小説『裏方で奥の手な主人公(?)』
作者:作者B(トライアル☆プロダクト)

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第6問 もう明久が主人公で良いんじゃないかな

化学
【第六問】

 問 以下の問いに答えなさい。
『ベンゼンの化学式を書きなさい』


 姫路瑞希の答え
『C6H6』

 教師のコメント
 簡単でしたかね。


 橘悠里の答え
『/ ̄\
〈 〇 〉
.\_/』

 教師のコメント
 それは構造式です。


 土屋康太の答え
『ベン+ゼン=ベンゼン』

 教師のコメント
 君は化学をなめていませんか。


 吉井明久の答え
『B - E - N - Z - E - N』

 教師のコメント
 あとで土屋君と一緒に職員室に来るように。






「皆、早朝からテストご苦労だった」

教壇に立ち、雄二はクラスの皆に労いの言葉を掛ける。午後の試召戦争に備え、Fクラスは午前中ずっとテストを受けていたのだ。

「午後はBクラスと戦う訳だが……気合いは十分か?」

『おおーっ!』

一向に下がらないモチベーション。勉強ばかりの上位クラスには無い、Fクラス最大の長所だろう。

「今回の作戦の要は敵を教室に押し込むことだ。開戦直後の渡り廊下は絶対に押されるな!」

『おおーっ!』

「そこで今回は、姫路に前線の隊長を任せる。姫路、頼んだぞ」

「は、はいっ!皆さん、頑張りましょう!」

『うおおーっ!』

瑞希と一緒に戦えるとあって、前線部隊の声がまるで勝鬨のように教室中に響いた。
この作戦にFクラスの八割の戦力を注ぎ込み、更に校内でもトップクラスの瑞希を取り入れる徹底ぶり。まずこの戦いは、やられることは無いだろう。


キーンコーンカーンコーン


昼休みの終わりを知らせる鐘が鳴る。

「よし、開戦だ!Bクラスを捻り潰してこい!」

『サー!イエッサー!』

鐘の音を合図に、前線部隊は一斉にBクラスに向かって駆け出した。

「いたぞ、Bクラスだ!」

「高橋先生を連れているぞ!」

「生かして帰すなーっ!」

物騒な台詞と共に、Fクラスは数学の長谷川先生を中心に英語、物理の先生も携え、一気に畳み掛ける。一方Bクラスのメンバーは、様子見で来ていた十人程度が交戦に入った。

『Bクラス 野中長男 vs Fクラス 近藤吉宗
 総合 1943点 vs 764点』

『Bクラス 金田一祐子 vs Fクラス 武藤啓太
 数学 159点 vs 69点』

『Bクラス 里井真由子 vs Fクラス 君島博
 物理 152点 vs 77点』

しかし、その圧倒的な力により第一陣が呆気なくやられていく。止めを刺される前に上手くフォローをしないと、すぐにでも戦力が足らなくなってしまいそうだ。

「すいま、せん……。遅れ、まし、た……」

するとそこへ、先程の全力疾走について来れてなかった瑞希が息を切らしてやってきた。

「姫路さん、来たところ悪いんだけど……」

「は、はい。行って、きます」

息を整えた瑞希は、明久に促されて戦場へ向かっていく。そして、その姿を目にした瞬間Bクラスの目付きが変わった。流石にBクラスとなると、瑞希の存在は既に知っているようだ。

「長谷川先生。Bクラス岩下律子が、Fクラス姫路瑞希さんに数学勝負を申し込みます!」

「あっ、先生!Bクラス菊入真由美も加勢します!」

瑞希に対し、Bクラスは二人がかりで立ち向かう。


『『『試獣召喚!』』』


呼び掛けに応じ魔方陣が出現。それぞれの試験召喚獣が姿を現す。Bクラスの二人はその手に剣と槍を構え、瑞希は前にも見た身の丈以上の大剣を掲げていた。しかしその腕には―――

「あれ?姫路さんの召喚獣ってアクセサリーなんてしてるんだね?」

「あっ、はい。数学は結構解けたので……」

明久が尋ねたその召喚獣の左腕には、綺麗な腕輪が着けられていた。

「嘘!?そんなの有り!?」

「それじゃあ勝てるわけないじゃない!」

相手の動揺を他所に、瑞希の召喚獣は大剣を大きく振り上げる。

「それじゃ、行きますよ」

「不味い!律子、一旦逃げるよ!」

「ち、ちょっと待って!」

大袈裟なくらいに左右に跳ぶ二人の召喚獣。瑞希の召喚獣は、持っている大剣を凪ぎ払うように横に振った。その瞬間―――


ゴォォォォォッ!


「きゃあぁぁぁっ!」

「り、律子!―――きゃあッ!」

腕輪が光を発し大剣が炎に包まれたかと思うと、そのまま炎が斬撃となって相手の召喚獣達を飲み込み、跡形も無く燃やし尽くした。

『Fクラス 姫路瑞希 vs Bクラス 岩下律子&菊入真由美
 数学 412点 vs 189点&151点』

遅れて点数が表示される。
この試召戦争では、単教科で400点以上の点数を取ると特殊能力を備えた腕輪を使えるようになるのである。その力は強力なものであり、Bクラスの生徒二人を倒したことがそれを物語っている。

「岩下と菊入が瞬殺されたぞ!」

「そんな馬鹿な!?」

「姫路瑞希、噂以上に危険だ!」

Bクラスの残り八人に驚愕の表情が浮かぶ。相手は自分の三倍の点数を持ち、尚且つ特殊能力まで備えているのだから無理もない。

「み、皆さん、頑張ってください!」

瑞希の指揮官らしからぬ指示。しかしそれが、かえってFクラスの男子達の心に火を点けた。

「派手に行くぜッ!」

「イエス・マイロード」

「我が生涯に一片の悔いなし」

信者急増中。駄目だこいつら……早く何とかしないと……。

「姫路さん。姫路さんは一旦下がって」

「あ、はい」

敵の士気を折ることに成功したので、明久の指示で瑞希は後ろへと下がる。特殊能力の行使は強力な反面、点数消費が激しいという弱点も存在する。
しかしこの分では、瑞希抜きでも十分戦えるだろう。

「中堅部隊と上手に入れ替わりながら後退しろ!戦死だけはするな!」

Bクラスの方からそんな指示が飛び出す。このまま教室まで追い込めば作戦成功と言えるだろう。

「……明久、ワシらは一回教室に戻った方が良さそうじゃぞ」

「へ?なんで?」

後ろで戦況を眺めていた明久のところへ秀吉がやってきた。

「Bクラスの代表じゃが……ムッツリーニによると、あの根本らしい」

「根本って、あの根本恭二?」

「うむ」

根本恭二。彼は悪い意味で同学年に知れ渡っている。噂では『球技大会で相手チームに一服盛った』や『喧嘩に刃物は当然装備』、果ては『カンニングの常連』など、目的の為なら手段を選ばないことで知られている。

「成る程……。それなら戻って様子を見たほうがいいね」

「雄二なら大丈夫じゃと思うが、念の為にの」

明久は瑞希に一言報告してから、秀吉ら数人を連れて教室へと引き返した。





「これは一体……」

「悪い意味で予想通りの事態じゃな」

教室に戻ってきた明久達を迎えたのは、破壊された卓袱台とへし折られて散乱したシャープペンや消しゴムだった。

「これじゃ補給がままならないよ」

「地味じゃが、随分と陰湿な嫌がらせじゃのう」

「人の私物にこんなことをするなんて……」

「取り乱すな。そうなれば相手の思うつぼだ。修復に時間はかかるが、作戦にあまり支障はない」

「む?おぉ、雄二」

明久と秀吉が話していると、後ろから雄二がやって来た。

「こんな時に何処に行ってたのさ」

「協定を結びたいと申し出があってな。調印の為に教室から出ていたんだ。この惨事が起こったも恐らくその時だろう」

「協定じゃと?」

「ああ。四時までに決着がつかなかった場合、戦況をそのままにして続きは明日の午前九時まで持ち越し。その間は試召戦争に関わる一切の行為を禁止する、ってな」

「承諾したの?」

「そうだ」

「でも、体力勝負ならこっちが有利だったんじゃないの?」

「姫路以外は、な」

「あっ、そっか」

Bクラスを教室へ追い込むのはあくまで前準備。作戦が開始されればクラスの戦闘力よりも瑞希個人の戦闘力が重要になる。雄二は作戦を話す時に、あらかじめこう伝えていた。

「あいつ等を教室に追い込んだら今日の戦闘は終了だろう。そうすると、本番は明日ということになる」

「そうだね。この調子だと本陣は落とせそうにないし……もしかして、それだから協定を受けたの?」

「ああ。姫路が万全な状態なら、こっちにとってかなり都合が良い」

一応は納得した明久だったが、まだ何か引っかかるのか顔を歪める。その協定にはまだ何か裏がある、明久はなんとなくそう感じていた。

「明久よ。とりあえずワシらは前線に戻るぞい。向こうで何かされていては敵わぬからな」

「うん。じゃあ雄二、後よろしく」

「おう。シャープペンや消しゴムは手配しておこう」

手を挙げる雄二に背を向け、二人は戦場へと駆け出していった。





「須川君!」

「吉井!戻ってきてくれたか!」

秀吉と途中で別れた明久は自分の部隊に戻り、須川に出迎えられた。

「待たせたね。戦況は?」

「不味いことになってる。島田が人質にとられたんだ」

「なんだって!?」

「相手は残り二人なのに迂闊に手を出せない。どうする?」

現在、明久の居る前線部隊とBクラスの偵察部隊で睨み合いになっているようだ。

「……そうだね。とりあえず現状を確認したい」

「分かった。それなら前に行こう。敵はそこで道をふさいでいる」

明久は須川の後についていき、前線部隊の人垣を抜ける。するとそこには、捕らえられた美波と召喚獣、そしてその二つを動かないようにBクラスの生徒が拘束していた。

「島田さん!」

「よ、吉井!」

明久が美波に近づこうと走り出す。

「そこで止まれ!それ以上近寄るなら、召喚獣に止めを刺して補習室送りにしてやるぞ!」

美波を捕らえているBクラスの生徒の一人が明久を牽制する。その言葉に、明久は悔しそうに歩みを止める。

(くっ……Fクラスの数少ない女子をただ補習室送りにするだけじゃなく、人質にとってこちらの士気を挫く作戦か……一体どうすれば……)

明久は必死に打開策を考える。

(島田さんに辛い思いをさせるわけにはいかない。島田さんは、いつも(人を殺せそうな目で)微笑みかけてくれたり、よく(拳で)話しかけてくれたり、悪ふざけが過ぎても笑って(腕一本で)許してくれたり…………)

「総員戦闘配置に着けぇーっ!」

「それでいいのか!?」

「仕方ないさ!戦争に犠牲はつきものなんだ!決して日頃の仕返しとかではなく、仕返しとかではなく!」

明らかに私念を入り交ぜながら、明久は前線部隊に号令をかける。

「ま、待て、吉井!」

相手から静止の声がかかる。

「こいつが何で俺達に捕まったか、分かるか?」

「坊やだから」

「……それ以上ふざけると殺すわよ」

「!くっ、なんてプレッシャーだ……流石Bクラス!」

「いや、それを放っているのはお前のクラスの奴だから」

ゴホンッと、Bクラスの生徒の一人が話を戻す。

「コイツ、お前が怪我したって偽情報を流したら、一人で保健室へ行ったんだよ」

「なんだって!?」

「な、なによ。何か文句ある?」

心なしか、美波の顔が赤くなる。

「島田さん……島田さんなら寝起きを襲うようなことをせずに、正々堂々真正面から僕を殺りに来るものだと思っていたのに……!」

「違うわよ!なんでそうなるのよ!」

「へ?違うの?」

二人がコント染みた掛け合いをしていると、それを見かねて須川が明久に話しかける。

「吉井、どうするんだ?このままじゃ埒が明かないぞ」

「……大丈夫。いいことを思い付いた」

「本当か!?」

「うん」

そう言うと、明久は再びBクラスの生徒に視線を戻す。

「そこの二人!早く投降するんだ!」

「何を馬鹿な!こっちには人質が居るんだ!そっちが不信な動きをすれば、すぐに補習室送りにするぞ!」

「それは無理だね。前に悠里が言っていた。"人質とは自分が相手より優位に立ってはじめて効果がある"って。何故なら、自分が不利な状況での人質は交渉材料ではなく自分の生命線になるからだ!」

「ちっ……!」

『おぉー!あの吉井がまともなことを言ったぞ!』

『すげぇ!流石は部隊長だ!』

明久の言葉に周りから歓喜の声が上がる。

「それで、どうするんだ?」

須川が明久に問いかける。

「きっと相手は島田さんを盾にしながら本隊まで戻るはず。だから、島田さんの足を止めて人質としての機能をなくさせる」

「ほうほう」

「具体的に言うと、僕が島田さんに止めを刺すから、その隙に皆でBクラスの二人を倒すんだ」

「それって結局最初と同じじゃないか!?」

「よし!総員突撃ぃー!」

明久と須川の会話が聞こえなかったのか、Fクラスの前線部隊は明久を先頭に走り出した。

「ひいぃぃぃッ!」

その怒涛の勢いに、相手は思わず悲鳴を上げる。

「日頃の恨みー!(島田さん、君の犠牲は無駄にはしない!)」

「吉井!本音が出てるぞ!」

明久の召喚獣が木刀を突き立てて美波の召喚獣に向かって行く。

「これで終わ―――

「チェェェストォォォォォッ!」

―――ぐふカスタムッ!」

しかし狼狽して手がゆるんだのか、美波の召喚獣が敵の拘束を解いて明久の召喚獣にアッパーを繰り出した。

「顎が、顎が砕けるーッ!」

「よくも言いたい放題言ってくれたわね」

「し、島田さん!?」

フィードバックでのたうち回っている明久に、美波は(人を殺せそうな目で)微笑みかけていた。

「ほ、ほら、そんなことよりBクラスの二人を倒さないと!」

「心配ないわ。だって―――」

『よし!Bクラスの残党を討ち取ったぞ!』

「ほら」

美波という人質が居なくなり、点数の残りがもう無いBクラスの生徒は呆気なくやられてしまった。

「吉井」

「は、はいっ!」

「アンタ、言ったわよね。ウチは小手先を使わず、正々堂々真正面から殺りに来るって」

「……」ガクガクブルブル

「たまには……アンタの期待に答えてあげないといけないわね」

「い、いやー。別に島田さんが無理することは無いんじゃないかなーなんて……あはは……」

「無理はしてないわよ。だって―――」

「……だって?」

「今、ウチの拳(けん)は血に飢えているもの」

その後、明久はとある川の畔で、今は亡き祖父と再会したそうな。





―――教えて!姉さん―――

「『教えて!姉さん』の時間がやって参りました。進行は私(わたくし)こと姉さんと……」

「助手八号がお送りするです」

「さて、このコーナーは頭が悪く不細工で愚かな上に生活力も無く情けない馬鹿なアキくんの為のBADEND救済措置であり、某虎道場のオマージュです。パクリではありません」

「でもでも〜セーブポイントに戻るわけじゃないから、このコーナーの意味あるですか?姉さんなお姉ちゃん」

「大丈夫です。人間やり直すことは出来なくとも、次に生かすことができるのですから」

「流石です!姉さんなお姉ちゃん!……でも、バカなお兄ちゃん真っ赤な川に行ったきり帰って来ないですよ?」

「それこそ大丈夫です。アキくんの生命力は"台所の黒い悪魔"をも凌ぎますから」

「それなら安心ですね」

「では、今回の反省点を上げてみましょう。八号さん」

「はいです。今回のワーストポイントは"お姉ちゃんに喧嘩を売ったこと"ですか?」

「その通りです。恐らく美波さんに逆襲されるよりも早く補習室へ送れば大丈夫と思ったのでしょうが……浅はかでしたね。甲斐性無しのアキくんが分不相応なことをしようとしたのですから、これは当然の結果です」

「ではでは、こんな時はどうすればいいですか?」

「それは簡単です。アキくんが美波さんの身代わりになればいいのです」

「ほぇ?でも、そう上手くいきますですか?」

「ここで重要なのは、相手が"Fクラスの数少ない女子"を人質に取っていたことです」

「ふむふむ」

「ですから、アキくんが女子の制服を来て『アキちゃん』になればその問題は解決します」

「おぉ〜!」

「人質が入れ替わることで他のFクラスの皆さんは遠慮をする必要がなくなりますから、思う存分アキくん諸共敵を補習室送りに出来ます」

「なるほど〜」

「ちっとも良くないよ!なんで僕が女装しないといけないのさ!それに、それだと僕が鉄人の補習を受けることになるじゃないか!」

「おや?アキくん、今頃帰ってきたのですか?もう終わりの時間ですよ」

「へ?」

「では皆さん。機会があればまたお会いしましょう」

「バイバイです!」

「え!?ち、ちょっと―――」





「あれ?この小説の主人公って、バカなお兄ちゃんじゃないですよね?」

「八号さん。それは言わない約束です」





「……あれ?ここはどこ?」

明久が目を覚ますと、薄汚い天井が視界に入った。

「……ここは教室かぁ」

「あっ、気が付きましたか?」

明久が現状を確認していると、近くにいた瑞希が声を掛けてきた。

「心配しましたよ?吉井君ってば、まるで誰かにマウントポジションを取られて執拗に殴られたような怪我をして倒れているんですから」

まさにその通りである。

「いくら試召戦争じゃからといって、本当に怪我をする必要は無いんじゃぞ?」

秀吉も明久に声を掛ける。どうやら教室には既にある程度の人数が揃っているようだ。

「色々あってね。それで、どうなったの?」

「今は協定に従い休戦じゃ。続きは明日になるのう」

「戦況は?」

「一応予定通り教室に押し込んだ。最も、こちらの被害も大きいがな」

雄二は戦況を記したメモを見ながら答える。

「ハプニングはあったけど、今のところ順調ってわけだね」

「まぁな」

明久達が話していると、雄二の後ろからムッツリーニがやって来た。

「…………(トントン)」

「おっ、ムッツリーニか。何かあったのか?」

「…………Cクラスの動向が怪しい」

「Cクラスが?」

「…………(コクリ)」

「どういうこと?ムッツリーニ」

「…………Cクラスが試召戦争の用意を始めている」

「なんだって!?」

突然の事態に思わず声を上げる明久。

「それは悠里からの情報か?」

「…………そう」

「へ?悠里?そういえば、朝から姿を見てないけど……」

悠里は朝のHRにも参加していなかったので、明久は今日は来ないものだと思っていたようだ。

「悠里には昨日言ってた別の仕事を頼んである。そのついでに、ムッツリーニの情報集めを手伝うように言っておいたんだ」

「…………悠里からの情報は『Cクラスを警戒』『根本に気を付けろ』の二つ」

「それだけ?」

「…………ゆっくり話が出来る状況ではなかった」

「まあ、駄目元で頼んだようなものだからな。それだけ分かれば十分だ」

そこまで言うと雄二は重い腰を上げた。

「雄二、何処に行くの?」

「Cクラスだ。大方漁夫の利を狙ってるんだろうから、協定を結びに行く。Dクラスを使って脅せば攻め込む気もなくなるだろ」

「成る程。なら僕らも行くよ」

「そうじゃな」

雄二に続いて明久達も立ち上がる。

「いや、秀吉は念の為ここに残ってくれ」

「ん?なんでじゃ?」

「お前の顔を見せると、万が一の保険が使えなくなるんでな」

「よくわからんが……雄二がそう言うのであれば従おう」

雄二には何か考えがあるらしく、秀吉は素直に引き下がった。

「じゃ、行こうか。ちょっと人数が少なくて不安だけど」

秀吉を教室に残し、明久、雄二、瑞希、ムッツリーニの四人でCクラスへ向かう。

「あっ、吉井。アンタの返り血が手にこびりついて洗うの大変だったじゃない。どうしてくれるのよ」

「それって吉井が悪いのか?」

四人が廊下を出たところで、ハンカチで手を拭っている美波と鞄を肩に担いでいる須川が歩いて来た。

「島田さんに須川君。ちょうどよかった。今からCクラスまで行くんだけど付き合ってよ」

「え?別にいいけど……」

「俺も大丈夫だ」

念の為に二人を仲間に引き込んだ明久は、雄二達と共にCクラスへ向かった。

「Fクラス代表の坂本雄二だ。このクラスの代表は居るか?」

Cクラスには、ムッツリーニと悠里の情報を肯定するかのように、放課後にも関わらずかなりの人数が残っていた。

「私だけど、何か用かしら?」

雄二の声に答えたのは、黒髪のショートヘアをした気の強そうな女子、小山友香だ。

「Fクラス代表としてクラス間交渉に来た。時間はあるか?」

「クラス間交渉、ねぇ……」

雄二の言葉を聞いた小山は黒い笑みを浮かべる。

「ああ。不可侵条約を結びたい」

「不可侵条約……さて、どうしようかしら。ねぇ?|根本クン(・・・・)

「何ッ!?」

教室の奥の方を見た小山の視線の先には、Cクラスの生徒に紛れて、Bクラス代表の根本が護衛に囲まれて座っていた。

「却下だ。だって必要ないだろ?」

「なっ!?根本君!何で君がこんなところに!」

明久の問いを無視して、根本は座っていた椅子から立ち上がる。

「酷いじゃないか、Fクラスの皆さん。試召戦争に関わる一切の行為を禁止したはずなのに」

「な、何を言って―――」

「先に協定を破ったのはそっちだからな?これはお互い様だよな!」

根本が手を上げると、それを合図に根本の周りにいたBクラスの生徒が一斉に動き出す。そしてその背後には、Bクラスの生徒の壁に隠されていたであろう数学の長谷川先生が姿を現した。

「長谷川先生!Bクラス芳野が―――」

「させるか!Fクラス須川!試獣召喚!」

Bクラスの一人の攻撃を、間一髪で須川が身代わりになる。

「僕らは協定違反なんてしていない!これはCクラスとFクラスの―――」

「無駄だ明久!根本は条文の『試召戦争に関する一切の行為の禁止』を盾に白(しら)を切るつもりだ!」

「まっ、そういうことだな」

「へ、屁理屈だ!」

「屁理屈も立派な理屈の内って奴だ。大人しく降参しな」

「明久、ここは逃げるぞ!」

「くそっ!」

足止めをしている須川に背を向け、明久達はCクラスから離脱した。

「逃がすな!坂本を討ち取れ!」

根本の指示により、周りに居たBクラスの生徒は全員で明久達を追う。

「ちっ!悠里が言っていたのはこういうことだったのか!」

走りながら悔しげに呟く雄二。

「どういうこと!?雄二!」

「悠里がムッツリーニに言った『根本に気を付けろ』は回復試験の妨害の事じゃない!根本がCクラスと組んで俺達を嵌めることを言ってたんだ!」

「!それって……!」

「よくよく考えてみれば、奴が他クラスを使うことも十分考えられた!くそっ!俺としたことが!」

雄二が思わず弱音を吐くが、この状況はあまりにも良くない。追いかけて来るBクラスの生徒と明久達の人数はほぼ同じ。これでは点数の勝るBクラスが圧倒的に有利な上に、頼みの綱である瑞希は先程の戦いで数学の点数を消費してしまっている。このまま戦っても勝ち目は無いだろう。

「はぁ…はぁ…はぁ……」

「姫路さん、大丈夫?」

「さ、先に……行ってて、下さい……」

息も絶え絶えに瑞希が言う。運動が得意でない瑞希には、明久達の全力疾走に着いて行くのも厳しそうだ。

「(ここで姫路さんを見捨てる訳にはいかない……)雄二!」

「なんだ明久!」

「ここは僕が引き受ける。雄二は姫路さんを連れて先に行ってくれ!」

明久はその場に立ち止まり、そのまま走ってきた方向へ振り向く。

「よ、吉井君、私のことは、気に、しないで―――」

「……わかった。お前に任せる」

瑞希の言葉を遮り、雄二が答える。この場ではこれが最良と判断したのだろう。

「…………(ピタッ)」

「いや、ムッツリーニも逃げて欲しい。多分明日はムッツリーニが戦争の鍵を握るから」

「…………(コクリ)」

一瞬立ち止まったムッツリーニも、明久の言葉を聞いて、後は頼むとサムズアップをしてその場を後にする。

「さて、何とか雄二達が逃げる時間を稼がないと……」

「アンタ一人じゃ無理な話ね」

「!」

明久が振り返ると、そこには雄二達と一緒に走っていったはずの美波が居た。

「島田さん!?」

「ウチも加勢するわよ。いいでしょ、隊長どの?」

「……頼めるかな?」

「はいはい、お任せあれ。ウチの背中、アンタに預けるわよ」

「うん。どっちが胸でどっちが背中か分からないけど、何とか判断して―――

「ウチは表裏一体かっ!」

―――リバーシブルッ!」

美波という心強い助っ人を加え、追って来るBクラスを待つ明久。

「さて……どうやって足止めするつもりなの?吉井」

「痛たたた……ま、任せて。僕に考えがある」

「考え?上手くいくんでしょうね?」

「大丈夫さ」





「さ、坂本君……吉井君は、大丈夫、なんですか……?」

「勿論だ。他の奴ならともかく、明久ならなんとかなる」

「ほう、随分と信頼しているようじゃのう。雄二」

「まあ、あいつは確かに勉強が出来るわけじゃない。だがな……」

「……?」

「あのバカも、伊達に(観察処分者)を名乗っている訳じゃ無いってことだな」





『試獣召喚!』

追手の四人が声を揃えて召喚獣を呼び出す。

「吉井!何やってるのよ!」

「そんなこと言ったって!」

「何が『大丈夫さ』よ!先生に不正を訴えるなら、あっさりと論破されるんじゃないわよ!」

「観察処分者は伊達じゃない!」

「自分で言うなバカーッ!」

互いに言い合いをしながら走って逃げている二人。しかし、この先に道は無く戦闘に入るのも時間の問題だ。

「なんとかしなさい吉井!」

「じゃあ、こうしよう!まず島田さんがBクラスの二人をひきつける」

「それで?」

「その隙に、島田さんが残りの二人を倒す」

「……アンタ、ウチを舐めてるでしょ」

「それじゃあ、僕が攻撃を担当するから……」

「ふんふん」

「島田さんが盾を担当―――」

「お前を殺す!」

「うわっ!急に何をするの島田さん!」

走りながら器用に拳を打ち込む美波を、これまた器用に走りながら往()なす明久。そうこうしている内に遂に行き止まりに着いてしまった。

「作戦も無いまま行き止まりに着いちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!」

「えッ!?それって僕のせいなの!?」

「居たぞ!ちょろちょろ逃げ回りやがって」

その声に明久達が振り返ると、先程追いかけてきたBクラスの生徒がやってきた。

「てゆうか、こいつらを追いかける必要はなかったんじゃないか?」

「しょうがないだろ?こいつらのコントに付き合ってたら坂本達に逃げられちゃったんだから」

「さっさと片付けて帰りましょう」

(だったら見逃してよ……)

明久達が逃げられないとわかると、Bクラスの四人はやる気なさそうに話し始める。

「ちょっと、好き勝手言ってくれるじゃない」

そんな態度にカチンときたのか、美波が相手に食ってかかる。

「だって……なぁ?」

「何よ」

「お前ら、最低クラスだろ?」

「失礼な!一部がバカだから平均すると最低に見えるだけだ!クラスが最低なわけじゃない!」

「黙ってなさい!一部のバカ!」

明久のフォローにもならないフォローを切り捨て、美波は再び相手と向かい会う。

「Fクラスだからって甘く見ないことね」

「そうか?所詮Fクラスだろ?」

「その油断が命取りになることを教えて上げるわ!試獣召喚!」

美波の呼び掛けに応じ、召喚陣から美波の召喚獣が現れる。

「上等だ!返り討ちにしてやる!」

美波と言い合っていたBクラスの男子が召喚獣を動かし、刀を手にして突進させた。

「このぉっ!」

美波も同じように召喚獣で攻撃を仕掛ける。そして、それに遅れて召喚獣の得点が表示される。

『Bクラス 工藤信二 vs Fクラス 島田美波
 数学 159点 vs 171点』

「なぁっ!お前本当にFクラスか!?」

意外にも両者の点数は互角……いや、むしろ美波の方が優位に立っている。

「ふっふっふ。数学を選んだのが運の尽きだったわね。この教科なら漢字が読めなくてもなんとか解けるのよ!」

「……島田さん。因みに古典の点数は?」

「一桁よ」

(言い切った!それはそれで潔いぞ島田さん!)

出鼻を挫かれたBクラス工藤の召喚獣に、美波の召喚獣はじわじわと押し返していく。

「工藤君、フォローしようか?こんなところで補習室送りになるのは嫌でしょ?」

「くっ……頼む」

Fクラス相手に助けが必要なこの状況が悔しいのか、唇を噛みながら援護を受け入れる工藤。
現在二人の力はほぼ同じ。そんな状況で敵が増えれば、まず美波に勝ち目は無いだろう。

「島田さん、フォローしようか?こんなところで補習室送りになるのは嫌でしょ?」

明久も美波の援護に回ろうとするが―――

「足手まといよ」

「酷い!」

即座に一蹴された。

「(でも、今は遊んでる場合じゃない。島田さんを助けないと!)―――試獣召喚!」

足元に魔方陣が現れる。そして明久の声に答えるように、召喚獣が徐々に姿を現し始めた。

射貫くような鋭い目付き。
敵を威圧するような風格。
そして学生の象徴とも言える黒に染まった学ラン。
やがて、明久が呼び出すに相応しいであろう召喚獣がその姿を顕(あらわ)にした。

「吉井は無視しろ!明らかに雑魚だ!」

「返せっ!四行にも渡る僕の格好いい描写を返せ!」

※先程の表現には、明久の多大な妄想が含まれています。ご注意下さい。

「退きなさい雑魚で役立たず!」

「島田さんは僕の味方じゃないの!?それに、さっきのことやっぱり根に持ってるでしょ!」

確かに明久の召喚獣の装備は木刀&学ラン。これではひ○きのぼう&ぬ○のふくと同レベルだろう。(因みに相手は○がねのつるぎ&は○ねのよろい)

「それじゃ、さようなら」

拮抗している美波に向かって切り込みにいくBクラス女子。美波の召喚獣はとても避けられる状態ではない。

「させるか!足払い!」

そこに、明久の召喚獣が相手の召喚獣の足を引っ掛ける。

「嘘っ!」

明久を無視していた上に召喚獣の扱いに慣れていない相手は、いとも簡単にバランスを崩し地面に転がる。

「更にっ!」

明久の召喚獣は空中に高く飛び上がり、木刀を手前に構えて前方宙返りをする。

「ぃいよいしょぉぉぉっ!」

そして遠心力により力を増した木刀を、そのまま倒れている相手に叩きつける。
ゴンッと硬い音が廊下に響いた。

『……え?』

その場にいる皆の口から驚きの声が漏れる。そんな中、二人の召喚獣の得点が表示される。

『Bクラス 真田由香 vs Fクラス 吉井明久
 数学 166点 vs 51点』

「なんでだよ!真田の方が点数が高いはずだろ!?なんで|1/3(三分の一)以下の点数の奴にやられてるんだよ!」

Bクラスの工藤が思わず先生に問いかける。

「あれ?私の召喚獣、まだ生きてる」

先程攻撃を食らった真田の召喚獣が起き上がる。やはり攻撃力は点数に依存するのか、明久の攻撃はあまり効いていないようだ。

「吉井、今のは?」

「え〜っと、(観察処分者)の数少ない利点の一つかな」

召喚獣は人に比べて異常に力が強く、その上頭身も違う。故にそれを操るのは至難の技であり、結果として召喚獣同士の戦いでは単純に点数の差で勝敗が決してしまう。
しかし、観察処分者である明久は雑用で召喚獣を使い慣れている為、人よりもより細かい動作を行うことが可能なのである。

「ぐ、偶然よ!」

先程攻撃を食らったBクラス真田は、再度剣を構えて突撃してくる。

「うりゃっ!」

明久の召喚獣は降り下ろされる刀を木刀で受け流し、そのまま敵の背後に周りこむ。

「……っく!」

相手は勢い余って数歩前方によろめくが、轍(てつ)を踏むまいと直ぐに振り返る。しかし既に明久の召喚獣は、刃先を相手に向け、木刀を持つ右腕の肘を曲げて剣先に添えるように左手を置き、刃を地面と平行に構えていた。

「はあぁぁっ!」

そして、突き出した木刀が相手の脳天を直撃する。

『Bクラス 真田由香 vs Fクラス 吉井明久
 数学 116点 vs 51点』

点数に若干の修正が入る。一方的に攻撃を仕掛けている明久だが、やはり一撃一撃の威力は大して高くないようだ。

「……これは本気でやった方がいいかもな」

「Fクラス相手に四対二ってのも癪だけど、そうも言っていられないな」

そう言うと、後ろに控えていた二人も前に出てくる。

「あっ、いや。出来れば二対二のままでいいかな〜なんて」

「違うわ吉井。四対二じゃないわ」

「え?」

「四対一対一よ」

「島田さんは僕の味方じゃないの!?」

これが所謂『四面楚歌』である。

「行くぞオラァ!」

相手の掛け声を合図に、三体の召喚獣が一斉に明久の召喚獣に襲いかかる。



「覚悟ッ!」

ミス!ダメージを与えられない_▼

「このっ!」

ミス!ダメージを与えられない_▼

「ちょこまかと!」

ミス!ダメージを与えられない_▼



三人の攻撃を次々とかわしていく明久。

「なんだ?あいつの回避率は……」

「最小の動きで効率よく攻撃をかわしているぞ!」

「メ○ルスライムみたいな奴だな」

「そこまで弱くないやいっ」

明久は敵の攻撃をいなして隙を見て攻撃を入れ、上手く三対一で拮抗している。

「さて、ウチらも続きを始めましょうか?」

「……くっ!ここは一旦退かせてもらう!」

一対一では勝ち目の薄い工藤は撤退していく。

「(これで三対二……いや、三対一か。これ以上長引くのはまずいな……)島田さん、アレを!」

手の空いた美波に明久が指を指す。その先にあるのは、以前にも使った消火器である。

「!了解!」

美波は消火器を抱え上げ、安全弁を引き抜く。そして―――

「…………」

―――そのまま微動だにしない。

「し、島田さん!?」

「え〜どうしよっかな〜?」

凄く意地の悪い笑みを浮かべる。

「アンタの作戦って、いつもウチが酷い目に会うのよねぇ」

「う゛っ!」

思い当たる節がありすぎて、思わず苦い顔をする明久。

「あぁ〜あ。なんだか今度の休みにでも、駅前の『ラ・ペディス』でクレープ食べたくなってきちゃったなぁ。誰かおごってくれる心の優しい人は居ないのかしら〜」

「ああっ!分かりました!驕ります!誠心誠意を持って奢らせて頂きます!」

「本当に?約束を違えた日には『美波スペシャル』を御見舞いするわよ」

「何その必殺技!?―――わかった!絶対に奢るから!」

「……まあ、今はそれでいいか」ボソッ

美波は消火器の吹き出し口をBクラスの生徒が居る方向へ向ける。


ブシャァァッ!


吹き出された消火剤が視界を遮り、粉まみれになりながら明久達は脱出に成功した。





「吉井君達、大丈夫でしょうか……」

「心配するな。どうせ直に―――ほら、噂をすれば」

「あー、疲れた!」

「!吉井君、無事だったんですね!」

戸を開けて入ってきた明久達のところへ駆け寄っていく瑞希。その二人はというと、妙に笑顔が輝いている美波と妙に気を落としている明久が対照的だ。

「無事に戻れたようだな」

「心配したぞい」

「…………(コクコク)」

雄二と秀吉、ムッツリーニも労(ねぎら)いの言葉を掛ける。最も、そこまで心配してはいなかったようだが。

「さて、お前ら」

「ん?」

その場に居る全員に向かって雄二が告げる。

「こうなった以上、Cクラスも敵だ。同盟戦がない以上は連戦になるだろうが、Bクラス戦直後にCクラス戦は正直言ってかなりきつい」

「それじゃあどうするの?このままじゃ、勝ってもCクラスの餌食だよ」

「そうじゃなぁ……」

雄二の策がBクラスに決まり勝利したとしても、Cクラスにやられては何の意味も無い。

「心配するな」

頭を悩ます明久達を尻目に、雄二は生き生きとした顔で告げる。

「我に秘策あり、ってな。向こうがそうくるなら、こっちだって考えがある」

「考え?」

「ああ。明日の朝に実行する。俺達に姑息な手を使ったことを後悔させてやるさ」

その日はそれで解散となり、続きは次の日に持ち越された。







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