小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 川縁(かわべり)の草地に爽やかな風が吹く。
 雲ひとつ無い蒼穹の下、アランたちを乗せた馬車は軽快に進んでいた。

「ん……んーッ! ああっ、気持ちいいわねえぇ!」

 御者席に腰掛け、実に寛いだ様子で背伸びするデボラ。後ろを振り返り、荷台の後方で静かに座る妹に声をかける。

「フローラ、そんなところで辛気くさくしてないで、こっち来てご覧よ。風が気持ちいいわよ」
「姉さん……私たちは遊びに行っているのではないのよ」

 小さなため息とともに形の良い眉を下げたフローラ。馬車の前から後ろへ吹き抜けていく風で、彼女の青い髪は淑やかに揺れていた。その彼女の膝の上では、ホイミンが気持ちよさそうに寝息を立てている。人見知りする彼にしては珍しい姿に、義姉のサイモンは感心したような仕草を見せていた。

「ほっほっほ。まあ良いではありませんか、フローラ嬢。旅は楽しんでこそ、ですぞ。こうゆったりと馬車に揺られながら青空を眺めるなど、街に住んでいてはなかなか味わえないことじゃろうからのう!」

 フローラの前に陣取ったマーリンが呵々(かか)と笑う。「良いこと言うわね、さすがマーリン爺」とデボラが言うと、彼はぱしんと自らの額を叩いた。とにかくこの二人は息が合う。フローラは再度ため息をつき、わずかながら微笑みを浮かべた。

「フローラ嬢。もし翁と一緒が不快ならば遠慮無く仰って下さい」

 馬車の後ろに追随しながらピエールが言った。フローラは首を横に振る。

「いえ。そんなことはありませんわ。目的はどうあれ……私、こんなに賑やかな旅は初めてでしたから」
「そうですか。しかし、貴女の仰ることは正しい。我らは物見遊山をしているのではないのです」

 そう言ってマーリンを睨む。枯れ枝のような老人は唇を尖らせた。

「なんじゃいなんじゃい。ちょっとくらいはしゃいでも良いじゃろうが」

 妙に子どもっぽいまほうつかいの仕草に、フローラが苦笑する。

 賑やかな会話を聞いたアランがピエールたちに近づいてきた。隣にはチロルとクックル、ドラきちの姿がある。
 馬車の速度に合わせゆったりと歩きながら、アランは気遣わしげに声を掛けた。彼も、サラボナを発ってからのフローラがひどく思い詰めた表情をしていることに気づいていた。

「フローラ、デボラ。大丈夫かい? 少し休もうか」
「そんな、私はただご迷惑をかけているばかりで。アランさんこそお身体は大丈夫なのですか? ずっと歩きづめなのでは」

 アランは苦笑した。

「僕は慣れているから大丈夫」
「そうそ。馬車に乗れる人数には限りがあるんだし、アランが良いって言ってんだから、遠慮無く甘えときなさい」

 デボラは言い、おもむろに妹の近くまで来てあぐらを組んだ。

「いずれ泣き言も言ってられないほど大変な状況になるんだからさ」
「姉さん、それって」
「あたしだって馬鹿じゃないさ。火山に向かうってのがどういうことかは、薄々わかってるつもりよ。ま、このアランが守ってくれるにしても、自分の身は自分で守るくらいの覚悟は今の内に決めといた方がいいんじゃない?」

 いつものように軽い笑みと口調ながら、彼女の言葉は実に説得力があった。こういうところが彼女の凄さだよなとアランは思う。

 フローラは「覚悟……」とつぶやき、真剣な表情でうつむいた。またも思い詰めた様子の彼女に、アランはひとつ息を吸った。

「大丈夫」

 力強く言う。顔を上げたフローラに、アランはさらに告げた。

「僕が、君たちを守る。アンディさんも必ず連れ戻す。だから安心して」

 ね、と笑いかけた。

 しばらく固まっていたフローラは、やがて火が出たように赤くなり、そのままうつむいた。首を傾げるアラン。妹の肩を叩きながらデボラがにやりと笑った。

「良い調子よアラン。もっと口説(くど)いちゃいなさい。あたしが許す」
「くど……?」
「ね、姉さん!」

 がばりと顔を上げたフローラがデボラに掴みかかる。だが姉は呵々大笑いしながらフローラの手をすり抜け、また御者台に戻っていった。そんな二人をアランは穏やかな目で見つめる。

「仲が良いね」
「うう……恥ずかしいですわ」

 また固まってしまうフローラにアランは微笑んだ。

 ――その表情が、不意に引き締まる。

 腰に提げたパパスの剣が短い金属音を出す。アランが勢い良く振り返ったために、鞘が留め金と擦れた音だった。わずかに腰を落とし、若干前屈みになりつつ、アランはパパスの剣を抜く。滑らかな刀身が陽光を力強く跳ね返した。

「アランさ……」

 フローラは途中で口をつぐむ。

 戦闘態勢に入ったアランに呼応し、チロルとピエール、サイモンらが同じく構えを取った。主のただならぬ気配を感じたのか、パトリシアが足を止めた。
 アランらが見据えるのは馬車の後方、右手。草地にせり出した岩場の陰だった。
 静かな緊張感が辺りを包む。フローラは息を呑んだ。

「ふーん」

 いつの間にか戻ってきていたデボラが、フローラの肩越しにアランの背中を見る。

「冒険者となると、やっぱりモンスターの気配には敏感になるんだね。フローラ」
「え?」
「よく見ときな。アランがどんな風に戦うか、その目に焼き付けるんだよ」

 姉がそう言った直後――
 岩場の陰から複数のモンスターが姿を現わした。


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