小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 室内は予想以上に賑やかだった。

 広々とした応接間には数十人がつめかけてもなお余裕がある広さがあったが、それでも今はどことなく手狭に感じる。二十脚ばかり設えられた椅子はほとんど埋まり、そこに腰掛けた様々な年齢、背格好の男性たちがお互いに談笑している。壁の一面は大きな窓となっていて、そこから入り込んでくる午前の陽光と、それに照らされた室内の装飾とで、まるで貴族たちの宴のような空気になっている。
 ラインハット王と謁見しても狼狽えなかったアランだが、この雰囲気には言葉を失った。自分が場違いな空間に足を踏み入れていると、はっきり意識する。

 とりあえず席に着こうと椅子を探したアランは、ふと、横から声をかけられた。

「アランさん? アランさんじゃないですか」
「アンディさん」

 アランに気づいたアンディが席を立ち、こちらに駆け寄ってきた。手には昨日見た笛が握られている。彼は小綺麗な格好に身を包んでいた。
 アンディは驚き半分、喜び半分の表情をアランに向けた。

「いや、驚きました。まさかあなたもフローラの結婚相手に名乗りを?」
「え、ええ。まあ」
「そうでしたか。これはますます頑張らないと。アランさんが相手なら、これは強敵だ」

 笑いながら言う。どこか浮かれているようにも見えた。アンディがここにいるということは、もちろん彼も結婚相手候補なのだろう。「恋敵だ」とヘンリーならば言いそうな状況なのに、どうしてこんなにも明るいのだろうか。

 脳裏に昨日の光景が過ぎる。駆け寄るフローラ、彼女と楽しげに会話をするアンディ。

 ――胸の奥がちくりと痛んだ。

「……?」
「どうかされましたか、アランさん。胸など押さえて」
「いや、何でもないです。ところでアンディさん。これは皆フローラ……さんの結婚相手なのですか」

 彼女の名を呼ぶことに若干ためらいを感じつつ、辺りを見回す。アンディは苦笑した。

「ほとんどがサラボナの独身男性ですよ。まれにアランさんのような遠くからの来訪者もいらっしゃいますが、どうやらルドマンさんは今日のことを、街の外では喧伝していないようですね」
「なぜ?」
「ルドマンさんは人を見る目がある御方です。そして今回は本当に本当に大事なフローラの婚約者を決める話。今日がいかに来る者拒まずといった会でも、やはり声をかけるのは気に入った相手ということなのでしょう。その点、街の人間ならばお互いによく知っている。フローラとも親しい。案外、そう言う点も重視されているのかもしれませんね。こちらとしてはたいへんありがたい」

 アランは楽師見習いを見た。横顔に微かな、しかし明確な自信と決意をにじませてアンディは言う。

「私とフローラは幼馴染なんです。小さい頃からずっと一緒にいました。確かに彼女の家は世界を旅することが多くて、フローラたちも出かけることがよくありました。でも、それでも私は彼女のことをよく知っています。誰よりも知っている自信がある。ルドマンさんがフローラとの繋がりを見て下さるのなら、これに勝る喜びはありません」
「そう、ですか」
「私からフローラに与えることができるものは少ない。だからこそ、私は私の全力をもって彼女を幸せにしたいと思っています。そのためならば私はどんなことだってしてみせる」

 笛を握る手に力が込められる。アンディの決意の大きさを、アランは肌で感じることとなった。
 不意に、アンディが振り返ってアランの目を見る。彼は手を差し出してきた。

「だから、たとえあなたが相手でも私は負けません。これからどのような条件が出されるかわかりませんが、お互い正々堂々といきましょう」

 意志のこもった瞳だ、とアランは思った。
 仲間モンスターたちもそれぞれ色は違うけれども、皆こうしたひたむきな光を秘めている。間違いなく、アランにとって好感が持てる人柄だ。

 けれどこの複雑な気持ちは何なのだろう。

 アランは一度瞑目し、すぐに目を開けた。口元にささやかな笑みを浮かべ、大きくうなずきを返し、アランはアンディの手を固く握った。

 その直後、場がざわめく。奥の扉から屋敷の主が姿を現わしたからだ。
 彼の姿を見た瞬間、アランは懐かしさとともに妙な安堵を覚えた。恰幅の良さはビスタやラインハットで見たときと寸分変わらず、人柄を感じさせる大らかな所作も記憶の通りだ。ただ、表情は真剣そのもので訪れた面々を見回している。
 サラボナの豪商ルドマン。フローラの父であり、この婚約話を持ちかけた張本人である。

 参加者たちが各々席に着いたことを確認したルドマンは、参加者たちに相対するように机に腰を掛けた。

「皆さん、ようこそおいでくださった。ご存じの方もこの場には多いと思うが、私がこの家の主人、ルドマンです」

 ひとつ、咳払いをする。部屋の中は水を打ったように静かだった。

「さて……本日こうしてお集まりいただいたのは他でもない。我が娘、フローラの結婚相手を決めるため私から重要な話を皆さんにお伝えしたい。そう、結婚の条件とも言えるものだ」

 条件、と隣に座ったアンディがつぶやいた。アランは彼にちらりと目を向け、ルドマンに向き直る。

「ただの男に可愛いフローラを嫁にやろうとは思わん。それは皆さんもすでにご承知のとおりだろう。そこでだ。フローラの婿に相応しい男であることを証明してもらうため、皆さんにはあるものを入手してきてもらいたい。『炎のリング』と『水のリング』という、二つの指輪だ」
「炎のリング? 水のリング?」と参加者のひとりが漏らす。ルドマンはうなずいた。
「いにしえの言い伝えでは、この大陸のどこかにその二つの不思議な指輪があるという。それらを揃え、身につけた者には幸福が訪れるとか。もしこの二つのリングを手に入れ、娘との結婚指輪にできたのなら、私は喜んで結婚を認めよう。またそのあかつきには、結婚の証として我が家の家宝である盾を授けるつもりだ」

 アランの心臓がどくんと鳴った。盾――おそらく、『天空の盾』のことで間違いないだろう。アランは口元を引き結んだ。盾が結婚の証とは、これはピエールが言った通りの状況になってしまったかもしれない。
 途端に場がざわめきだした。眉をひそめながら、あちこちで声を漏らす男たち。ふいに、男の一人が手を挙げた。

「ルドマンさん、その二つのリングがどこにあるのかは判明しているのですか? いくらなんでも、この大陸のどこかと言われて探すのは大変ですよ。一日や二日じゃとうてい探せない。まさかそれまで結婚はさせないなんてこと……」
「無論、フローラの結婚を無闇に引き伸ばすつもりはない。皆さんにはこの場で、炎のリングの在処と言われる場所だけお伝えしよう。ここサラボナから南、峻厳な山岳地帯にある巨大な火山の中だ」
「か、火山……?」

 呆然と繰り返す男。ルドマンはいっそう表情を険しくした。

「そう。炎のリングは火山洞窟にあると言われている。水のリングがあるという場所は、炎のリングを無事手に入れたときに改めてお伝えしよう。私からの話は以上だ」

 そう言い残し、ルドマンが席を立ったときである。奥の扉が勢い良く開かれ、澄んだ声が部屋の中に響き渡った。

「待ってください!」



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