進める悠里。
「は、はいっ。何ですか?えーっと……」
「ああ、俺は橘悠里だ。よろしく」
「あっ、姫路瑞希です。よろしくお願いします」
丁寧に挨拶をして、深々と頭を下げる瑞希。
「ところで、失礼だけどどうしてFクラスに?」
「実は……振り分け試験の最中、高熱を出してしまって……」
「成る程、俺と似たようなもんだな」
「悠里のは自業自得なんじゃ「島田、もっとやっていいぞ」あははっ、やだなぁ島田さん。人間の背骨は本来そっちには曲がらなサソリ固めが決まってぇぇぇ!!」
「よ、吉井君!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。何時ものことだし」
「は、はあ……」
ガラガラガラッ
「はい、皆さん。静かにして下さい」
前の扉が開けられ、先生が戻ってきた。
「おや?姫路さんも来たようですね。では、自己紹介の続きをお願いします」
「はい。えー、須川亮です。趣味は―――」
………………
…………
……
特にこれと言って変化のない自己紹介が続いていると、明久が小声で話しかけてきた。
「……雄二、悠里。ちょっといい?」
「ん?なんだ?」
「どうした?」
「実はこの教室についてなんだけど……」
この教室とは言うまでもなくFクラスのことだ。
「Fクラスか。去年から噂になっていたが、これは確かに酷いな」
「悠里もそう思うよね?」
「勿論だ」
「……で、何が言いたいんだ?」
「せっかく二年生になったんだし、『試召戦争』をやってみたいと思うんだ。それもAクラスに」
試験召喚戦争、通称試召戦争。それは、文月学園に取り入れられた世界でも最先端の技術『試験召喚システム』を使用した、クラス間戦争のことである。学園で四年前から採用された"制限時間一時間、点数上限無しのテスト"により得た点数を、本人の代わりである『召喚獣』の強さに反映させて戦わせる。そして下位クラスが勝利した場合、上位クラスと教室設備を交換できるのである。
つまり、この戦争において重要になるのはテストの点数。故に、AクラスとFクラスでは戦力に天と地ほどの差がある。
「……何が目的だ」
急に雄二の目が鋭くなる。何か裏があるのでは、と警戒しているようだ。
「いや、だってあまりに酷い設備だから」
「嘘つけ。日頃勉強のべの字も見られないような生活をしているお前が、その為に一々面倒事を起こすわけ無いだろう」
「うぐっ」
悠里に指摘され、たじろぐ明久。
「そ、そんなことないよ。興味が無ければこんな学校に来るわけが―――」
「お前がこの学校を選んだのは『試験校故の学費の安さ』だろ?万年金欠が」
「うぐっ!……それは、えーっと……」
雄二にもダメ出しをくらい、二の句が告げない明久。
「……理由は姫路、だな?」
「(ビクッ!)ど、どうしてそれを!?」
その瞬間明久の背筋が面白いくらいに伸びた。どうやら図星らしい。
「お前は本当に単純だな。カマをかければすぐにひっかかる」
雄二の目から警戒の色が消え、代わりに楽しげな笑みが浮かぶ。
「べ、別にそんな理由じゃ―――」
「はいはい。今更言い訳はいらない」
「だから、本当に違うんだって!悠里はわかってくれるよね!?」
「端から見てる分には、むしろそれ以外の理由は思い付かないぞ」
「悠里まで!」
悠里と雄二は、あれこれ言い訳する明久の言葉を左へ受け流す。全く取り合う気が無いようだ。
「まあ気にするな。明久が言い出す前から、雄二はAクラス相手に試召戦争をしかけるつもりだったらしいからな」
「え?そうなの?雄二」
「ああ。世の中、学力が全てじゃないって証明したくなってな」
「???」
「それに、勝算もある。Aクラスに勝つ作戦も思い付いたし―――」
「坂本君、君が自己紹介最後の一人ですよ」
「―――っと、了解!ナイスタイミングだ。まあ見てろ」
「う、うん……」
そう言って雄二は教壇に上がった。
「Fクラス代表、坂本雄二だ。俺のことは代表でも坂本でも、好きに呼んでくれていい」
別にクラス代表だといっても、学力最低のFクラスでは自慢にもならず、むしろ恥になりかねない。しかし雄二は、自信に満ちた表情を皆に向けている。
「さて、ここで皆に一つ聞いておきたい」
雄二は教室の各所を見渡す。
廃墟のような教室
使い古された座布団
年期の入った卓袱台
つられて皆も雄二の視線を追う。
「Aクラスは冷房完備、冷蔵庫にノートパソコン、おまけにリクライニングシート付きらしいが―――」
一呼吸おいて、静かに告げる。
「―――不満はないか?」
『『『大ありじゃぁ!!』』』
今この瞬間、二年Fクラス全員の想いがひとつとなった。
「だろう?俺だってこの待遇には不満を覚えている」
『そうだそうだ!』
『いくら学費が安いからって、この扱いの差はやりすぎだ!』
『Aクラスだって同じ学費だろ!?改善を要求する!』
雄二の言葉を皮切りに、次々と上がる不平不満の声。
「皆の意見はもっともだ。そこで、Fクラス代表として提案がある」
不適な笑みを浮かべ、これから級友となる仲間達に野性味満点の八重歯を見せ、
「俺達Fクラスは、Aクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う」
無謀としか思えないようなことを、Fクラス代表、坂本雄二は平然と言ってのけた。