小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 夜が明けた。

 宿の敷地内にある井戸で顔を洗っていたアランに、ピエールが話しかけた。

「どうなさるおつもりですか」
「どう……って、昨日のデボラの話? 行くよ。これから」

 あっさりとした答えに、魔物の騎士は若干面食らったようだ。アランは苦笑する。

「結婚の話を脇に置いたとしても、ルドマンさんとは話をしないといけないんだ。昨日はそのまま別れたけど、フローラとも話をしてみたい。たとえ婚約者が集まる場に立ったとしても、それで即フローラと結婚するわけじゃないさ」
「なるほど。しかしもしその場でフローラ嬢との婚姻が決まったら? あるいは結婚を迫られたりしたら? どうなされますか」
「考える時間をもらう」

 ピエールを振り返ったアランの表情は、ひどく真剣なものになっていた。

「ヘンリーの姿を見て思った。結婚して一緒になることは、きっととても素晴らしいことだ。けれど僕は今まで、自分は結婚しない、できない人間だと思っていた。それが正しいことなのか、自分の本心なのか、見極める時間が欲しい。できれば、相手の人とも話し合いたい」
「そんな悠長なことを言っていられない状況になるかもしれません」
「そうだね。でもそれで縁談が御破算になるのなら、僕は結婚を諦めるよ。そうなったら後はただ真っ直ぐに、使命に向かって進むだけだ」

 表情を緩める。

「どちらにしろ、今回のお誘いは良い経験になると思っている。結婚に望むということがどんなことなのか、純粋に興味があるしね。悪い、ピエール。君には心配させ通しで」
「いえ」

 ピエールは肩の力を抜いた。

「わかりました。そこまでお考えなら、もう私から細かく言うことはいたしません。あなたの好きなようにお決めになるのがよいでしょう。ただ、迷ったときには遠慮なくご相談を。我らはそのためにも存在します」
「ありがとう。頼りにしてる」
「はい。それでは早速ですが、ひとつご提案がございます」

 ピエールの言葉に、アランは首を傾げた。




 ルドマン邸は、サラボナの街の一番奥まったところに存在している。小川で区切られた岸向こうが、すべて彼が所有する敷地だと街の人に聞き、アランは感嘆の声を漏らした。
 純白の橋を渡り、邸宅への小道を歩く。両脇に植えられた木々は、どうやらこの辺りに自生する種類のものではないようだ。枝葉が細く、まるで彫刻のような優美な姿をしている。風に揺られてしなやかな枝がゆっくりと前後する様が、まるでお辞儀をしてアランを迎えているように見えた。おそらくこれもルドマンが指示して植えさせたものだろう。

 アランは、一人でルドマン邸を訪れていた。

『あなたご自身のお気持ちを優先するため、ルドマン邸へはおひとりで行かれるのが良いでしょう。下手に私やマーリンなどの意見を聞き、あなたのご決意が揺らいではいけません』

 それがピエールの提案内容だった。これがマーリンとも話し合った結果だというのだから、アランとしてはうなずくしかなかった。

 しばらく歩くと白亜の邸宅が見えてきた。立方体を組み合わせたような比較的シンプルな外観だが、とにかく敷地が広い。無駄を排した実用的な建物かと思いきや、近くで見ると壁面や窓枠には非常に精緻な模様が描き込まれていた。豪華だが変に派手ではなく、美的感覚にまったく自信のないアランでも、品の良い物だと思うことができる。
 扉の前に立つ。焦茶色の表面にうっすらと木目が見える立派なものだ。ぶる、と首の後ろの毛が逆立つ。一人でここに立つことに今更ながら緊張してきて、アランは大きく息を吸った。

 そのとき。

「わんっ」「うわっ!?」

 突然の鳴き声にアランの心臓が跳ね上がる。横を見ると、昨日アンディが探していたという犬が尻尾を振ってアランの隣に座っていた。

「確か君は、リリアンだね」
「うわんっ」
「はは。出迎えてくれたのかい? ありがとう」
「わんわんっ。うわん」

 早く早く、とまるで急かすようにリリアンは服の裾を引いた。リリアンの頭を優しく撫で、アランは眦を決して扉に手を掛けた。

 取っ手を回し、押す。

 軋みひとつあげず、扉は邸宅内への道を開いた。

「いらっしゃいませ」
「……!」

 一歩足を踏み入れた途端に声をかけられ、またもアランの心臓が鳴る。家付きのメイドと思しき女性がひとり、玄関に立って深くお辞儀をしていた。顔を上げた彼女の年齢は思ったよりも若かったが、表情と声音は緊張していた。

「フローラお嬢様のご結婚相手に立候補される方ですね? 他の方々はすでにお席についておられますので、どうぞお急ぎ下さい」
「え……あ、はい」
「こちらでございます」

 ちらとアランの格好に目を向け、メイドの女性はアランを先導して歩き始めた。そこで初めてアランは、自分が薄汚れた旅装で、しかも帯剣したままであることに気がついた。ピエールもマーリンも何も言わなかったが、これはあまり良くないのではと考え――

「どうなさいました?」
「いえ、何でもありません」

 結局、これが一番自分らしいと思い直す。怪訝そうに振り返ったメイドに首を振り、アランはしっかりとした足取りでメイドの後ろを歩いた。

 ふと、尋ねてみる。

「あの、聞いても良いですか? ルドマンさんとは、今お話しすることはできますか? 例えば、家宝の盾のこととか」

 メイドが眉をしかめる。

「ご主人様はただいま皆さんとの会見の準備のため、自室におられます。個別に会談をお望みであれば、皆様へのご説明が終了してからとなりますが」
「そう、ですか。わかりました」

 確かに、このぴりぴりした空気の中では気軽に話をすることはできないだろう。
 アランは自らの頭を掻いた。

 ――これから結婚について話を聞こうってときに、僕は何を考えているのだろうな……。

 どうやら思っている以上に緊張しているのかも知れない、とアランは思った。

 やがてメイドは奥の一室の前で立ち止まる。結婚相手への説明が、これから、この扉の奥で行われるのだ。扉の脇に立ち再びお辞儀をしたメイドに軽く会釈し、アランは部屋の中へと足を踏み入れた。



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