小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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25:おいしいものほど食べ終わるのは早い




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「あー、犯人一味に告ぐ。君たちはすでに包囲されている。大人しく投降しなさい。繰り返す───」

事件発生から約十分後、すでに店の外にはパトカーがサイレンのけたたましい音を出しながら次々と到着していた。
一番最初に到着していたベテラン刑事の風格を出している中年の男性は、その渋い声を拡声器で大きくして同じ台詞を何回も繰り返している。

「……懐かしい感じがするなぁ……」

「……あのころはよかった……」

人質の反応ももっともで『実は全部ドッキリ!』と言われたら全員がうなずくだろう。
そして『なぁ〜んだ。あ、オンエアいつですか?』とスタッフに聞いて笑いながら帰る。
それができたらどんなにいいものか。
しかし、外に待機する警官の数やその雰囲気からいってその可能性はゼロである。

「やっ、ヤバイッスよ!やっぱりさっさとトンズラするべきだったッス!だから俺は言ったじゃないッスか!」

「ど、どうしましょう兄貴!このまま突入なんてされたら、俺たち───」

「うろたえるんじゃねえっ!焦ることはねえ。こっちには人質がいるんだ。下手に突撃なんてできねぇさ」

三人の強盗のなかでひときわ存在感がある男が人質たちを顎で指しながら話す。

「それに……」

さらに続けてそう言って、コンコンと手に持った鈍い黒色のマシンガンを逆の手で叩く。
三人は顔を見合わせ、ニヤリと口元を歪める。

「へ、へへ、そうですよね。俺たちには高い金払って手にいれたコイツがあるし」

「本当ッスね!コイツがあれば百人力ッス!」

最後に口を開いた男が天井に向かって発砲する。
その表情は力を誇示することに対しての喜びで溢れていた。





バン!





「きゃあああ!!」

一人の女性客が恐怖のあまり、悲鳴を上げる。
その声にこもった感情は瞬く間に店内に広まって、多数の人質たちがパニックになりかける。
リーダーらしき男は、最初に悲鳴を上げた女性に銃を突きつけながらイライラとした口調で言葉ぶつける。

「うるせぇ!俺たちの言うことを聞けば殺しはしねえよ。わかったか?」

涙目になって口を両手で抑え、恐怖で震えながらも女性は何度も大きく首を縦に振る。
同時に他の人質たちも静かになり、店内は再び重苦しい静寂に包まれる。
それを見た男たちは満足そうな笑みを浮かべ、リーダーの男が今度は警官隊に向かって叫ぶ。

「おい、聞こえるかポリ公ども!人質を無事に解放してほしかったら車を用意しろ!もちろん、追跡車や発信器なんかつけるんじゃねえぞ!」

拡声器を片手に持った刑事が口を開くまえに男はハンドガンを警官隊に向け、その引き金を引く。
その銃声が野次馬たちはもちろん、報道陣や警官たちを怯ませる。
外の人間たちが一斉に悲鳴をあげてしゃがみこむ様子がたまらなく面白くて、男たちは笑い声を上げた。

「見ろよ!あの刑事、腰抜かしてるぜ!?ギャハハハ!」

「傑作ッスね!先輩!つくづく平和ボケしてるッス!犯罪がしやすいっていいッスね!ね、兄貴!」

「ハン!まったくだ。あんなバカどもと同じ国にいると思うと、本当に腹が立つな」
三人の笑い声はうるさいくらいに店内に響いた。






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「はぁ〜……もうちょっとおとなしい感じの強盗だったらなぁ……サインくれたかもしれないのに……」

「おとなしい強盗っているの?」

笑っている三人の男を影から見つめる二人。
信とシャルロットである。
強盗たちが入ってきた瞬間、二人は素早く状況を把握し、犯人たちの死角へと隠れていた。
もちろん、逃げるためではない。

「さて、どう攻めるかな」

「随分落ち着いてるね。こういうのって普通慌てない?」

「あー……ほら、いろいろあったからな、昔……」

シャルロットはこの前の臨海学校での出来事を思い出した。
信が少し顔をしかめたのを見て、シャルロットは慌てて謝る。

「ご、ごめん……」

「ん?ああ、気にすんな。考えてみろよ。落ち着きを失ってパニックになるよりずっといいじゃないか。それにな、守りたい人が近くにいるほど俺は勇気が出るんだよ」

「えっ!?そ、それって―――」

さっ!と信が手を上げて、シャルロットの言葉を止める。

「どうしたの?」

ちょいちょいと指さされた方向を見ると、店内で強盗以外にただ一人立っているラウラが目に入った。

「……流石、軍人。堂々たるお姿ですね」

「ふざけてる場合じゃないでしょっ!?」

「なんだ、お前?大人しく座ってろ」

シャルロットのツッコミとほぼ同時に、犯人たちもその姿を目にとめ、すぐにリーダーが威圧感を纏ってラウラと向き合った。
その手に握ったままの銃を、ラウラは一瞬だけ見て視線から外した。

「おいおい……やる気だぞ、ラウラ……」

信の目はすでに金色の光を放っていた。
つまり、そういう信も人のことは言えないくらいやる気なのだ。

「言っておくけど、僕も信と一緒に行くからね」

「わかってるよ。来るなって言ったって来るだろ?」

「ふふっ。もっちろん」

そんなやり取りがなされている間も、犯人たちが大声を出している。
それでもラウラはかたくなに男たちの言葉を無視し続ける。

「おい、聞こえないのか!?それとも日本語が通じないのか!?」

「まあまあ兄貴、いいじゃないッスか!」

「そうだ!兄貴!この子に接客してもらいましょうよ!」

「あぁ?何言ってるんだ、お前」

「先輩の意見に大賛成ッス!ほら、すっげー可愛いッスよ!ぶっちゃけ、俺のストライクゾーンど真ん中ッス!」

手下っぽい男たちがはしゃいでいる様子を見て、リーダーの男は仕方がないとばかりに肩を落とす。

「ふん。まあいい。おい、メニュー持ってこい」

どっかりと近くのイスに腰を下ろすリーダー。
えへへと笑いつつそれに続く二人の部下。
そんな様子を『随分余裕だなぁ………』と半ばあきれ顔で見ている信とシャルロット。
二人ともすでに準備万端で、やろうと思えばいつでも飛び出すことができる。

「あいつらたぶん、バカだな」

「うん。バカだね」

二人は互いに顔を見合せて微笑む。
しかしそれはほんの一瞬で、再び店内に目を向けたときは真面目な表情になっていた。

「ラウラ、頼んだぞ……」

いきなり信とシャルロットが現れたら、驚いた犯人たちが銃を乱射するかもしれない。
そうなれば自分達はもちろん、人質になっている人たちも危険にさらしてしまう。
それを避けるために、出るタイミングは犯人たちの意識がそらされた瞬間と二人は決めていた。
そして、信はラウラがその役目を果たしてくれる――もとい、勝手に果たすのがわかっていた。
なぜならラウラが男たちの死ぬほどどうでもいい会話をなにも考えずただ黙って見ているわけがない。
それに加え、信が視たラウラの心はすでに行動を起こす決断ができていた。

「シャル」

「うん。大丈夫」

ラウラは男たちを一瞥すると、カウンターの中にすたすたと歩いていく。
そして、ラウラが持ってきたのは氷の入ったバケツだった。
掃除用としてよく見る青いバケツ。
それを両手で抱えながら、ラウラは犯人たちの目を見据えた。

「……なんだ、これは?」

「氷だ」

「いや、そういうことじゃなくて……まずこれ、客に出すようなものじゃないんじゃ……」

「客?そんなもの……どこにもいない!」

ラウラは突然バケツの中の氷を三人組の顔にぶちまける。
手に持った拳銃を向けることなど考えるより先に、犯人たちは反射的に顔を背け、腕で氷を払う。

「うわっ!?いきなり何しやがる!」

「ッざけやがって!このガキ!」

いち早く驚きから復活したリーダーが、早速ハンドガンをラウラに向けて引き金を引いた。
しかし。
そんなものではラウラをとらえることができない。
もともと戦うための兵器として遺伝子操作されて生まれ、軍での厳しい訓練に耐えてきたラウラにとって、素人の扱う武器など恐れるに足らなかった。
テーブル、イス、観葉植物、たまたま近くにあった金属製のトレー……。
店内のあらゆるものを盾にし、身を隠すものにし。
ラウラは忍者のような身軽さで店内を駆け回る。

「な、なんだこいつ!?本当にメイドか!?」

「落ち着け!!ガキ一人なんざすぐに片付けて──」

「一人じゃないんだなぁ、これが」

背後に迫っていたのはイケメン執事の信。
リーダーがその声に振り返ったときには、手から拳銃が蹴り上げられ、宙を舞っていた。
それを反射的に見上げたわずかな時間。
一瞬の隙。
それを見逃す信ではない。

「遅い!」

みぞおちに強力な右ストレートが入る。
怯んだところにさらに二、三発パンチが加わり、最後に止めとばかりに回し蹴りがヒット。
メキメキッという嫌な音を左腕から出して、勢いよく左に飛んでいくリーダー。
リーダーが当たった椅子と机がガタガタッと音を立てて壊れる。

「ラウラ、シャル、そっちは?」

「問題ない。制圧完了だ」

「ふぅ……なんとか」

信がシャルロットたちの方を見ると、すでに手下二人が床に倒れていた。
犯人たちは美少女に倒されて心なしか嬉しそうな表情を浮かべているようだったが、信はこの際放っておくことに決めた。

「さっすが。でも、シャルもラウラもその格好で足を上げないほうがいいぞ?」

信がシャルロットとラウラのメイド服を指差して言う。

「え?なんで?」

「あー………スカートだから………」

「……信のえっち……」

「みっ、見たのか……?」

ラウラとシャルロットが顔を赤くしながらスカートの裾を抑える。
信が今は見えなかったから安心しろ、と声をかけていると。
崩れて山のように折り重なっていたイスとテーブルの中から、リーダーが復活。

「ふっ、ふざけるなぁっ!お、俺がっ、こんなガキどもにっ…………!」

男は信に蹴られて折れた左腕とは逆の手に、予備のハンドガンを抜き出しながら立ち上がった。






バン!





しかし、その拳銃がリーダーの手にしっかりと握られることはなかった。
コンマ何秒の時間だけ見せたグリップの底を弾丸で弾かれたのだ。
そのため、拳銃はくるくるときれいな放物線を描き、リーダーのはるか後方に落ちた。

「お前がなにする気か、視ればわかるんだよ。俺は目がいいんだ」

前方には執事が拳銃を握って立っており、その銃口からはかすかに煙が立ち上っていた。

「てめぇ……!殺す!」

左手を伝った衝撃と、信への怒りで冷静さを欠いたのがこのリーダーの敗因だった。
いや、そもそも今日この場所に逃げ込んだことが敗因だったのかもしれない。

「どこを見てるの?」

「まったく、我々を忘れるとはな」




バキィ!




シャルロットとラウラのダブルキックが思いっきり顔面に入り、再び嫌な音をだす。
床に倒れた犯人はピクピクと痙攣したあと、動かなくなった。

「「「全制圧、完了」」」

店内の『民間人』こと客とスタッフは、のろのろと頭を上げはじめる。

「お、終わった……?」

…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。

「お、俺たち……生きてる!死んでない!」

「たっ、たすっ……助かった……!助かったんだ!」

その言葉が叫ばれた瞬間、人質になっていた人たちは歓声を上げる。

「やった!あ、ありがとう!メイドさんに執事さん!ありがとう!」

ワッと騒がしくなった店内の様子は、外に待機していた警官隊にも聞こえたらしく、ようやく突入が開始された。
あと数分もすれば人質は全員保護され、犯人は手錠をかけられて即連行だろう。

「日本の警察は優秀だな」

「おう。だから日本は平和なんだ」

「ラウラ、信!まずいって!専用機持ちなんだから、公になるのは避けないと!しかも僕とラウラは代表候補生でしょ!?」

「そうだな。これ以上騒がれては困る」

「ていうか俺、ノリで発砲しちゃったんだけど。大丈夫かな………」

警官隊の後ろには交通規制もなんのその、立ち入り禁止のロープを乗り越えたマスコミ関係者が大勢見えた。
しかし、事態は再び一変する。

「捕まってムショ暮らしになるくらならいっそ全部吹き飛ばしてやらあっ!」

完全に意識を失っていたと思っていたリーダーは、決まりが浅かったのか、そう叫んで立ち上がるなり、革ジャンを左右に広げる。
そこにあったのは、軽く四〇メートルは吹き飛ばせそうな、プラスチック爆弾でできた腹巻きだった。

「わぁ……」

「打たれ強いなぁ……」

そんな言葉を漏らしたのは誰だったか、すぐさま店内は先刻以上のパニックに飲み込まれる。
しかし。

「あははっ!」

信が突然、笑い声を上げる。
人質はもちろん、犯人、それにシャルロットとラウラも静かになって信の顔を見る。
信はイタズラが成功したときの子供のような笑顔を浮かべていた。

「な、なんだ!?なんで笑ってるんだ!?」

犯人は当然全員が怯えた表情を見せると思っていたので、予想外の事態にたじろぎながら大声を出す。

「どうせそんなことだろうと……ああ、いいからいいから。気にせず続けてくれよ。で?それからどうすんの?」

「あぁ!?きっ、決まってんだろ!このスイッチで―――」

上着のポケットに手を突っ込み、荒々しく目的の物を探す。

「……!?」

が、目的の物が出てこない。

「な……!確かこの中に……!」

静まり返った店内のなかで犯人が焦りまくって、恥も外聞もなく至るところを探すが、一向に起爆装置が出てこない。
そんな様子をしばらくニヤニヤして見ていた信が自分のポケットから何かを取り出す。

「さて、これな〜んだ?」

信が右手に握っていたのは、まさしく起爆装置だった。

「!!て、てめぇ!!いつの間に!!」

「最初に殴ったとき」

「かっ、返せ!!」

それを取り返そうと武器も持たずにただ突進してくるリーダー。

「ラウラ、シャル。もう我慢しなくていいぜ?」

「長いぞ」

「待ちくたびれちゃったよ」

ふわっと、ラウラがスカートをなびかせるように足を上げ、その奥にちらりと見えた白い布地に男の視線と意識が奪われ、スピードが遅くなる。
そしてその一瞬の隙に、ラウラは足を振り下ろす。
その踵はテーブルを勢いよく傾け、そこにあった拳銃が宙を舞い、それをシャルロットがラウラの背中を転がるようにして受け取る。
同時に、信も持っていた拳銃のトリガーに指をかける。











ダダダダダンッ!











「「「チェック・メイト」」」

三人がそれぞれ、ぺたりと座りこんで鼻水を垂らすリーダーを睨み付ける。

「まだやる?」

「次はその腕を吹き飛ばす」

「それだけで済めばいいけどな」

ジャキッと三丁の拳銃を突きつけられ、さっきまでの威厳も高圧もなく男は震える声で謝った。

「す、すみっ、すみませんっ!も、もうしまっ、しませんっ。い、命ばかりはお助けをっ………」

その言葉を背中で受け取り、信たちは拳銃を外にいた警官の方に放り投げ、さっさと更衣室へ向かった。
彼らはなにも残さず、すべてをさらっていった。
まるで、一瞬の黒き風のように。






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「あーあ……もう夕方だね」

強盗事件のあと、ラウラとシャルロットは信を連れて残りの買い物を済ませた。
駅前のデパートから出ると、外はもうオレンジ色の光景に変わっていた。

「なんか甘いものでも食べたいなー。とりあえず糖分が欲しい」

「あ、そうだ。それなら向こうの公園に行ってみようよ」

「公園?」

「うん。城址公園。元はお城なんだって」

「ほう。それは興味深いな」

「へぇ〜。ラウラは城に興味があるのか?」

「うむ。日本の城は守りにやすく攻めに難いと聞く。城跡とはいえ、一見の価値はありそうだ」

「……そうですか」

「あはは……とりあえず公園に着いてからクレープ屋さん探そうよ」

「クレープ屋?なぜだ?」

「えっと、休憩時間にお店の人に聞いたんだけど、ここの公園のクレープ屋さんでミックスベリーを食べると幸せになれるっておまじないがあるんだって」

「『オマジナイ』……というのは、日本のオカルトか ?」

「えーっと、ジンクスだよ」

「ああ、験担ぎか」

「……ラウラ、お前は本当に……いや、いいや……」

三人は立ち止まって、早速お店を探す。
しかし、探すまでもなくすぐに見つかった。
おそらくは部活の帰りやお出かけの寄り道なのだろう、 こんな時間帯でも女子高生が局所的に多くいる一角にそのお店はあった。

「あれだね、きっと」

「よっし!行こうぜ!クレープ!甘いもの!糖分!」

「「!!」」

信がラウラとシャルロットの手を握り、ニコニコしながら歩きだす。
女子二人は突然手を握られてドキドキしながら、信に手を引かれて、バン車を改造した移動型店舗であるグレープ店に入る。

「こんちはー!クレープくださーい!ミックスベリーで!」

信がそう言うと、お店の主であろう男性が、人懐っこい顔で頭を下げる。

「あぁーごめんなさい。今日、ミックスベリーは売り切れちゃったんですよ」

「そうです……ああ〜……わかりました」

信がニヤリと男性に笑みを返す。

「シャル、ラウラ、俺が選んでいいか?」

「うん。いいよ」

「私も構わんぞ」

「よっしゃ。じゃあ、イチゴ一つとブドウ二つで」

信がそう言って料金を払うと男性はにっこり笑ってわかりましたと言い、さっそくグレープを作り始める。
数分後、イチゴとブドウが二つずつ、信に手渡された。

「あれ?頼んだのは全部で三つなんですけど……」

「ああ。かわいい彼女たちにサービスですよ。味はイチゴです」

男性は笑顔を絶やさずウィンクをする。
それが変な感じに見えないのは男性の人柄のよさがそうさせているのだろう。

「本当ですか!?やった!ありがとうございます!」

信は本当に嬉しそうにシャルロットとラウラに微笑む。
ラウラとシャルロットはそれに微笑み返し、それから三人は店から少し離れたベンチに腰かけてクレープを手に持つ。
ラウラはブドウ、シャルロットはイチゴ、そして残りの二つが信である。

「いやあ〜ラッキーだな〜。ひとつサービスなんてさ」

「うん。でもミックスベリーが売り切れなのはちょっと残念だったね…………」

「ふっふっふ……そんなことないぞ、シャル」

「え?」

「その通りだ。シャルロット、あのクレープ屋だがな、ミックスベリーはそもそもないぞ」

「え……?えっ?」

「なんだ、ラウラも気付いてたのかよ」

「当然だ」

信とラウラが互いにニヤリと笑う。
シャルロットだけが話題についていけてないようで、頭に『?』となっている。
ラウラがそれを見て、シャルロットに説明を始める。

「『ミックスベリー』など、メニューになかっただろう。それに、厨房にもそれらしい色のソースは見当たらなかった」

「そ、そうなの?気付かなかったよ」

「つまり、ミックスベリーはあの店では完成しないのだ」

「……?どういうこと?」

「このクレープは何味だ?」

「何って、ブドウ……ああっ!?ストロベリーとブルーベリー!?」

「ご名答」

ラウラが得意そうに一口クレープをかじる。

「でっ、でもラウラ!ブルーベリーはブドウじゃないよ!?」

「似たようなものだ。気にすることではない」

「ま、まぁ……そうだけど……そっかぁ……『いつも売り切れのミックスベリー』って、そういうおまじないんだったんだ」

シャルロットはなるほど納得とうんうんと首を縦に何度も動かす。

(つ、つまり、そういうことかぁ……そ、それは確かに、彼氏とミックスベリーを食べたら、幸せだよね……あっ!?)

シャルロットは自分の左手に握られたクレープと信の手に握られたクレープを見て、はっとする。

「ね、ねぇ、信――――」

そこまで言ったときに突然、ラウラが信の持っていたブドウのクレープをカプッと食べた。

「あっ!おい!?何すんだよラウラ!人がおとなしく説明を聞いてやったっていうのに!」

「なら私がクレープを食べた理由もわかるだろう?ミックスベリーとはこういう風に食べるものだからな」

「いやそうだけどさぁ……先に言ってくれよ。突然は驚くじゃないか」

「そうか。すまなかった。じゃあもう一口もらうぞ」

「まあ待て待て。まず俺に食べさせてくれよ。シャルロットもそう思うだろ?」

同意を求めてシャルロットの方を向くと、丁度信のクレープにかぶりついているところだった。

「んっ!?ほ、ほうらへ……」

「……」

もぐもぐと口を動かすシャルロットに気を取られているうちにラウラに逆がわのクレープを再び食べられる。

「お、おい!二人とも待てって!頼むから俺に食べさせてくれ!」

「うむ。いいだろう。ほら、食べるがいい」

グイッとラウラが自分の手に持ったクレープを信の口に突きつける。

「違う!そういう食べさせるじゃ――」

「ら、ラウラばっかりずるいっ!し、信!僕のも!」

シャルロットも負けじとグイグイ信にクレープを差し出している。

「だっ、だから!ま―――」

「「あーん!!」」

「……いただきます」

渋々二人のクレープをひとつ口ずつ食べてミックスベリーを味わう信。
すると疲れたような表情が一変、とても嬉しそうな表情になった。

「おお!うまい!これいいな!」

三人はそれからできるだけ味わってゆっくりクレープを食べた……………つもりだったがあっというまに食べ終わってしまった。

「……あ。もう無くなっちゃったね」

「だな。うますぎるぜ、このクレープ」

「うむ。クレープというのは初めて食べたが気に入った」

「あれ?……あはは。ラウラ、ほっぺにクリームついてるぞ?」

信がそう言って、ラウラの頬についた生クリームをポケットから出したティッシュペーパーでやさしく拭き取る。

「あ、ああ。すまないな」

その様子を見ていたシャルロットは隣で少し小さなため息をつく。
ついつい、自分もラウラみたいにかわいければなぁ、と思ってしまう。

(うう〜……今日はなんだかラウラに先を越されてる気がする………ラウラってかわいいし、信も意識してるのかなぁ………)

もちろん、信の中ではラウラもシャルロットも同じくらいかわいいと思っているし、周りからみたらどちらも甲乙つけがたいかわいさなのだが。
すると信に隣から面白そうに声をかけられた。

「ははっ。シャル、お前もクリームついているぞ?」

「へっ!?」

顔をあげた瞬間、程よい力加減でティッシュペーパーが頬に当てられ、スッとなでるように右の頬を滑った。

「二人とも子供だなぁ」

「しっ、信には言われたくないよっ!」

「お、お前だって子供ではないか!」

二人は恥ずかしさや照れくささで顔を赤くしながら少しだけ反論してみる。
だがニコニコと笑っている信を見ると、ささやかな反抗心も自然と消えてしまう。
それどころかこちらまでなんだか面白くて笑顔になる。

「ふふっ……じゃあそろそろ帰ろっか?」

「そうだな」

「おう」

三人はベンチから立ち上がって、駅へと歩き出す。
ラウラとシャルロットは信の隣を歩きながら、こんな風に幸せな時間がいつまでも続きますようにと思ったのだった。












「はぁ……疲れた……」

俺は廊下を猫背になって歩っていた。
思えばかなり非日常的な日常だった。
プール行ったり買い物したりは普通だと思う。
でもIS同士の喧嘩を止めたり強盗とばったり出くわしたりはかなり異常だ。

「ま、それは抜きにして……」

楽しかった。
それは間違いない。
少し微笑みながら、歩みを早める。
今、俺はラウラとシャルロットの部屋に向かっている。
特に深い理由はないが、ずいぶんと楽しそうに買い物をしていたので一体なにを買ったのか気になったのだ。
それにいっつも俺は遊びに来られる側なので、たまには遊びに行ってやろうと思ったのもある。
まだ就寝時間ではないので、歩き回る間にも女子が各部屋から出てきたりしている。

「あっ!真宮くーん!」

「ええっ!わわわっ……!」

そして廊下を歩くたびに露出度の高い服装の女子が手を振ってきたり、顔を赤くして自分の部屋に駆け込んだりするのだが、それこそもう日常になってしまった。

「わーい。みーやんだー。やっほー」

……が、のほほんさんのキツネの着ぐるみみたいなパジャマにはいつも驚く。
ああいうのってどこで売ってんだ?
ドンキ○ーテか?
ドン○ホーテなのか?
ま、着ぐるみパジャマなんてのほほんさんしか着ないだろうが………。
そこまで考え終わったときに、丁度よく二人の部屋の前についた。
俺はドアをコンコンとノックしてみる。

『……ぁ〜……』

『……いい〜!!こ………一緒に……てみよ!』

部屋の中からシャルの興奮した声が聞こえる。
どうやらノックは聞こえていないらしい。
だが部屋には間違いなくいるので、控えめにドアを開けてみる。

「しつれーしまーす……」

「「にゃぁ〜」」

………目の前に広がる光景が信じられない。
シャルとラウラが猫パジャマを着ていた。
さらに手のポーズと鳴き声つき。
ドアノブに手をかけて唖然としていると、二人と目が合った。

「「……!」」

二人の顔がみるみる赤くなっている。
対して、俺はとても面白いものが見れたので自然と笑顔になる。
のほほんさんにも負けない着ぐるみパジャマだと思うぞ、二人とも。

「「あ……え?……う……」」

シャルとラウラは何か言いたそうに口をぱくぱくと動かすが、そこから出てくるのはまったく意味をなさない音だけだった。
とりあえず面白そうだし、からかってやるか。

「……『にゃぁ〜』」

「「うわぁぁぁぁぁ!!」」




―――――――――――――――――――――――――――
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――――――





「……ぷっ!」

「わっ、笑いすぎ!もう!ノックぐらいしてよねっ!!」





バシッ!(フニッ!)バシッ!(フニッ!)




「いや、したって……ふはっ!」

「い、いつまで笑っているつもりだ!ええい!」





バシッ!(フニッ!)バシッ!(フニッ!)




シャルとラウラがバシバシと俺を叩いてくるが、俺にとっては肉球があたって気持ちいいだけだ。
なんというか、必死で攻撃しているつもりなのがまた愛らしい。
そんなわけで俺はニヤニヤが止まらない。
しばらく叩かれたあと、『もう知らない!』とばかりに頬を膨らませて二人ともそっぽを向いてしまった。

「そんな顔したって俺は困んないもんねー。ほーんと、仔猫みたいでかわいいなーお前ら」

くくっ、とまた笑ってみると、フニッと両側から頬を押された。

「んあ?」

「……ダメだなぁ僕は……また許しちゃってる……」

「……ふん……」

二人とも赤くなった顔を俺から背けて、不満げに口を尖らせながら、ゴニョゴニョと小声で何か言っている。
悔しいようでもあり、嬉しいようでもあり、なんか変な表情だ。
こいつら面白いな。

「ほらほら〜、なんか仔猫らしいことしてみろよ〜」

俺はまったく懲りずにそんな冗談を言ってみる。
すると突然ラウラが俺の右の膝に飛び乗ってきた。
向かい合う形で座られたので、見つめあうような感じになり、ラウラからほんのりとラベンダーのいい香りがしてくる。
予想外の出来事に俺は目が点になった。

「……なにやってんの?」

「しゃ、シャルロットに猫というものは膝の上でおとなしくするものだと言われた」

そう言ってラウラは微動だにしない。
いやまあ、言われれば猫ってそういうイメージはあるが……。
俺が戸惑っていると、俺の左膝にシャルがこれまた向かい合うように座ってきた。
今の状況を端的に伝えると、膝に仔猫二匹。
猫好きだったら大喜びだろう。
そういう俺も猫や犬などの動物は好きだが。

「シャル?」

「ほっ、ほら!僕が言い出したんだし!ラウラにだけさせるのは、ね!?べっ、別にラウラが羨ましかったとか、僕もしたかったとか、ぜ、全然そういうんじゃないから!」

なんか頼んでもないのに凄く必死に説明された。
なんだ?
自分で言っといてだが、本気で猫みたいに振る舞おうとしなくてもよかったんだけど…………。
ほら、冗談だし。
ま、本人たちがやりたいなら止めないけどさ……。
俺はとりあえず二人を眺めていることにした。

「「「……」」」

…………。
…………。

「「「……」」」

…………。
…………。
……なにこれ。
え?
この時間は何?
俺はラウラとシャルにただひたすら見つめられていなければいけないのですか?
しかも膝の上で。
なんか恥ずかしくなってきた。
だからだろうか、何だか顔が暑くなってきた。

「も、もういいか?」

「そっ、そうだね!」

「う、うむ。じゅ、充分だろう」

充分て何?
そんなツッコミを押し殺し、俺は少し笑ってみる。
ラウラとシャルはそさくさと俺の両隣へと座りなおし、うつむいてもじもじとし始めた。
きっと二人も今になって恥ずかしくなったのだろう。
やれやれ。
ならやらなきゃよかったのに。
あ、俺が言ったからか。
俺は二人の頭をポンポンと撫でて、立ち上がる。

「じゃ、俺はこの辺で。おやすみ」

「う、うん。おやすみ、信」

「で、ではまたあとでな」

俺は二人に手を振りながら部屋を出る。
ただ、もう一言だけ言っておくことがあったので、ドアを閉じる前に二人にニッコリと笑って口を開く。

「よく似合ってるぞ、それ」

「あ……う、うん……えへへ、ありがと……」

「ま、まぁ……お前が気に入ったなら……たまには着るとするか……」

「……『にゃあ〜』」

ドアを急いで閉めると、枕が二つ、勢いよくぶつかって跳ね返る音が聞こえた。
しばらくはからかうネタに困らなくていいな。
俺は鼻唄混じりに部屋に戻るのだった。





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