小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 リレミトの光が洞窟の入口で弾ける。馬車で待機していた仲間たちは、傷つき疲れ果てたアランたちを見て慌てて治療に当たった。馬車の中で、あるいは地べたの上にへたり込みながら治療を受ける様子に、パトリシアがどことなく不安げないななきを上げる。

「……はあ」

 馬車の中で腰を下ろすと、途端に重い疲れがのしかかってきて、アランは思わずため息を漏らした。ここで眠ればどんなに楽かという思いがちらと脳裏をよぎる。だが同じく隣でぐったりしているフローラを見て思い直した。あまりのんびりはしていられない、早く彼女を休める場所に連れていかなくては。

「ありがとう、ホイミン。だいぶ楽になった」

 回復呪文を施していたホイミンの頭を撫でる。彼はおろおろした様子で触手を動かしていた。無理は禁物、ということを訴えているのだ。大丈夫、と口にしたアランは、多少回復した精神力をかき集めるように集中する。

「何が大丈夫なのです。おやめなさい、アラン」

 馬車の外から鋭い声がして振り返る。ピエールがこちらをじっと見据えながら諫言を口にした。

「その呪文の光。ルーラを使おうとしていましたね。これだけ疲労していて、なおかつ大人数を運ぶとなれば、貴方の身に何が起こるかわかりません」
「一度なら何とかなるよ」
「なりません。『キメラの翼』を使いましょう」

 頑として譲らぬピエールの説得に負け、アランは取っておいたキメラの翼を使用した。ルーラに比べ幾分ゆっくりとした速度で、一行はサラボナの街に帰還する。
 外壁をくぐったアランとフローラは、揃って同じ方向を向いた。アンディの家の方だ。

「心配だから寄っていこう」「そうですね」

 うなずきあって足をそちらに向けた途端、仲間モンスターたちに行く手を阻まれる。

「だから、なりませんと言っています」
「がる、がるう!」
「クルックー!」

 ピエールだけでなく、チロルとクックルまで加わって苦言を呈する。結局、アンディの家には後日訪れることになり、そのままフローラを家まで送り届けた。

 ルドマン邸で出迎えたメイド――メルフェは、ぼろぼろの衣服をまとった上に足取りの覚束ないフローラの有様に今にも泣きそうな顔を浮かべていた。ただ、館の中は思った程静かで、フローラがいなくなったことについて大騒ぎしている様子はなかった。どうやらデボラが上手く言いくるめてくれたらしい。
 メルフェにフローラを預けるついでに、「ルドマンさんへは明日挨拶に行く」という言伝を彼女に頼んだ。館を出る間際、いつの間にか玄関まで来ていたデボラが満面の笑みでこちらに親指を立ててくる。アランは小さく苦笑した。

 それからアランは仲間に半ば支えられながら宿にたどり着き、部屋に入って寝台に潜り込むなり泥のように眠った。その際、道具袋に入れた『炎のリング』が柔らかな熱でアランを包み込み、彼は心地よく眠ることができた。

 翌日――

 アランはひとり宿を出た。まだ体は重いが、体力と精神力は十分に回復している。その足で向かったのはアンディの家だった。ルドマン邸に行く前に、アンディの様子を確認しておきたかったのだ。

「おお、アラン! 無事じゃったか! よかったよかった!」

 扉を開けアランの顔を見るなり、アンディの父コールズは破顔一笑して肩を叩いてきた。台所からはアンディの母ラズリも姿を現す。彼女もまたアランの無事を喜んでくれたが、ただどことなく申し訳なさそうな表情にも見えた。

「アンディが迷惑をかけたそうだね……ほんとにすまないよ」

 思わぬ謝罪の言葉にアランは手を振る。

「いえ。気にしないでください。大事に至る前に助けることができて、本当によかったです。えっと、彼は?」
「まだ寝てる。ついさっきフローラも見舞いに来てくれてね」
「フローラも?」

 ラズリに促され、二階に上がる。質素な作りの部屋に入ると、窓際に設えられた寝台に眠るアンディと、その傍らで椅子に座っているフローラの姿があった。

「あ、アランさん」

 アランの姿を見るなり立ち上がるフローラ。その嬉しそうな表情をちらりと見遣り、「何かあったら呼んでおくれ」と言い残してラズリは階下に降りていった。

 アランはフローラの隣に立ち、アンディの寝顔を見る。

「どうだい、彼の様子は」
「はい。皆さんの治療が効いて、今は落ち着いています。幸い傷も火傷もほとんど残らずに済みそうで、これならあとニ、三日もすれば元気になると、お医者様がおっしゃっていました」
「そうか。よかった」

 安堵の表情を浮かべるアラン。その横顔をフローラは慈愛の微笑みで見つめていた。

「アランさんは、お優しい方ですね」

 唐突にフローラが言う。

「成り行きとはいえ、同じ炎のリングを求める者同士なのに、命を懸けて彼を助けて、そして今、こうしてアンディの無事を喜んでくださる」

 アランは苦笑した。そういえばアンディに対して怒りのあまり、言いたいことがたくさんあったはずなのに、今、彼の無事な姿を見た自分の心からは、そんな気持ちがすっ……と薄れている。

 アランは我知らずつぶやいていた。

「どんな理由があっても……身近な人が死んでしまうのは、いなくなってしまうのは、とてもつらいことだから」
「アランさん」
「アンディさんが生きていてくれてよかった。今はそれだけしか考えられないよ。……やっぱり、僕は変わっているのかな?」

 フローラに向き直ると、彼女は何度も首を横に振った。「変じゃない。すばらしいことだ」と。
 そして二人並んで無言でアンディを見守る。静かな時間が流れた。

「アランさん」と椅子に座り直したフローラが声をかける。

「まだお父様へのご報告が済んでいらっしゃらないのでしょう? ここは私が見ていますから、アランさんはお父様のところへ向かってください」
「そう、だね」

 道具袋の上から炎のリングに手をやり、アランはうなずいた。扉に手を掛け、部屋を出ようとした間際、フローラが再び呼びかけた。

「私、あなたと冒険できて本当に良かったです。いろいろなことを知ることができて……本当に、ありがとうございました」

 アランは振り返って微笑む。だがその穏やかな表情の裏には、彼女の台詞に微かな痛みを感じるアランの気持ちが潜んでいた。
 フローラはふと、表情を引き締めた。

「できれば、その」

 言い掛け、視線をアンディに戻す。それからこう言い直した。

「アランさん。どうかお気をつけて。あなたの無事を私は心から祈っています」
「うん。ありがとう」

 そう応え、アランは部屋の扉を閉めた。


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