固い地面に腰を下ろし、大きく息をつきながら、アランは傍らに横たわったアンディをちらと見た。彼はいまだ目を覚まさず、白かった肌は熱に焼けて若干赤くなっていたが、それでも命に関わるような大きな怪我はしていないようだった。ただ、体温が上がっているせいか呼吸は若干速い。
とりあえずアンディは無事――それを確認したアランが肩の力を抜いたとき、フローラが勢い良く抱きついてきた。
「アランさん!」
フローラは目尻にうっすらと涙を浮かべていた。
「何て無茶をなさるんですか。あのまま溶岩に落ちてしまうのではないかと思って、私、心臓が止まりそうに……」
「ごめん。何とかアンディさんを助けたかったんだ」
アランがそう言うと、フローラは取り乱した自分を恥じ入るように体を離した。「無茶したのはアンタも一緒だよ、フローラ」と言いながらデボラが妹の頭を小突く。それから彼女は、いつものにやりとした笑みをアランに見せた。
「ま、フローラがあんなことするのはホンット珍しいことなんだから、有り難く抱かれときなさい。アラン。何なら抱き返してもいいわよ」
「もう、姉さんったら」
安堵したせいなのか、フローラの声には照れたときの勢いがない。彼女はまだアランの肩に片手を添えたままだった。
「がる。がるる」
チロルがアランの側に寄り、遠慮がちに声をかける。アランは彼女とサイモンに「助かったよ」と礼を言い、それからチロルの言わんとしていることを察して立ち上がる。
「アンディさんは助け出した。とりあえず洞窟を出よう。ホイミン」
怪我人を前におろおろと心配そうに空を漂っていた仲間にアランは言った。
「アンディさんに応急処置を。その後で、僕の呪文で脱出しよう」
任せて、と言うようにホイミンは自らの触手の一本を掲げた。すぐにアンディの傍らに降り、回復呪文を使用する。すると涙を拭ったフローラがホイミンの対面に跪(ひざまず)いた。
「ホイミンさん、私も手伝います」
白く細い手がアンディの胸元に添えられ、そこから柔らかく温かな光が漏れ始める。それを横目で見たアランは小さく感嘆の声を漏らした。回復呪文の光は余さずアンディの体に浸透している。それはフローラが癒やし手として強い力を持っている証拠だった。
額に汗を浮かべながら真剣な面持ちで呪文を行使するフローラ。その横顔は普段の清楚な美しさとはまた違った輝きを放っていた。彼女に半ば見とれていたアランは、不意に表情を翳らせる。
――アンディさんはフローラの幼馴染で、特別な存在だ。だからフローラが真剣になるのも当然なんだ。
「がる」
目敏くそれに気づいたチロルがアランの服の裾を引く。アランは無言で首を振り、ひとつ、大きく息をついてから声をかけた。
「ホイミン、フローラ。治療はいったんそこまでにしよう」
「え、ですが」
「この熱気の中では、いくら回復呪文を使っても限界があるよ。外に出よう」
アランの提案にフローラは口をつぐむ。とりあえず納得したように見えた彼女だが、時折アランの方を怪訝そうに見遣っていた。提案の内容は筋が通っていても、アランの声音に何か違和感を覚えたのかもしれない。
フローラの傍らに立つデボラは、そんな妹たちの様子を思案げに見つめていた。顎に指先を当て、アランとフローラ、二人を交互に観察する。
「この機会を逃すわけにはいかない、わよねえ」
デボラの小さなつぶやきはアランの耳には届かない。
彼は仲間たちを自分の周りに集めると、精神を集中して呪文を唱えた。
「――、リレミト!」
地表に現れた光の紋様がアランたちを囲い、やがて包み込んでいく。その間、フローラがずっとアンディの体を支えている様子を、胸の中に靄がかかったような気持ちでアランは見つめていた。