小説『鎌の骨が鳴るとき』
作者:ぽてち()

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◆『満月の復讐劇』

・ちらつく影



彼は一気に力が抜けたように、最初からここにあった古い木の椅子に深く座って言った。

「ダメだ。密会するには絶好の場所だと思ったんだけどな……。よし、一度外に出てみよう。エドガー、そこのクローゼットを開けてみなよ」

全く彼の目的がわからなかった私は、言われるがままに部屋の角にある木製のクローゼットの扉を開けた。
木が軋む音が部屋中に響き渡ると、中から二着ずつのコートと黒いブーツ、そして銀メッキの十字架のネックレスが二つ、並べて置かれていた。

「これは?」

私がそう聞くと、アルフレッドは立ち上がってネックレスを手に取り、自分の首にかけた。

「これは実体化する時に使うものさ。
普段は浮遊霊みたいなものだから、俺達から姿を現さないと人間には見えないけど、実体化すると……ほら、足も出来るし、普通に歩いてても人間に見える。凄いだろ?」

「凄いかもしれないけど、その角はどうするんだい?」

一番私が疑問に思っていた事を口に出した。
すると彼は膝まである長いコートを着て、付属していたフードを深くかぶって仮面ごと頭を隠した。
やはり髪の毛が長いからなのか、フードの中がモコッとなって角の存在があまり気にならなくなった。

「無理矢理だな。ちょっと違和感があるんじゃないか?」

「まあまあ、気にするなよ。まさか頭から角が突き出してるなんて誰も思わないだろ?
大丈夫だって。じゃあ、エドガーは待っててくれよ。すぐ帰って来るから」

彼はそれだけを言い残し、着替えてさっさと出て行ってしまった。
独り部屋に取り残されてしまった私は何もする事ができず、暇を潰すために部屋を物色し始めた。
どうやらこの部屋は相当前から誰も使っていないらしく、埃が積もり、天井の隅には埃を纏った蜘蛛の巣がある。
更に今にも崩壊しそうなくらい古い本棚には、ぎっしりと分厚い本が詰め込まれていた。
私は赤い表紙の本を手に取り、パラパラと適当にめくって目を通す。
この本は一九八二年に出版されたものらしく、既に湿気などによって文字はほとんど読む事ができない。
しかし、所々は読めたので、ある一文を抜粋してみようと思う。


『……死は恐怖で……快楽なのだ。人間は死を……それは違う。本来、死とは……』


私が読めたのはこのくらいだ。ほとんどがレリッジ語(北極付近の国。あまり使われない言語)のため、レリッジ語を少ししかかじっていない私には全てを読む事は不可能だ。
肝心の著者の名前もレリッジ語で書かれているため、残念な事に誰が著したのかはわからない。
私はその他の本を一通り見てみたが、どれも一九九十年代のもので、到底読めるものではなかった。
紙が傷み、字はぼやけて滲んで元々何の字なのかも検討がつかないほどだ。
それから私は椅子に腰を下ろして部屋中を見回してみたり、窓際に寄りかかって外の光景を眺めたりして時間を潰した。
ふと気が付くと、外は既に赤く染まり始めていた。
すぐに帰って来ると言っていたアルフレッドに少々苛々していると、ようやくの事で彼が帰って来た。
その時の彼の表情は曇っていた。口元を固く結び、無言のまま椅子に座ってしばらくの間外を眺めていた。
どうやら今日は上手くいかなかったらしい。彼はすぐに気持ちが顔と態度に出てくるのでわかりやすく、ある意味で助かる。
若干不機嫌な彼が口を開くまで、私はじっと椅子に座ったまま待ち続けた。
いつの間にか日が暮れ、私が蝋燭にマッチで火を灯していると、ようやくアルフレッドの固い口が開き、低いトーンの声が漏れた。

「ダメだったよ、エドガー。何もわからなかった。収穫と言えばこれくらいだよ」

そう言ってアルフレッドは一冊の本を私に手渡した。

「これは?」

「世界中の犯罪者の中でも、危険人物とみなされた奴らが載っているブラックリストだよ。城の犯罪担当部から頂戴してきたんだ。
それの十三ページ目を開いてみなよ」

アルフレッドに言われ、私は十三ページ目をめくってみた。
そこには犯罪者の名前と経歴、年齢などが細かく書かれていた。

「オズボーン・エリオット? これは聞いた事が無いな……」

「ソイツはキルームに潜伏する殺し屋集団『カーリー一味』の幹部だよ。ほとんどが殺人の罪に問われてる、いわば殺人鬼さ。
一度、仕事で絡んだ事がある人間だが、コイツが死神になったら現世から人間が消えてしまいそうだよ」

アルフレッドは話を続けた。

「まず俺はオズボーンに目を付けたんだ。一国の王子を殺すなんてブラックリストに載るほどの度胸が無いと出来ないからね。
俺は以前に何度もここに来た事があるから、カーリー一味の本部は知っていたんだが……それが全くの抜け殻だった。
きっと何かの危険を感じて場所を移動したんだよ。これで今、俺達の手元にはオズボーンの書類しか情報が無くなったっていうわけさ」

溜め息混じりに言うと、彼は私が読んでいた本に目を付けて細長い指で示した。

「それはなんだい?」

「そこの本棚にあった古い本だよ。ちょっと気になってね……」

私がアルフレッドに今持っていた本を渡す。
彼は破けないようにページをめくると、顎に手を当ててじっくりと目を通す。

「これはレリッジ語だね。読めるのかい?」

「いや、以前に少しだけ学んだ事があるんだが、中々難しくってね。所々しか読めないんだ。ほら、そこの行くらいしか……」

私が指差す行を彼は人差し指でなぞりながら口に出した。

「『死は恐怖ではない。快楽なのだ。人間は死を恐怖だと思い込んでいるが、それは違う』
的は射てるけど、若干ずれてるかな。快楽っていう言葉じゃない気がするんだけど」

私はスラスラと読んでしまった彼に驚いてしまった。

「もしかして、レリッジ語がわかるのか?」

すると、アルフレッドはニッと歯を見せて笑った。

「ちょっと興味があったから勉強したんだよ。
他にも全国共通……今まさに喋っているベルク語、それから母国のゴルゴン語、オーバル語……とかね。
ほとんどは死神になってから覚えたんだ。世界共通とはいえ、使わない国もあったりしたしさ。
おっと、喋りすぎた。もう今日は休もう。明日、また調べに行くんだけど、一緒に来てくれるよね?」

「もちろんだよ。私も何かしないとね」

「ありがとう。どうやら、今回の仕事は一人じゃどうにも出来ないものみたいだからね……」

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