小説『裏方で奥の手な主人公(?)』
作者:作者B(トライアル☆プロダクト)

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第7問 こんなこともあろうかとッ!

英語
【第七問】

 問 以下の問いに答えなさい。
『good および bad の比較級と最上級をそれぞれ書きなさい』


 姫路瑞希の答え
『good ― better ― best
  bad ― worse ― worst』

 教師のコメント
 その通りです。


 吉井明久の答え
『good ― gooder ― goodest』

 教師のコメント
 まともな間違え方で先生驚いています。
 good や bad の比較級と最上級は語尾に -er や -est をつけるだけではダメです。覚えておきましょう。


 土屋康太の答え
『bad ― butter ― bust』

 教師のコメント
『悪い』『乳製品』『おっぱい』


 橘悠里の答え
『          』

 教師のコメント
 おや?今日は橘君は欠席ですか?欠席届けは出て居ないのですが……





8:00_AM

「昨日言っていた作戦を実行するぞ」

登校して早々、雄二はクラスメイトに告げる。

「作戦?でも開戦時刻より一時間も前だよ?」

「相手はBクラスじゃない。Cクラスの方だ」

「あっ、そっちか」

雄二は昨日言っていた考えを行動に移すようだ。

「それで、具体的には何をするの?」

「ああ、それはだな……」

そう言って、雄二は紙袋を一つ取り出す。

「雄二、何それ?」

「ん?これはな……」

雄二は紙袋から中身を取り出す。

「……女子の制服?」

「そうだ。こいつを秀吉に着てもらう」

袋から出てきたのは、赤と黒を基調としたブレザータイプの……所謂文月学園の女子生徒用の制服である。

(なんで雄二が女子の制服なんか持ってるんだろう……)

「と、いうわけで秀吉。頼むぞ」

「心得た」

雄二から女子の制服を受けとると、秀吉は自分の制服に手を掛ける。

『『『おぉぉーっ』』』

「…………!」

クラスから歓喜の声が上がる。ムッツリーニも、着替えの瞬間を写真に収めようとカメラを構える。

「うむ、これで女子生徒に見えるかの」

『『『うおぉぉーっ!』』』

「…………!?」

しかしシャッターを切ろうとした時、既に秀吉は着替え終えていた。

「……何だかウチのプライドがズタズタに引き裂かれた気がする……」

「……何でしょう。この複雑な感情は……」

「凄いよ秀吉!やっぱり秀吉は正真正銘の美少女だよ!」

「だからワシは男じゃ」

秀吉は反論するものの、今の容姿は何処からどう見ても、学園で上位に食い込むほどの美少女である。

「…………もう、着替え終わり?」

ムッツリーニは血涙を流しながら問いかける。

「早着替えは演劇部の必須技能じゃからのう。これくらい、あっという間じゃ」

「…………」

それを聞いたムッツリーニは歯を噛み締め、肩が小刻みに震える。

「…………う……うなぁーーーッ!!」

すると突然、普段のムッツリーニでは考えられない程の大声を上げて、拳を振り上げながら雄二に向かっていく。

「どうしたムッツリーニ!?うぉっ!危ねぇっ!」

「…………そういう作戦なら先に言って欲しいッ!」

そこまで言うと、ムッツリーニは両手と膝を床について泣き始めた。

「……ムッツリーニ、着替え中の写真を撮り損ねたのがよっぽど悔しかったんだね」

明久はムッツリーニの姿を見てため息をつく。

「そういえば雄二。秀吉に女装をさせて何をさせる気なの?」

「ああ、そうだった。秀吉には木下優子として、Aクラスの使者を装ってもらう」

秀吉にはAクラスに所属している双子の姉『木下優子』が居る。二卵性の双生児なのにも関わらず顔つきは瓜二つで、身内にさえもよく間違えられ程だ。

「それじゃ、皆は待っていてくれ。行くぞ秀吉」

「うむ。承知」

「あっ、僕も行くよ」

そうして雄二は秀吉、明久の二人を連れてCクラスへ向かった。Cクラスは教室の構造上、Fクラスとだいぶ離れている。もし戦うことになれば厄介な事此の上無いだろう。
三人はそのまましばらく歩き、Cクラスの前へ到着する。

「秀吉。済まないが、ここからは一人で頼むぞ。あいつらを上手く挑発して、敵の目をAクラスに向かうように仕向けてくれ」

「出来る限りのことはやってみるが……過度な期待はせんでくれよ」

秀吉はあまり自信が無さそうに答える。秀吉を見送った二人は、離れた場所へ移動して静かに見守る。

「……雄二、秀吉は大丈夫かな?あんな調子だけど」

「ん?ああ。別に問題は無いだろ」

「本当?」

「勿論だ。なんたってあいつは―――おっと、秀吉が教室に入る。静かにな」

「う、うん」

雄二が口に指を当てる。それとほぼ同時に、ガラガラガラッと秀吉がCクラスの扉を開けた。


『静まりなさい!穢らわしい豚ども!』


「うわぁ……」

「流石だな、秀吉」

秀吉が声を変えた、木下優子と思われる声が廊下まで響き渡る。

『な、何よアンタ!』

それを聞いてCクラス代表の小山が声を荒げながら、教室の奥から出てくる。

『近付かないで!こっちまで臭いが移るわ!』

秀吉はこれでもかという程罵倒を浴びせる。

『アンタ、Aクラスの木下ね?ちょっとテストの出来がいいからって調子に乗ってるんじゃないわよ!』

『近付かないでって言ったのが聞こえなかったのかしら?人の言葉も理解出来ないなんて家畜にも劣るわね。貴女達には豚小屋ですら贅沢過ぎるわ!』

『なっ!よりにもよって私達にはFクラスすら勿体ないですって!?』

(そこまでは言ってないぞ、小山さん!)

『試召戦争の準備をしているみたいだけど、貴女達みたいなのにうろうろされると目障りなのよねぇ』

『なんですって!』

『本当はこんな汚れ仕事はやりたくないんだけれど、準備が出来次第私達が直々に叩き潰してあげるわ!二度と戦争なんて起こす気が出ないようにね!』

そう言い残し、秀吉はCクラスを出た。

「これで良かったかのう?」スッキリ

「ああ。バッチリだ」

『Fクラスなんて相手にしてる場合じゃないわ!Aクラスをやるわよ!』

Cクラスから小山のヒステリックな叫び声が聞こえてくる。どうやら作戦は成功したようだ。

「それにしても秀吉、今日はいつにも増してキレが良かったね。何かあったらの?」

「別に何もないぞ。逆さフジヤマ・タ○ガーブリーカーなんてワシは食らってないぞ」

「そ、そうなんだ……」

きっと秀吉の家には、某Tiger Holeに通っている虎仮面が住んでいるのだろう。

「作戦も上手くいったことだし、俺達もBクラス戦の準備を始めるぞ」

「あっ、うん」

そう言うと三人はFクラスへ足早に帰っていった。





「た、大変だーッ!」

「どうした?」

「ああ、実はCクラスが―――」

「……何?坂本の奴め、上手くやり過ごしたか」

「どうする!?」

「落ち着け、戦争に支障は無い。だが……念のため保険を掛けておくか」





8:30_AM

「回復試験を受ける者は準備しておけ。中堅部隊はここで待機、突撃部隊は……身体でも暖めておいてくれ」

雄二がクラスの皆に指示を出す。

「雄二。昨日はBクラスを教室に押し込んだけど、今日は何をすればいいの?」

明久が今回の作戦について雄二に問いかける。

「ああ。始まって暫くは扉を使ってこちらの被害を抑えつつ、Bクラスの奴らを教室に袋詰めにする。そして頃合いを見て―――」

「姫路さんの出番って訳だね」

「その通りだ。その為にも、今日は姫路に活躍してもら……ん?何処行ったんだ?姫路の奴」

雄二は教室を見回すが、其処には瑞希の姿がなかった。

「あっ、それなら僕が探してくるよ」

「まぁ大丈夫だと思うが、頼んだぞ」

「うん」

そして明久は教室の扉を開け、瑞希を探すべく廊下を歩き出す。

「何処に居るのかな…………って、あんなところに居た」

瑞希はBクラスとFクラス、新校舎と旧校舎の間にある階段の踊り場に立っていた。思ったより早く見つけられて拍子抜けした明久は、瑞希に声を掛けようと近づく。

「姫j―――

「どうして、私達の教室を荒らしたりしたんですか!?」

 ―――iさん?」

珍しく怒りを込めた声を上げる瑞希。どうやらその場には、もう一人別の誰かが居るようだ。明久は慌て階段の影に隠れる。

「俺達がやったっていう証拠でもあるのか?」

「ッ!そ、それは……」

(あれは……根本君!?)

瑞希の前に立っていた人物。それは、数々の卑怯な手を使って明久達を苦しめた、Bクラス代表根本恭二だった。

「はははっ、冗談さ。やったのは俺達だ。証拠もある」

あっさりと自白する根本。

「貴方は……なんでそんな―――

「おっと、いけないいけない」

 ―――ッ!?」

根本が自分の足元にわざとらしく落としたある物を見て、瑞希は思わず息を飲む。

「犯人の方から証拠を見せるなんて、気が利いてるだろ?」

根本は相手に見せびらかすようにそれを拾う。

(あれは、昨日の姫路さんの手紙!どうして……)

「思いがけない収穫だったよ。今時ラブレターなんて可愛いじゃないか」

「か、返して下さい!」

「一体なんて書いてあるんだろうなぁ?」

瑞希の声に全く聞く耳を持たない根本は、手に持つラブレターを開封し、中を見よう―――――として止める。

「おっと、これは後のお楽しみにしよう」

「貴方という人は……!」

「こんなことしなくても勝てるんだがな。保険代わりだ、試召戦争が終わったら返してやるよ。もっとも、気が変わらなかったらの話だけどな。っははははは―――」

高笑いをしながら、根本は階段を悠々と上がっていく。一方瑞希は、卑劣なことを平気でしてくる、そんな相手に何もすることが出来ない自分の不甲斐なさを責めるように、その場に顔を伏せていた。そしてその顔には、階段の蛍光灯の光が反射したのか、キラキラとしたナニカが頬を伝って流れ落ちた。
そして―――

(……悠里が言っていたのは、教室を荒らしたことでも、ましてやCクラスのことでもない。アイツは、こういうことを平気でする奴だってことを言いたかったんだ)

明久は手を、血が出るのではないかという程強く握りしめ―――

(根本…………許さない!絶対にだッ!)

瑞希を悲しませた根本に、今まで感じたことのない怒りを向けていた。





ガラガラガラッ

「雄二ッ!」

「なんだ明久。他の皆はもう配置に着いたぞ。それとも、今更怖じけづいたなんて抜かしたら―――」

「話があるんだ」

「……話してみろ」

「姫路さんを戦線から外して欲しい」





2:30_PM

「戦線を拡大させては駄目!ドアと壁を使って上手く相手をするのよ!」

美波の指示が飛び、Fクラスの皆が扉を使って一対一で相手を足止めしている。現在、雄二の『敵を教室内に閉じ込めろ』という指示を遂行すべく戦っている。

「勝負は極力単教科で、上手く補給組と交代しながら戦うのじゃ!」

本来指揮するはずの瑞希は雄二によって後方に待機させられている。体調不良、ということになっているらしい。
現在美波と秀吉が代わって指揮をとっているが、相手はBクラス。瑞希が居ない今、戦況を覆されるのも時間の問題だろう。

(姫路さんは戦闘に参加させられない。かと言って、僕がどうやって姫路さんの代役を……)

戦争の開始直前に、明久は雄二とこんな密談を交わしていた。



―――――
――――――――――
―――――――――――――――


「姫路さんを戦線から外して欲しい」

「理由は?」

「言えない」

「……どうしてもか?」

「うん。どうしても」

「……」

「頼む、雄二!」

「……条件が一つだけある」

「条件?」

「ああ。それさえ守れるならその話を受けてやってもいい。出来るか?」

「勿論!やってやるさ!」

「いい返事だ。いいか、一度しか言わないぞ。その条件は―――」


―――――――――――――――
――――――――――
―――――



(タイミングを見計らって根本君に攻撃を仕掛けろ、か)

そう。雄二の出した条件とは、"出入口を現在の均衡状態のまま、根本に奇襲をかける"というものだ。しかし、教室の奥に陣取っている根本の元までたどり着くには圧倒的な、それも瑞希レベルの火力がなければ不可能だろう。

(一体どうすれば……僕じゃどうやったってたどり着けないし……。はぁ、もう少し勉強が出来ればなぁ……)

明久は己の無力さを悔いていた。

「明久よ、なにを辛気臭い顔をしておるんじゃ?」

明久が悩んでいると、そんな様子を見兼ねて秀吉が声を掛けてきた。

「あっ、いや。僕にも何か役に立つものがあればなぁって……。ほら、今朝も秀吉に助けてもらったのに、僕は……」

「……ふむ」

明久の本音を暈(ぼか)した言葉を聞いて、秀吉は暫し沈黙する。

「何をそんなに追い詰められているのかは知らぬが、そんなことは無いと思うぞい」

「え?」

秀吉は自分の考えを述べる。

「確かにワシは演劇に関しては誰よりもうるさいし、雄二は策謀に於(おい)ては群を抜いておる。姫路のことは言うまでも無いじゃろう」

じゃが、と一呼吸置いて続ける。

「お主にはお主だけの、お主にしか出来ぬことがある。でなければ、あの雄二がお主に一目置くはずがなかろうて」

「僕にしか、出来ないこと……」

秀吉の言葉を聞き、必死に頭を巡らせる明久。

(僕にしか出来ないこと……精密動作は狭い場所じゃ意味が無いし、後は物に触れられるぐらいしか……)

そして明久は、悠里や雄二としていたある会話を思い出す。

『でも早いところ良い設備にしないと、明久が暴れまわったら教室が持たないかもな』

『一度でいいから、壁を突き破れるくらいの点数をとってみてほしいものだがな』

(ッ!そうか、あれだ!)

明久は起死回生の一手を思いつく。

「よっしゃ!あの外道に目に物見せてやる!」

「ちょっと吉井!遊んでないでこっちを手伝いなさいよ!」

自らを奮い立たせる明久に、美波が文句を言いに近付いてくる。

「島田さん!ちょうど良かった!実は協力を頼みたいんだ!あと、そこに居る武藤君に君嶋君も!」

明久が美波と、補給テストに向かう途中のクラスメート二人に声を掛ける。

「協力って何よ」

「どうした?」

「これから補給テストなんだが」

明久の言葉に、三人が近くに寄る。

「僕に協力してほしい。この戦争を左右する重要な作戦なんだ」

「……随分とマジな話みたいね」

「うん。ここからは冗談抜きだ。秀吉は美波の代わりにここの指揮をお願い」

「うむ、承知した」

「で、何をすればいいの?」

「うん。それは―――」






2:55_PM

「お前らいい加減諦めろよな。出入口にバカみたいに集まりやがって……。暑苦しいことこの上ないっての」

根本はノートを団扇代わりに扇ぎながら、忌々しそうにFクラスの生徒達を見る。

「どうした?軟弱なBクラス代表サマはもうギブアップか?」

そんな根本に、雄二は余裕の表情で言葉を返す。

「はぁ?ギブアップするのはむしろそっちじゃないのか?頼みの姫路さんが居ないようだが」

「無用な心配だな。それに、姫路はお前ら相手じゃ役不足だから休ませておいてるだけだ」

「けっ!口だけは達者だな!」

根本の強気な発言にも全く動じない雄二。

『それにしてもこの教室暑いな』

『エアコンきいてるのか?』

『窓開けようぜ』

クラスの中にいる何人かが暑さに耐えかね、窓を開けようとする。

「待て。窓は開けるな」

しかし、根本がそれを制止する。

「な、なんでだよ」

「アイツらがDクラスにエアコンの室外機を破壊させたんだ。設備交換免除の条件としてな」

「マジかよ!?」

「ああ。どうせ坂本のことだ。窓を開けさせてなんで何かするつもりだったんだろうが……閉めきってしまえばこっちのもんだ」

どうやら根本の元には、DクラスとFクラスとの間に行われた取引についての情報が入ってきているようだ。

「それより……例の件はどうなった」

「あ、ああ。保健体育の教師なら、他のクラスの奴に足止めしておくように頼んだけど……」

「ふん。ならいい」

「でも、それに何の意味があるんだ?」

根本は聞かれた質問に、腹黒い笑みを浮かべて答える。

「Fクラスには、ムッツリーニがいる」

「ムッツリーニって……あの|寡黙なる性識者(ムッツリーニ)か!?」

「そうだ。アイツは保健体育のみAクラス並の実力を持つ。Fクラスの奴らに余裕があるのは、アイツの存在が大きいんだろう」

「で、でも、心配し過ぎじゃないか?」

「まだ目立った行動は起こしてないが、保険を掛けておいても損は無い。保険ってのは万が一を想定して掛けるものだからな」

根本はこれ以上ないほど舞い上がっていた。相手の策は全て潰し、もはやこちらの勝利が決まったようなものなのだから。

「しかし、さっきからドンドンとうるせぇなぁ。何かやってるのか?」

根本がイライラしながら呟く。実は根本と雄二の言葉の応酬の最中からずっと、まるで壁を叩くような音が隣の教室から鳴り響いていたのだ。

「さぁな。普段のお前の行動を思い返せば、心当たりがあるんじゃないか?」

「はっ、言ってろ!」

根本の言葉を皮肉をつけて返した雄二は、腕時計で時間を確認する。

「(二時五十九分。時間だな……)態勢を立て直す!一旦下がるぞ!」

「なんだよ!散々ふかしておきながら逃げるのか!」

雄二はFクラスの残りの戦力全員を引き連れて、自分のクラスまで退去して行く。

「後は―――――」

「全員で一気に畳み掛けろ!誰一人生きて返すなッ!」

根本の指示により、Bクラスの全員がFクラスの後を追う。

「はっ、姫路が居なければ結局この程度か!これで俺達の勝ちだ!」

根本が高らかに宣言した。
その時―――



『だぁぁーーっしゃぁーッ!』

ドォォォォォンッ!!



BクラスとDクラスの壁が突き破れた。





時間は数分前に遡る。



2:50_PM

「二人とも、本当にやるんですか?」

英語担当の遠藤教諭が、念を押すように目の前にいる二人に問う。

「はい。勿論です」

「このバカとは一度決着をつけなきゃいけなかったんです」

その目の前に居る二人というのは明久と美波のことである。そしてその周りには、他のFクラスのメンバーがその様子を伺っていた。

「でも、それならDクラスでやらなくても良いんじゃないですか?」

「仕方がないんです。このバカは『観察処分者』ですから。オンボロのFクラスでやったら、教室が崩れちゃいます」

「もう一度考え直してみては……」

「いえ。やります。彼女には日頃の礼をしないと気が済みません」

再三に渡る説得も、有無を言わせない口調で言い切る明久。

「……わかりました。お互いを知る為に喧嘩をするというのも、教育としては重要かもしれませんね」

観念したのか遠藤教諭は少し後ろに下がりフィールドを展開させる。それを見届けた明久は、大きく息を吸ってお腹から声を出す。

「試獣召喚っ!」

現れると同時に明久の召喚獣は、既に召喚されている美波の召喚獣の方へ駆け出す。

「行っけえぇ!」

壁を背にした相手に対し、腕を大きく振り上げて殴りかかる。

ドンッ!

「ぐっ!」

その大振りな攻撃は相手に簡単にかわされ、拳は壁に衝突する。

「まだまだぁっ!」

先程よりも更に力を込めて召喚獣に攻撃させる。しかし横っ飛びにかわされ、再び壁に攻撃が当たる。

「っ……!」

明久が痛みを堪えるように手を握る。フィードバックのせいで、拳にかなりのダメージが返ってきているのだろう。

「吉井、急がないと」

美波がDクラスに設置されている時計を見ながら告げる。その時計は午後2時57分を指していた。

(こんなところで……)

明久の召喚獣の拳が壁に当たる。

(止まる訳にはいかない)

壁に当たる。

(絶対、この作戦を成功させるんだ)

壁に当たる。
明久の手が赤く腫れる。

(何があっても……)

壁に当たる。
明久の手から血が流れる。

(姫路さんの為にも!)

再び拳を壁に当てる明久の召喚獣。既に明久の足元には結構な血溜まりが出来ていた。

「吉井ッ!」

美波が叫ぶ。時計が指している時間は午後2時59分50秒!

「吉井君、島田さん一体何を―――」

「おおぉおぉぉおおッ!」

明久の腹の底から力を込めた声が、遠藤教諭の懐疑の言葉を打ち消す。

『―――後は任せたぞ、明久ァッ!』

辺りが喧騒に包まれる中、その言葉だけが明久にしっかりと届いた。



3:00_PM



「だぁぁーーっしゃぁーッ!」

ドォォォォォンッ!!



明久の最後の渾身の一撃で、BクラスとDクラスの壁が突き破られた。





「根本恭二、覚悟ぉーッ!」

壁が壊され呆気に取られている根本に向かって、明久達が走りだす。

「遠藤先生!Fクラス島田が―――」

先頭を走っていた美波がいち早く勝負を挑もうとする。

「Bクラス山本が受けます!試獣召喚!」

「ッ!近衛部隊……ッ」

しかし、まだ教室に残っていた近衛部隊がその行く手を遮った。

「は、ははっ!俺が無防備で居るとでも思ったか!お前らの奇襲は失敗だ!」

その遥か後方で、取り繕うように明久達を嘲笑う根本。

「お前らの本隊は撤退!姫路は戦闘不能!坂本の策は全て破り、最後の奇襲も失敗に終わった!もうお前らに勝ち目は無い!はははははっ!俺の―――」





「『俺の勝ちだ』そう言いたいのか?」





「ッ!?」

突然放たれた言葉を聞いて、根本はその声の主の方を見る。すると、その先に居たのは根元を守っていた近衛部隊の一人だった。

「な、何をしている!さっさとそのバカ共を―――」

「お前は三つの間違いを犯した」

根本の命令を無視し、その男子生徒は窓の方へ歩き出す。

「一つ……お前はバカを甘く見ていたこと。事実、明久(そいつ)は姫路の代役を見事に勤め、奇襲を成功させた」

窓際まで着た男子生徒は、右手で顔の左端を掴む。

「二つ、お前が近衛部隊を除いた全員を雄二達の追撃に向かわせたこと」

そして顔の端をつまみ、人工皮膚をちぎり取る。

「ッ!貴様は……Fクラスの橘ッ!」

そう。目の前で話していたのは、彼()の怪人二十面相が宝石を盗む為に変装し美術館に忍び込むように、Bクラスの生徒に化けていた悠里だったのだ。

「そして三つ―――」

悠里は窓の鍵を開け、窓を開ける。

「保健体育の教師を押さえたのは良かったが……この学校にはたった一人、全教科の勝負を承認出来る先生が居るのをお前が失念していたことだ」

そして屋上からロープを使って降りてきた二人が、悠里の開けた窓から侵入する。

「バカなッ……教師ごとだと!?」

根本の目に映ったのは、保健体育ではAクラス並の実力を誇る『土屋康太』と、体育教師をも上回るほどの身体能力をもつ補習担当教師『西村宗一』の姿だった。

「まあ一番の失敗は……お前は怒らせてはいけない奴を怒らせた、ってところだな」

「くっ―――」

「…………Fクラス、土屋康太。Bクラス根本恭二に保健体育勝負を申し込む」

「くそぉぉおおぉぉおぉッ!」

「…………試獣召喚」

ムッツリーニの召喚獣が一瞬にして根元の召喚獣を切り伏せた。







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