小説『鎌の骨が鳴るとき』
作者:ぽてち()

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◆『満月の復讐劇』

・全ては惑わし




翌日、私も着替えてアルフレッドと共に城下町の大通りに来ていた。
早朝ということもあって少々霧が漂っていて、人通りもほとんど無かった。電灯も霧によってぼやけて見えてしまう。

「ほら、ここがカーリー一味の元本部だよ」

アルフレッドが立ち止まった目の前には、大きな赤レンガ造りの立派な家が建てられていた。
どうやらここはバーのようだったが、鉄の扉には『閉店』と書かれた看板がかけられている。

「誰もいないようだね。中から何も聞えない」

「だから抜け殻だって言っただろ? ……おや、何か降って来たぞ」

ヒラヒラとゆっくりアルフレッドの下に落ちてきた一通の赤い手紙。私は上を見てみるが、霧がかかっているため何も見えない。
彼はすぐさま中の便箋を取り出し、綺麗で几帳面に書かれた文字を目で追っていく。



『アルフレッド様

一味は既に南へ移動している。
しかし、オズボーンだけはまだキルームに残っていた。
仕事の依頼人と共に潜伏中。
場所はキルーム城の東塔の最上階。
明日の夜、行動開始する恐れあり。
至急向かい、首を刈れ。

               フェリックス』



「なるほどね……やっと話が読めてきたぞ」

「フェリックス? これは誰だい?」

「俺の友人だよ。昨日のうちに頼んできたんだ。どうせ暇なんだから手伝ってくれってね。
それにしても、でかしたぞ、フェリックス! やっぱりコイツに頼んで正解だったよ」

一瞬にしてアルフレッドの声に張りが戻ってきた。
最初、私には何の事がさっぱりわからなかったが、徐々に頭の中で謎だったパーツが組み合わさっていき、ようやくの事で理解した。

「よし、エドガー。明日の夜、またあの少年の所に行くよ。それまでこの事は忘れて、キルームの観光でもしようじゃないか」

それからアルフレッドと私はキルームの観光地を回った。
その間、私は彼に驚かされっぱなしだった。私よりも年下だというのに、とてつもなく物知りだ。
私が聞けば必ず答えてくれるし、見たいと言えば連れて行ってくれる。
朝からずっと歩きっぱなしだったので、昼に私達は大通りにあったレストランに入った。
格好が格好だからか、店員に怪しい目で見られたが、特に気にせずに席に座った。

「いやあ、面白かったよ、アルフレッド。一度だけ観光で来た事があるけど、こんなに細かい場所まではわからなかったよ」

「良い褒め言葉だね、嬉しいよ。まあ、二十四年のうち四年はここで過ごしているからね。あの空き家も以前は俺が使っていたんだ。
あ、もちろんこの店の常連だよ。ここのパスタはどこの店よりも美味いんだ」

「常連? でも、凄く視線が痛いんだけど……」

「きっと今日の担当は新人なんだろうね。辞めてなければ俺の知り合いが何人もいるはずだよ」

そうやって仕事とは全く無関係の話をし、彼が絶賛する海鮮パスタを食べ終えて店を出た。
その時、既に午後二時を回っていた。先程までは人影がほとんど無かった大通りは、ようやく賑わいを取り戻していた。
アルフレッドと私は広場の噴水の側のベンチで少し休んでいた。

「そうだ、一つ、やらなければいけない事があったんだった」

突然、アルフレッドが思い出したように声を上げた。
私は無言のまま首を横にすると、彼は面白げに言ってみせた。

「ジャズの兄に当たるダインにちょっとした手伝いをしてもらうんだ」

それから翌日の夜中の一時。私達はある事をするためにダイン王子に頼み込んで、彼の部屋に身を潜めていた。
アルフレッドは窓に近い部屋の角にあるクローゼットに身を隠し、私は反対側の角に置かれていた大きな植木鉢に隠れていた。
そして、最も重要なダイン王子はというと、テーブル近くの椅子に座り、その位置からしか見えないアルフレッドからの合図を待ち続けていた。
たった蝋燭一本がダイン王子の顔を照らし、実質、この部屋には三人が居るという事になる。
部屋のドアも少々開けて、誰かを待っているようだった。
しばらくして、アルフレッドの口元が動いた。合図だ。
ダイン王子は椅子から立ち上がり、窓を開けて外を眺め始めた。
まさにその時だった。開いたドアから二つの黒い人影が部屋の中に侵入し、背後からダイン王子に近付こうとした。
しかし、すぐさまアルフレッドは飛び出して鎌の刃を黒い人影の首に引っかけ、私ももう一人の方に鎌を突きつけた。

「動くんじゃない! あ、ダインさん、電気を点けてもらえますか?」

そう言われてダイン王子が部屋の電気を付けると、なんと黒い影の片方はあのジャズという少年で、もう一人は残酷そうな顔立ちをした若い男だった。
二人は表情を険しくして、私達を激しく睨み付けた。
アルフレッドは満足そうに口元に笑みを浮かべて言った。

「やあ、久しぶりだね、オズボーン。元気に仕事をしていたのはいいが、まさか俺に捕まるとは思ってもいなかっただろう?」

「てめぇの顔は二度と見たくなかったぜ! この目無し野郎!」

若干なまりがあるベルク語で男が怒鳴った。
どうやら、この銀髪の鼻が高い男が、私が読んだブラックリストに載っているオズボーンという男らしい。
残忍そうな口元に殺意が溢れている赤い瞳。服装はフード付きの黒いパーカーに黒いズボン。これで暗闇にいてもきっとわからないだろう。
今のこの状況を見たダイン王子の表情が、一瞬にして悲しい表情に変わった。そして重い口を開く。

「ジャズ……お前……」

「うるさい!」とジャズが怒鳴り返した。「お前に何がわかるっていうんだ!」

「わからないさ。けど、事実は事実だ。全部話してくれないか?」

しばらくの間は殺気立っていた二人だったが、ようやく観念したらしく、落ち着いた口調でジャズが話し始めた。

「ある日、俺が兵士室を通りかかると、こんな話が聞えてきたんだ。
『王子は三人もいらねぇよな。上のお二人が必要なのはわかるが、運動神経が良いだけのジャズ王子は、ありゃいらねぇよ。ただの飾り物だよな!』
俺はその話に頭にきた。俺だって、好きで三男に生まれたわけじゃない!
俺はどうにかして国王になって、奴らを見返してやりたかった。けど、今の状況じゃ絶対にそれは不可能だった。
だから兄を殺してしまおうと思ったんだ。そうすれば後継者が俺だけになって、確実に俺が王位を継ぐ事になるからな。
本当はオズボーンを使って殺させようとしたが、そこに死神のお前達がやってきた。俺は霊感が強いからすぐにわかったんだ。
そして俺は死神も味方につけようと思って、復讐だと思ってもらえるように演技をしたんだ。
自分的には上手くいったと思ったんだけどな……どうやら失敗だったようだ……」

ジャズの話を聞き終えたアルフレッドは頷いた。

「なるほどね……やはり人間の心は怖いな。簡単に騙されてしまった自分に呆れるよ。
さて、本当ならばここでお前達の首を刈るところだが、ダインさんの指示でそれはしない事にした。
その代わり、犯罪担当部に出頭してもらうよ。全部包み隠さず話すんだ。いいね?」

「わかった。命があるだけまだマシだ」

そして、ようやくの事で長く込み入った事件は解決した。
犯罪担当部に出頭した二人はというと、ジャズは地下牢で十年間過ごす事となり、オズボーンはこれまでの罪を全て償うために懲役百二十年と言い渡された。
その事を翌日の夕方に配られた新聞で知った私は、未だにレリッジ語で書かれたあの本を読み続けるアルフレッドに嫌味ったらしく言った。

「アルフレッド、死神から探偵に転職したらどうだい?」

しかし、彼は本から目を離さずに柔らかい口調で言い返してきた。

「それは嫌だよ。俺は推理とかは好きだが、探偵という職業はあまり好きじゃなんだ。それに、死神の方が楽だしね。
それにしても見てよ、エドガー。この論文、五つの言語が混ざり合っていて訳がわからないよ。
ったく、どこの暇人が書いたかは知らないが、これなら俺の方がもっとマシな論文を書くよ」



(END)

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