小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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「まさかアラン、君は結婚するのかい?」

 椅子の上で固まっている娘に代わり、ダンカンが驚きの声を出す。

「いったい誰とだね?」
「サラボナに住むフローラという人です。もっとも、まだ結婚相手の候補というだけで、正式な婚約というわけではないのですが」
「フローラ……あのルドマンさんのところの!? 箱入りお嬢様と聞いていたが、まさかそんな話が出ていたとは。……ん?」

 ダンカンが首を傾げ、「候補?」と尋ねた。アランはうなずく。

「フローラとの結婚を望む人たちを集めて、ルドマンさんはこう言ったんです。娘との結婚の条件として、炎のリングと水のリングの二つを持ってくるように。それらを結婚指輪とすることができた者に、フローラとの結婚を認めよう、と」
「ということは、君の他にも?」
「大勢集まっていました。ただ、リングの獲得は予想以上に過酷だったので、今も探索を続けられている人がいるかどうかは……。僕も仲間の協力があってようやく炎のリングを手に入れることができたのです」
「……ちなみに聞くが、炎のリングはどこにあったんだい?」
「ここからずっと南にある火山洞窟です。それが何か?」

 はぁー、と感嘆とも呆れとも驚きとも取れる複雑な声を出し、ダンカンが背もたれに体を預ける。白髪が目立つようになった髪をがしがしと掻き、それからビアンカをちらと見る。

 ビアンカはうつむいたまま黙り込んでいた。

 小さくため息をつき、ダンカンは話を続ける。

「それで、この村の人間に水門を開けてもらう必要があるんだね」
「はい。村長さんの話では、いま水門を開けられる人が不在だということで、村に戻るまでダンカンさんのところに滞在させてもらえばどうかと教えられたのです」
「うん……いや、まあ、君をここに泊めるのはまったく構わないんだが、その……」
「いいじゃない。泊まってもらいましょうよ、お父さん」

 顔を上げたビアンカが不意に言った。その表情は朗らかだ。

「せっかくアランやチロルちゃんと再会できたのよ。私、まだまだ話したいことたくさんあるし」
「や……いいのか、ビアンカ?」
「うん。あ! それとアラン。水門のことは心配しなくても大丈夫だよ」

 首を傾げたアランに向き直り、ビアンカはその豊かな胸をどんと叩いた。そして子どもの頃と同じような、あの勝ち気で明るい口調で断言する。

「水門なら私が開けるわ。だから出かけるときは私も付いていくからね。大丈夫。こう見えて私、健脚と腕っ節なら結構自信あるんだから!」




 台所で洗い物をする音に混ざって、ビアンカの鼻歌が聞こえる。仲間モンスターたちとすっかり意気投合した彼女は見るからに上機嫌だった。
 寝室の扉の奥で彼女の後ろ姿を見つめていたアランは、小さくため息をついて扉を閉めた。室内ではすでに寝台に横になったダンカンがいる。

「すまないねアラン。もっと広い部屋があれば、君の仲間も入れたんだが」
「いえ、気にしないで下さい。風雨をしのげるだけでも、僕らには十分ですから」
「そうか。まったく、そういうところも若い頃のパパスにそっくりだな」

 ダンカンは笑い、それから軽くむせた。この村に来て療養生活を始めてからずいぶんと症状は改善したものの、体の弱さは克服できていないという。彼はしみじみとつぶやいた。

「不思議なものだよ。あのパパスが魔物の手にかかってしまったこともそうだが、私より元気だった妻が突然亡くなってしまうのだから。おかげでビアンカには迷惑をかけっぱなしだ。不甲斐ない父親だよ、私は」
「ダンカンさん。気を強く持って下さい。ビアンカはきっと、あなたを不甲斐ない人だなんて思っていません」
「ああ。そうだな。だからこそ、あの子には幸せになってもらいたい」

 ふと、ダンカンが寝台の上で居住まいを正した。アランを真正面から見つめる。

「ダンカンさん?」
「……無理なことは重々承知で、言わせて欲しい。アラン、ビアンカを嫁としてもらってくれないか」

 アランは言葉に詰まった。脳裏にフローラの横顔が浮かぶ。ダンカンは言い募った。

「君が伴侶になるのなら、私は安心してビアンカを任せられる。きっとあの子も心の奥ではそう望んでいるはずだ」
「それは……」
「せめてひとつくらいは、父親らしいことをしてやりたいんだよ」
「ダンカンさんは、もう十分父親としての役目を果たしてきたじゃないですか」

 すると彼の瞳に寂しげな色が過ぎった。ひとつ息を吐き、ダンカンは告白する。

「実はなアラン。あの子は、ビアンカは私たちの本当の子じゃないんだ。拾い子なんだよ」


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