「ところで、アンディさんは今どこに?」
アランが尋ねると、コールズ夫妻は顔を見合わせた。彼らの話だと、ルドマン邸から帰ってきて、またすぐにどこかへ出かけたらしい。もうすぐ帰ってくるだろうから待っていなさい、と二人から提案を受けたアランは、それをやんわりと断った。
「アンディさん、出かけるときに何か言ってませんでしたか?」
「いや。特に何も言ってなかったよ。なあ」
「そうねえ。ルドマンさんとこに行くためにいっとう良い服を着て行ったんだけど、それを着替えもせずにまた出て行っちゃったからねえ。もしかしてルドマンさんところじゃないかい? フローラに逢いに行ったとかさ」
ラズリが言った。アランはメルフェの言葉を思い出す。
結婚相手に立候補した人間は、今、フローラに逢うことはできない。アンディは着替えもせずに家を出て行った。そして、ルドマン邸で見たあの表情――
「アラン君?」
コールズが首を傾げる。無意識のうちに眉をしかめていたアランはすぐに愛想笑いでそれを隠した。「留守なら、また寄らせてもらいます」とだけ告げ、席を立つ。
ラズリに呼び止められた。
「なあアラン、もしかしてアンディはとんでもなく馬鹿なことをやろうとしているのかい?」
わずかに体を硬直させ、アランは言葉に詰まった。
もしアランの予想が正しければ、アンディは単身、炎のリングが眠るという火山へ向かっている。それも着の身着のまま、ろくに旅の準備等もせずに、だ。無謀極まりない行為である。
アランはちらりとコールズ夫妻を見た。
「そんなことありません。大丈夫ですよ」
精一杯の笑みを浮かべて言う。ここで彼らを心配させてはいけないと思った。子を思う両親ほど、大切なものはないとアランは身に染みて理解しているから。
皺の浮いた顔に険しさを浮かべていたラズリは、やがて肩の力を抜いた。
「あたしらはもうアンディと一緒に歩き回れる歳じゃない。もしあの子が、あの子なりの勇気を出して何かに挑もうとするなら、あたしらはただ祈るしかないよ。後は、アンディが無事に帰ってきたときに温かいご飯と寝床を用意しておくことぐらいさね」
ラズリは立ち上がり、「あの子の部屋、掃除をしてこようかね」と言って二階へと上がっていった。コールズもまた無言で立ち上がり、近くにあった棚から何かを取り出して、それをアランへと差し出した。薬草を煎じ、小瓶に封じたものだとわかった。
「もしアンディに会うことがあったら渡してくれ」
静かな声だった。アランは言われるままに受け取る。コールズは微笑み、「ありがとう。無理言ってすまんね。アラン君」と言った。
それからアランはアンディ宅を出た。戸口を振り返るとコールズが小さく手を振っていた。視線を上げると、二階の窓からラズリがハタキを手に笑いかけてくれていた。アランは二人に頭を下げると、仲間の待つ宿に向かって歩き出す。その足取りは力強かった。怒りすら感じさせるほどに。
「アンディさん……!」
彼がフローラにどれほど心を奪われ、一途に想っているかはよく知っている。そのために行動を起こす勇気も理解できる。
――だけど、貴方には、両親がいるじゃないですか。貴方を心配し、それでも貴方のすることを認め、無事に帰ってくることを信じて今できることをしてくれる両親が……!
「無茶をすることは、僕が許さない」
やや乱暴に宿の扉を開ける。きょとんとする宿の主を尻目に、アランは自室へと急いだ。そして扉を押し開けると同時に言う。
「皆、出発の準備を! 今日中にサラボナを発つよ」
「あ、アランだ」
スラリンとメタリンが飛び跳ねながら近づいてくる。二人にも旅の準備をするよう言い含めようとして、アランは仲間たちの雰囲気に気づいた。皆、どういうわけか戸惑っている。眉をしかめ、スラリンたちに尋ねる。
「どうした? 何かあったのか?」
「あれよ、あれ!」
メタリンが言う。視線を向けると、そこには二人の人物が立っていた。一人は漆黒の髪を豪奢にまとめ、相変わらずの派手で露出の多い服に身を包んで、部屋の壁に寄りかかっている。アランは驚きの声を上げた。
「デボラ! どうしてまたここに?」
「はぁーい、アラン。遅かったじゃないの。おかげで待ちくたびれたわよ」
戯けて言う彼女にアランは脱力した。
申し訳ないが、今彼女の戯れに付き合っている暇はない――そうアランが言うと、デボラは訳知り顔でうなずいた。
「知ってるわ。アンディのことでしょ」
「どうしてそれを」
「あのね、フローラの幼馴染ってことは、あたしもあいつとは付き合いが長いのよ? あいつのやりそうなことはよーっく知ってる。顔を見ればどんな馬鹿な事を考えているかぐらい、察しが付くわよ」
「それなら話は早い。僕は今からアンディさんを追いかける。火山に単身で、それもろくな装備も無しで向かうなんて無謀すぎる。彼には申し訳ないけど、説得して一度連れ戻すつもりだ」
「本当ですか、アランさん!?」
その声に、アランはまたも驚いた。デボラの隣に立つもう一人の人物はフード付きの外套を頭から目深に被っていたために顔が分からなかったが、声は間違いなく『彼女』のものだった。
フードを外し、鮮やかな空色の髪を見せたフローラは、その顔に心配と希望を同居させてアランに懇願した。
「アンディが無茶をしないかと、ずっと心配していたんです……! お願いです、アランさん。私たちも連れて行ってください!」