小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 リレミトの呪文は、アランたちを瞬く間に洞窟の入口へと導いた。主の姿を認め駆け寄る仲間たちの前でアンディを馬車に収容し、アラン、フローラ、デボラ、そして回復役のホイミンが同乗する。チロルから何事か言葉を受けた他の仲間たちは、その様子を馬車の外で見守った。

 ホイミンとともに回復呪文を施していたアランは、額の汗を拭ってつぶやいた。

「だいぶ落ち着いてきたね」

 その声音に安堵が滲んでいることに気づいたフローラが、「はぁ……」と大きな息を漏らす。デボラはアンディの額を軽く叩いた。

 姉妹の様子に軽く微笑んだアランは、道具袋から小さな小瓶を取り出した。それを見たフローラが尋ねる。

「アランさん、それは?」
「アンディさんの家を訪ねたときに、彼のお父さんから預かったんだ。息子が怪我をしていたらこれを渡してくれって。薬瓶だよ」

 アランは薬瓶の栓を外す。中の薬液をすくって、擦り傷を負ったアンディの頬に塗った。冷たい薬の感触と熱を持ったアンディの肌の感触がアランの指先に伝わってくる。自然と、遠くを見る目になった。

「今頃、アンディのお母さんは彼のために寝床を整えて待っているはずだよ。本当に……いいご両親だ。本当に」
「アランさん」

 声に深い哀愁が滲んでいることを悟ったフローラは胸の前で手を握り、アランの名をつぶやく。心配そうな彼女の瞳を見たデボラは、なぜか両手を打ち鳴らした。

「よしわかった。アラン、その薬瓶かしな」
「え?」
「あたしがアンディをサラボナの実家まで送ってくよ」

 いきなりそんなことを言い出した姉に、フローラは眉をひそめた。一方のアランは首を横に振る。

「デボラ、君が無理しなくても大丈夫だよ。僕にはルーラが……移動呪文がある。この人数を一度に運ぶのは少しつらいけど、サラボナまでなら何とかなるさ」
「ちっちっち」

 わざとらしく指を振るデボラ。彼女は懐に手を遣ると、そこからキメラの翼を取り出して見せた。しかも二枚ある。

「こんなこともあろうかと、ちゃんと準備してたってわけよ」
「まあ。さすが姉さん。これでアランさんの負担がなくなりますね」

 嬉しそうに言うフローラ。しかしデボラは意外なことを言い出した。

「これで帰るのはあたしとアンディだけ。アランはまだ、火山洞窟の探索が残ってるでしょ。そんでもって……ほら」

 デボラは隣に座る妹にキメラの翼の一枚を手渡した。不思議そうに両手でそれを受け取るフローラ。次いでデボラは表情を引き締めてアランに告げた。

「あたしが持ってるキメラの翼でアンディをサラボナに連れていく。フローラに渡したのは、フローラ自身が帰るのに使うやつよ。アラン。あたしが言っていることの意味、わかる?」

 アランが答えられないでいると、デボラは側までやってきて小さく耳打ちした。

『フローラはここに残すから、あんたがフローラを誘いなさい。一緒に洞窟を探索しようって』
『な、何を言い出すんだデボラ。君も中に入ったからわかるだろう。洞窟は危険だ』
『ふーん。ま、別にそれでも構わないけど? たぶん、サラボナに帰っちゃえばあの子と一緒にいられる時間はぐっと少なくなるわよ?』

 アランは押し黙った。今、彼女らがここにいるのは実家を抜け出したせいだ。今頃大変な騒ぎになっているかもしれない。ルドマンの性格からして、彼女が屋敷に戻ってしまえばしばらくは表に出ることも難しくなるだろう。

『あんたが決めなさい。フローラの安全のためにあの子と離ればなれになるか、多少危険でもあの子と一緒にいるか』
『……』
『フローラはぽやーんとした顔をしてるけど、きっと、あんたの言葉を待ってるわよ』

 そう言ってデボラはアランの元を離れた。姉の行動に首を傾げたフローラは、黙りこくってしまったアランに不安げな表情を浮かべる。デボラはひとつ息をつき、快活な声で告げた。

「んじゃ、あたしは先に帰るわ。こいつをさっさと送り届けたら、昼寝して待ってるから。……フローラ」
「は、はい?」
「嫌になったら帰ってきなさい。それ使って」

 姉の真意が分からず戸惑う妹の前で、デボラはよっこいしょとアンディを抱え上げた。麻袋を引っさげるような、ひどくぞんざいな扱いだ。そのまま馬車の外に出ると、持っていたキメラの翼を空高く放り投げる。直後、逆巻く風とともに光の粒子が舞い、デボラとアンディの体は遠く離れた空に向かって飛翔していった。

 残されたアランとフローラは互いに顔を見合わせる。空気の変化を敏感に察したホイミンはおろおろといった様子で馬車の外に飛んでいった。

 手にしたキメラの翼を見ながらフローラが曖昧に笑う。

「あの……すみません、アランさん。姉がまた突拍子もないことを」

 アランは彼女からそっと視線を外し、馬車の天井を見た。デボラの言葉を噛みしめる。

 ――アンディを救出したときと同じ理屈で言うなら、ここはフローラを送り返すべきだ。危険な場所に自分の意志で踏み込んだアンディに怒りにも似た感情を抱きながら、フローラに対してはその場所への同行を願うなんて、話の筋が通らない。
 けれどアランは、敢えて自分の心に再度問いかけた。本当にそれでいいのか、と。
 フローラの身を案じる気持ちはもちろんある。ただその先にある感情を、自分は敢えて見過ごしているのではないか。もやもやした胸の内を言葉にすることを躊躇っているのではないか。

 いや、それよりも、もっと根本的に――

 自分は、そんな我が儘を言ってはいけない人間だと、どこかで決めつけていないだろうか。

 ――君は年齢の割に落ち着いた人物のようだが、大事な伴侶のために無茶無鉄砲になることも時には必要だぞ? これは年長者からの助言だ――

 ふと脳裏に浮かんだルドマンの言葉に、アランは小さく息を吸い、吐いた。

「フローラ、ちょっといいかな」
「はい」

 フローラがアランに向き直る。アランの表情に思うところがあったのか、彼女は居住まいを正した。何と切り出せばいいものか迷ったアランは、十年来の親友の姿を思い出して肩の力を抜いた。

 たまには無茶を言ってもいいよな、ヘンリー。

「これから僕はもう一度火山洞窟に入る。炎のリングを探すために。その探索に、フローラ。君も付いてきて欲しい」

 フローラが目を(みは)る。だがすぐに彼女は驚きの表情を収めた。手にしたキメラの翼をぎゅっと握る。アランは言った。

「間違いなく危険な探索行になる。けれど、それでも僕は君に見てもらいたいんだ。僕がどんな風に戦っているか、どんな旅をしているかを。もっとよく見て、そして知ってもらいたい」

 フローラを見る。彼女はじっとアランの言葉に耳を傾けていた。やがて彼女は眦を決し、手にしていたキメラの翼をそっと床に置いた。

「私も同じ想いです。あなたのことをもっと知りたい」
「フローラ……」
「私の方からお願いします、アランさん。炎のリングの探索、私も連れて行って下さい!」

 思いのほか力強い口調で懇願されたアランは、安堵と高揚の気持ちを滲ませながら「うん」とうなずいた。


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