小説『鎌の骨が鳴るとき』
作者:ぽてち()

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◆『地位比べ』

・赤い髪と血が舞う頃



二人は同時に剣を抜き、鞘を放り投げて走り出す。とうとう決闘が始まったのだ。
静穏な冥界の夜に、金属同時がぶつかり合う鋭い音が何度も響きあった。
振っては避け、振ってはぶつかり、刃が擦れて赤い火花が散る。
二人の戦いを茂みからこっそり見ていた私は、よくあんなにも長いローブを着たままここまで動けるなと驚いていた。
普通なら足に引っかかるか、又は自分でローブを踏んで転ぶかのどちらかだ。しかし、二人の場合、全くそいうのが無い。
あまり戦闘経験が無い私から見れば凄かったが、どうやらあまり戦況は良くなかった。
よく見れば、アルフレッドは防戦一方で、ギルバートの猛攻を防ぐのに精一杯のように見える。
そしてギルバートが振り上げた剣がアルフレッドの仮面を斬った。だが、浅かったため、仮面が割れる事はなく、彼は後ろへ後退して間を取る。

「さすがだな、ギルバート。お前の攻撃を受け続けていたら、手が痺れてきたよ」

「当たり前だ。次はその面を引っぺがしてやるぜ!」

ギルバートはそう言うと右手で持っていた剣を左手に持ち替え、一瞬にしてアルフレッドの背後へと回った。

「くっそ……!」

悪態をついてアルフレッドは防御の体勢を取るが、一秒ほど遅かった。
刃は彼の面を見事に切り裂き、反動でアルフレッドは後ろへと倒れる。
私は危険を察知して向かおうとしたが、一緒にいたフェリックスが私の腕を握って引き止めて首を横に振る。
彼が何と言おうとしているのか理解できた私は、仕方がなくしゃがみ、再びアルフレッドの決闘を静観した。
大事な仮面を斬られたアルフレッドはというと、切り傷から流れる赤い血を押さえ、俯いたまま笑い声を上げていた。

「ったく、よくもやってくれたな。この仮面で最後だったのに」

そう言った彼が顔を上げた瞬間、私だけでなく、フェリックスやギルバートも目を疑った。
なんと、目が無いと言っていた彼の両目が、きっちりとギルバートを見ていたのだ。
金色の瞳が、今の自分に驚く敵を面白がっていた。そして、落ちた仮面を目を細めて見る。

「あーあ……もうこりゃ修復不可能だな。……まあ、いいか。もう隠したって無駄だしね」

彼は呟きながら草の上に落ちた二つの面の欠片を踏んで砕く。
それから剣で自分の長い赤髪を肩くらいまでに切り、額から流れる血液を腕で拭って言った。

「ちょっと戦うのに邪魔だったんでね、切らせてもらったよ。それじゃ、再開しようか!」

アルフレッドの言葉を合図に中断された決闘が再開された。
しかし、私とフェリックスはというと、思いもよらない出来事に決闘どころではなくなってしまった。
目玉が無くて、コンプレックスとまで言っていたのに何故? 私には全てが理解不能だった。
もちろん、古くからの友人であるフェリックスも理解できていないようだ。視線が二人でなく、下へと向いている。

私も激しく動揺していたが、更にもっと動揺させる出来事が私達の目の前で起こった。
ガギィン、と大きな音がして一本の剣が回転して宙を舞い、剣先が地面の刺さった瞬間、私は叫び声が出そうになった口を手で塞いだ。
剣を手放したのはアルフレッドで、ギルバートの剣はというと、アルフレッドの腹部を完全に貫通していた。
突き出した腰の傷から血液が噴き出し、彼の口角から赤い液体が流れる。
痛みに表情を歪ませながらも、彼はまだ微笑していた。

「……まだだ。まだ、俺は負けちゃいない……!」

「呆れるねぇ! 往生際が悪いじゃねぇか! さっさと負けを認めたらどうだ、アルフレッド?」

ギルバートが血に塗れた剣を引き抜くと、アルフレッドは呻き声を上げてその場に蹲った。
歯を食いしばり、自分を見下ろすギルバートを睨み付ける。

「終わりだ。じゃあな、出来損ないが!」

剣を振り上げたギルバートが既に瀕死状態のアルフレッドにとどめをさそうとしたその時。
瞬時に現われた赤い髪の男がギルバートの剣を持つ右手を後ろから掴んだ。

「もういいだろう、ギルバート。決闘の掟では、相手が戦えない状態になるまで、と書いている。
そしたらコイツはどうだ? この状態で戦えると思っているのか? 少しは考えろ、阿呆め」

男は棘がある言葉を吐くと、ギルバートは舌打ちをして剣を下ろした。
そして、赤い髪の男はいかにも危険な状態にあるアルフレッドを鼻で笑った。

「もっかのところ、仮面をかぶっていたのは親父に似た自分の目が気に食わなかったといったところだろう?
全く、馬鹿な弟を持つと恥ずかしくて仕方がない。……貴様が言った条件。きっちり守れよ。行くぞ、ギルバート」

男がそう声をかけると、鞘を拾ったギルバートと共にこの場から一瞬で姿を消した。
その瞬間に私とフェリックスは茂みから飛び出して、蹲ったまま動かないアルフレッドの下に急いで駆け寄った。
目を閉じて冷や汗を流す彼は、口の近くまで耳を近づけないとわからないほど虫の息で、とてつもなく危険な状態だ。
傷口から溢れるように出続ける大量の血液。すぐさまこの傷を塞がなければ、残った魂が消え、彼の存在が消滅してしまう!
しかし、どうすればいいのかわからなかった。そんな私がアタフタしていると、フェリックスが黒い鉄の棒を取り出し、なんとアルフレッドの傷口に突っ込んだ。

「ちょ、何してるんだ!?」

「まあまあ、見てろって。これが冥界が生み出した産物だ」

彼は貫通した鉄の棒をそのままゆっくり引き戻す。完全に棒が抜けると、彼は「よし」とひと段落したかのような声を上げた。
フェリックスに顎で示され、恐る恐るアルフレッドの傷を覗くと……無い! 先程まであんなにも生々しかった傷が何も無かったかのように塞がっていた。
仰天している私にフェリックスは当たり前の事のように落ち着いた口調で説明する。

「この鉄は普通の鉄じゃないんだ。治癒鉄(ちゆてつ)という冥界で作られた鉄でな。これでなぞった傷は、すぐに完治するんだぜ」

「なるほど……それで傷が治ったのか……」

冥界は何でもアリだと知ってしまった私は、特に疑問に思う事もなく、彼の簡潔な説明に納得してしまった。
それからフェリックスが気を失ってしまったアルフレッドを抱きかかえ、私達は死神荘の部屋へと戻った。
窓側のベッドに彼を寝かせ、彼が起きるまでフェリックスとは一切言葉を交わさず、ただ待ち続ける。
しかし、夜だという事もあり、精神的に負担がかかる体験をした私達は、知らぬ間にそれぞれ椅子に座ったまま深い眠りへと落ちていった。

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