小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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「はあっ!」

 アランが気合の声を出す。地面に横たわったままフローラが顔を上げると、アランの剣閃がホースデビルを捉え、真っ二つに切り裂くところだった。光の粒子と化して消えていくホースデビル。敵の姿が完全に見えなくなったことを確かめ、パパスの剣を収めてから、アランはフローラとサイモンの元に駆け寄って来た。

 安堵の息を吐いた彼女は、直後、これではいけないと自らを叱咤し、立ち上がった。かばってくれたサイモンに対し、回復呪文をかけると共に「ありがとう。ごめんなさい」と言う。頼れる騎士は静かに礼を取る。
 それからフローラはアランに向き直った。

「申し訳ありません、アランさん。呪文を外してしまいました……」
「気にしないで。フローラの呪文でメラミの速度と威力が落ちた。君たちがほとんど無傷なのはそのおかげだ」

 アランは微笑みを浮かべた。

「素質はあると思っていたけれど、まさかいきなりベギラマを使えるとは思ってもみなかったよ」
「そんな……まだ完全に制御できたわけではありませんわ。やはり書物の知識と自己流の鍛錬では限界があるということがよくわかりました」
「大したものです。しかし貴女のような高貴な生まれの方ならば、攻撃呪文を無理して修める必要はなかったのでは?」

 純粋に興味本位、という風にピエールが尋ねる。フローラは苦笑した。

「お父様が商人として各地を旅する関係で、私もサラボナを出ることが多かったのです。もちろん護衛の方がいらっしゃることがほとんどなのですが、時には少人数で旅をすることもありましたし、非力な私にとって呪文を修めることは護身の意味がありました。それに」

 言いかけてフローラは顔が赤くなることを自覚した。

「わ、私が呪文に興味を持つようになったのは、その、アランさんと出逢ったことがきっかけだったのです。あのとき見た風の呪文は、強く心に残っていましたから……」
「なるほど。私に向けて放ったあの呪文ですね」

 ピエールはアランを見る。フローラの話にどことなく照れくさそうにしていた彼は、忠実な魔物の騎士から視線を外した。気まずげな様子がおかしくて、フローラはくすりと笑う。アランもまた苦笑した。

「さあ、行こう。洞窟はまだ奥に続いているようだ」
「はい、アランさん」

 力強くうなずくと、不思議な高揚感がフローラの胸を包んだ。

 そのとき、最後尾にいたコドランとスラリンが慌てたように声を出した。

「ねえみんな! あっちに誰かいるよ!」

 皆がいっせいに岩場を注視する。
 そこにいたのは黒と白の翼を持ったモンスター。ハゲタカのような頭部をしていながら、体はむしろ龍に近い。――『キメラ』だ。こちらをじっと見つめている。

 フローラにはそのモンスターが、火山へ向かう道中で遭遇したキメラと同一個体なのか見分けがつかなかった。火山洞窟にもキメラが棲息しているのかしらと考えていると、ふと、アランが声をかけた。

「君はあのとき僕たちと戦ったキメラだね。付いてきたのかい?」
「ギィッ、ギィッ!」
「はは。そうか」
「あ、あの。アランさん? あの子の言っていることがわかるのですか?」

 フローラが驚いて尋ねると、彼は微笑みを浮かべたまま首を横に振った。

「だけど、言いたいことは何となくわかるんだ。あの戦い以来、彼は僕たちを心配してずっと後をついてきたみたいだ。きっと心配性なんだよ」
「はあ……そうなのですか」
「まー、あんたがピンと来ないのも無理ないわね。あれだけ暴れ回った相手が、実はこーんなにおろおろする奴だったなんてね」

 小馬鹿にするようにメタリンが言うと、キメラが羽をばたつかせて叫んだ。

「ギャギャッ――う、うっさいわ! 仕方ないやろ、あんさんたち、えらく強ぅて声かけるスキがなかったんやから!」

 奇妙な抑揚はあるものの、突然流暢に人の言葉を喋り出したキメラに、フローラは再び目を丸くする。「これもアランの力なのでしょう」と、剣を収めたピエールが言う。どうやら彼はこのキメラに敵意はないと判断したらしい。
 アランが手招きすると、しばし躊躇した後にキメラは大人しく寄ってきた。仲間たちの視線に若干狼狽えた様子の彼にアランは微笑み、キメラの頭を撫でた。

「よろしく。君は、メッキーだ」

 そうアランが告げた瞬間、フローラは三度の驚きに包まれた。まるで初めからキメラ――メッキーがそこにいたかのような気持ちになったのだ。彼女は理解する。

「そうか。そうなんですね」

 ――彼は、こうして仲間を増やしている。モンスターを改心させ、絆を深めている。

 それはフローラにとって、ある種、神の御業のような素晴らしい力に思えた。

 その後。

 キメラのメッキーを加えた一行は、さらに洞窟の奥へと進む。螺旋状の下り坂が見え、そこを下りていくと、さらなる熱気が押し寄せてきた。
 坂を下りきった場所で、アランがぽつりとつぶやく。

「これは、すごいな」

 ――そこに広がっていたのは、見渡す限りの溶岩の海と、絶海の孤島のように点在する無数の岩場だった。


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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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