小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



 河岸を繋ぐ大きな橋を渡る。造りが強固な上、中央部が緩やかに楕円のアーチを描いていたり欄干に細かな意匠が施されたりしている。さすが商人の行き交う街だとマーリンが感心していた。

 ゆったりと街入口に入ろうとしたとき、アランは視界の隅に一人の青年を捉えた。街外れにある一本の大木の下で、なにやらきょろきょろと落ち着きなく周囲を見回している。大きめの貫頭衣と見事な金髪を持つ彼からは、商人や冒険者といった空気は感じない。

 何やら困っているようなので、アランは声を掛けた。

「捜し物ですか」
「え!? ええ、そうなんです」

 いきなり声を掛けられたことに驚いた様子の青年は、アランと、その背後に控える仲間モンスターたちを見てさらに目を剥いた。

「あ、あの。申し訳ない。あなたが連れているのはもしかして」
「大丈夫。彼らは確かにモンスターですが、僕の心強い仲間です」

 街に近づくためあらかじめ仲間には変化の石を持たせている。にもかかわらず一発で看破した青年の眼力に内心で感嘆しながら、アランは言った。

「仲間……そうですか、仲間なのですか。それは羨ましい」

 青年が肩の力を抜く。今度はアランの方がきょとんと青年を見た。まるで細筆でひとつひとつ丁寧に描いたように整った顔立ちをしている。やや頼りなさそうなのが玉に瑕だが、「羨ましい」と言いながら微笑んだ彼の表情は優しげで好感が持てるものだった。見たところアランと同年代のようだ。

 アランは空を見る。日暮れには間に合ったが、これから個人宅を訪れるには少々微妙な時間だ。宿を取るまでの間、アランはこの青年に協力することにした。

「それで何か捜し物があれば、僕もお手伝いしますよ。日暮れまでなら時間がありますし。僕はアランと言います」

 名乗ると、青年は一瞬動きを止めた。やや眉根を寄せて考える仕草をする。アランは首を傾げた。

「どうしました」
「あ、いえ。すみません。あなたのお名前をどこかで聞いたような気がして。気のせいかな?」

 青年の言葉にアランは微かに笑った。一度、ラインハットで大立ち回りをやらかしている身である。ここは商人が集う街でもあるから、そうした噂が他の街よりも届きやすいのかもしれない。

 青年が頭を下げる。

「申し遅れました。私はアンディといいます。そこのサラボナの街に住んでいる楽師見習いです」
「楽師見習い?」
「ええ。将来音楽に関係する仕事に携わりたくて。とはいえ、独学なのでなかなか厳しいですが。父と母にも無理をさせていますし……ほんと、親不孝な息子です。私は」
「そう、ですか。それで捜し物とは?」
「はい。あなたはリリアンを見ませんでしたか?」
「女性ですか?」
「いえ、犬です」

 アランは思わず言葉を失う。アンディが苦笑した。

「サラボナの街では結構有名な犬でして。私の腰ぐらいもある大きな犬なんですが、よく抜け出して家の者を困らせているのですよ。今回も私が見ている前で逃げ出して、悪いことに私が大事にしている笛を取って行ってしまったんです。それで、リリアンがよく来る場所を探しているのですが」
「じゃあ、あなたが飼っているそのリリアンという犬を探せば良いのですね」
「そうなんですが、リリアンは私の犬じゃないですよ。ルドマンさんの家で飼われている子です」
「え!? ルドマンさんの?」
「さすがにあの方の名前はご存じですか。さすが大陸一の豪商と言われるだけはある。私、街を出たことがなかったから、商人の方々の噂にいまいちピンとこなかったんです」

 アンディは心なしか胸を張った。おそらく自分の故郷に有名人がいることを誇りに思っているのだろう。そういう感覚に乏しいアランは、彼のことを羨ましく感じた。

「わかりました。とりあえず、リリアンの特徴をもう少し詳しく教えて下さい。空から探しましょう」
「空から?」
「仲間の力を借りるんです。ドラきち、コドラン。頼めるかい?」

 声を合わせて鳴く二匹。アンディからリリアンの特徴を聞いた彼らは一斉に飛び立った。アンディがぽかんとその行方を見守る。

「よく懐いている」
「二人とも、とても素直な子ですから」

 アランは笑って応えた。

 ドラきちたちは存外早く戻ってきた。彼らが言うには、街の入口近くでそれらしい犬が女の人と一緒にいるところを見たらしい。それを聞くなり、アンディは「行きましょう」とアランを促した。
 小走りになるアンディだが、もともと体力に自信がないのかすぐに息が切れてしまう。アランは彼に合わせてゆっくりと歩いた。
 サラボナの街に入る。目的の犬はすぐに見つかった。一匹だ。周囲に女性の姿はない。

「リリアン!」

 アンディが叫ぶと、リリアンは顔だけこちらに向けてきた。その場から動こうとしないリリアンに、アンディは痺れを切らしたように駆け出した。
 二、三歩前に出たところでアランを振り返る。

「アランさん、ありがとうございました。危うく夜まで街の外にいるところでした」
「いえ。見つかって良かったです」
「はい! アランさんはしばらくサラボナに滞在されるのでしょう。またお礼をさせてください」

 それでは、とアンディは踵を返す。微笑みながらその後ろ姿を見つめたアランは、やがて仲間を促して宿へと向かった。
 宿の扉に手を掛けたとき、アランはもう一度、何気なくアンディの方を振り返る。

 ――アンディの元に、一人の女性が駆け寄る姿を見た。




「アンディ! どこまで探しに行っていたの? 心配したわ」
「フローラ!」

 駆け寄ってきた人物を見て、アンディに喜色が溢れる。リリアンも嬉しそうに一声鳴いた。
 空のように蒼い髪を揺らし、華のような顔(かんばせ)に心配げな色を浮かべたフローラが、リリアンとアンディの傍らに座った。

「もう。後先考えずに走るのは昔から悪い癖なのだから。はい、これ」
「あ、僕の笛!」
「汚れてしまっていたから、綺麗にしてきたの。それより本当にどこまで行っていたの」
「街外れの一本樹まで。リリアン、昔はときどきあそこまで行っていたじゃないか」
「あれはデボラ姉さんが無理矢理……」
「辺りを探そうかと思ってうろうろしていたら、親切な旅の人が力を貸してくれてね。空飛ぶモンスターを使って、君たちを見つけてくれたんだ。彼は凄いよ。モンスター使いなんて、まるでおとぎ話みたいだ」
「アンディったら。ちゃんとお礼は言ったの?」
「言ったさ。ほら、あの人だよ」

 馬車を止め、今まさに宿に入ろうとした一団をアンディは指差した。
 先頭に立つ男と、目が合う。

 フローラの動きが固まった。

 彼女の様子にアンディはわずかに首を傾げ、それから思い出したように言う。

「そうそう。彼の名前を教えてもらったのだけれど、どこかで聞いたことがあるんだよ。フローラは知らない? アランさんっていう方なんだ」

 フローラは無言だった。じっとモンスター使いの青年に目を向けている。
 やがてぽつりと彼女は呟いた。

「アラン……さん?」

 まるでその声を耳にしたように――

 青年は小さくフローラに手を挙げると、そのまま宿の中へと消えて行った。



-3-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




【ドラゴンクエストV 天空の剣】レプリカ ソード ネックレス シルバーペンダント 〔ma〕
新品 \6260
中古 \
(参考価格:\11260)