26:何歳だろうと祭はワクワクする
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……箒じゃなくて、例の妹が主役です。
じゃあ前置きなんなんだよ!というツッコミはなしです(笑)
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八月某日。来て欲しくないような、そうでもないような、どっち付かずの日がやって来た。今日は篠ノ之神社の祭の日。箒は半ば憂鬱になりつつ境内へと向かう階段を登る。
(暑い……)
ニュースによるとお昼過ぎが暑さのピークになるらしいが、午前中でも充分暑かった。箒はうっすらと額に流れた汗を手で拭う。
開始時間にはまだ早過ぎるが、今回箒は遊びに来たわけではない。篠ノ之神社で毎年この日に行われる神楽舞い。今年は箒がやることになった。正直一度は断ろうと思ったのだが、小さい頃にお世話になった叔母さんにどうしてもと頼み込まれてしまった。仕方なく、恩返しだと思って返事をしたのはいいものの、子供の頃に見た神楽舞いを思い出すとどうにも自分にはまったく合わないような気がしてしまう。
昔見た神楽舞いは美しい女性が優雅に躍りを披露し、見物客が全員見とれてしまっていた。果たして自分にそんなことができるのか……。
(子供の頃……か)
箒は子供の頃――まだ束がISを開発する前のことを思い出した。あのときは隣に一夏がいた。学校でも、剣道場でも、気付けば近くにいた。祭の出店を二人で回って、もちろん神楽舞いも二人で見た。一夏が『きれーだな』とその躍りに心奪われているのを見て、いつか私も、と思ったこともあった。
だが、実際あの舞台で踊るとなると、どうしても不安になる。 第一の不安はもちろん上手く踊れるかだが、心の片隅には別な不安があった。
(一夏は来てくれるだろうか……)
祭に。綺麗になった、自分を見に。
気付くと階段を登りきり、鳥居をくぐっていた。ふと立ち止まり、右手にある待機状態の赤椿を左手でギュッと掴む。そしてブンブンと首を横に勢いよく振り、その不安をかき消すように両手で頬を叩く。
「いや! 来ない! 来ないぞ! あいつが来るわけないじゃないか! 来たら迷惑なだけだ! うん! 全然ガッカリなどしないし、寂しくもない! そうだ! そうなんだ!」
あまりに盛大な独り言を言ってしまい、周りの屈強な男性たちに驚きの眼差しを向けられる。箒はそれが恥ずかしくて、その場から立ち去ろうと再び歩み始める。
「あ、いたいた。箒ちゃん」
聞き覚えのある柔らかな声に振り向くと、三十代くらいの女性がにっこりとしながら目の前にたたずんでいた。数年ぶりにやっと会えた女性の変わらぬ元気そうな姿を見て安心し、ほーっと息をはく。
「お久しぶりです、雪子叔母さん」
「まあまあ。すっかり美人さんになって。おばさんビックリしちゃったわ」
「雪子叔母さんこそ。昔と変わらず若々しくて驚きました」
お世辞でも嬉しいわ、と雪子叔母さんは口に手を当ててほほほ、と笑う。
「どう? 久しぶりに戻ってきた感想は」
「いや……なんだか、今年もこの季節が来たんだなぁと」
「うふふ。そうよねぇ。月日が流れるのって本当に早いわよね。あーんなに小さかった箒ちゃんが、もうこんなに大きくなって、しかも神楽舞いをやってくれるんだもの」
「そうですね……でも、本当に私などでよかったのでしょうか……」
「なに言ってるの。箒ちゃんだから私は安心して任せられるのよ。踊ってくれるって言ってもらったとき、本当に嬉しかったんだから」
雪子叔母さんは優しげな笑みを浮かべる。本当に昔からこの人は変わらない。若々しい容姿も、柔らかな物腰も。
箒の中の不安は一時的に息を潜め、今までの恩に報いようとする気持ちが大きく膨らんだ。
「お役に立てるなら、嬉しいです」
箒もにっこりと微笑みを返した。
◇
時は少し過ぎて午後五時半。辺りが薄暗くなり、ようやく祭らしい雰囲気が漂ってくる。太鼓や笛の音が鳴り響き、ガヤガヤと人が集まってくる。
そんな流れにのって、とある男子二人組が、ここ篠ノ之神社にやって来た。二人とも涼しげで動きやすそうな服装をしていて、他愛のない雑談をして笑い合ったり、出店を覗き混んだりながら、人の波にしたがってゆっくりとその歩を進める。
ある程度有名である彼らも、その自覚はあまりないようで、顔を隠すような装備は持ち合わせていない。
女尊男卑の世の中でも、カッコいい男子は道行く女子たちの注目の的である。二人の横を通りすぎる浴衣姿の女子たちは興奮気味に騒ぎだす。が、男子二人はそんなことはものともしない。何故なら彼らにとって、女子に騒がれるというのはもう日常化しているのだ。
「で? 弾は来ないのか?」
「いや、なんか叔母さんの説教がどうだとか」
「なにしたんだよ……」
黒いブレスレットをつけた男子は呆れたようにため息をつき、その隣にいる白いガントレットをつけた男子は携帯を開いて時間を確認する。それを見て、ふと気付いたように長身の方の男子が疑問を投げ掛ける。
「ていうか神楽舞いっていうのは何時からなんだ?」
「うーん……知らん」
「お前が知らなくてどうする。子供の頃から来てるんだろ?」
「えっと、花火の前だから……」
「時間的にはそろそろじゃないか? ちょっと急ぐか」
「だな」
二人の姿は人混みに紛れて見えなくなった。
◇
「かーいー……ちょっ!」
「うひゃ!? な、何するのよ!」
「いや、なんかボーッとしてたんで」
悪びれる様子もなく後輩が笑う。
まったく……。
蘭は変な声を出してしまったことを恥ずかしく思いながら周りを気にする。
「どうしたの? さっきっからちょっと変だよ?」
「そーだよー! なんかー、誰かを探してるみたい」
同級生の二人が心配して声をかけてくれる。
現在、蘭は聖マリアンヌ女学園中等部の生徒会メンバーと共に篠ノ之神社の祭りに来ている。兄、つまり弾は夏休みの補習をサボっていたことが母親にばれ、今は家で説教されている。そんな兄を半ば呆れの眼差しで見ながら家を出て、蘭は浴衣姿で祭を堪能しに来ているのだった。
「ははぁん? あれですね? かいちょーは初恋の人でも探してるんですね、わかります」
「え!? マジ!?」
「蘭、白状してよー!」
「ちっ、違うって!」
本当は図星である。
数年前のこの日、丁度今蘭が立っている場所で、弾の紹介で初めて一夏と出会った。
身体中に電撃が走ったのを覚えている。後にも先にも、あれだけ兄に感謝したのはこれきりである。
「「「あーやーしーいーなぁー?」」」
「怪しくない!」
女子三人に囲まれながらも必死で逃げ道を探す蘭。
「あ、あれよ!? ボーッとしてたのは自分を見つめ直すっていうか……」
「おお……深いっす……」
「大丈夫? あんた熱でもあるんじゃない?」
「ら、蘭がおかしくなったー! 戻ってこーい!」
そう。自分でもなんだかおかしいと思う。好きなひとがいるのに、別なひとを好きになるなんて。知らぬまに心のどこかで思ってしまっている。ドキドキが止まらない。あの二人を思い出すだけで、鼓動が早くなる。
あのときからずっとやまないこの思いはまさしく――
「恋ってやつですねぇ……」
「そ、そんなんじゃないってば!」
大事な台詞をとられた気がして、蘭はちょっとだけ腹が立った。
「へー! 誰!? 相手は誰!?」
「出会いは!? いつ!?」
「だ、だからぁ!!」
「一目惚れですか!?」
「んなっ……!?」
三人は『当たり!!』と顔を喜びで歪ませる。しまった、と思ってももう遅い。女子の観察眼はそれこそ最強なのだ。
「ロマンチックですね!」
「いいなぁー! 私もしたいな! 一目惚れ!」
「うん! 羨ましいなぁ」
そんな風に目をキラキラさせて迫る三人組。学校では頼りになるが、一度校外に出ればそこは普通の女子中学生。恋の話には敏感なのである。しかも狙った獲物、いや、狙った話は逃がさない。
それは蘭が自分自身にも当てはまることとして充分知っていた。蘭の中には、二人の男性を同時に好きになる女というものにあまりいいイメージがない。だからこのことは話したくないと思う。
が、だからこそ誰かに話して安心したいという気持ちもある。その気持ちの間で蘭の心がうろうろしていると、後ろから声をかけられた。
「あれ? 蘭じゃん」
その声には聞き覚えがあった。たった一回しか会ったことはないけれど、忘れるはずがなかった。それに、現在進行形でその人のことを考えていたのだから。
「よっ! 元気か?」
「し、ししし、し、信さん!?!?」
「なんだよ。そんなに驚いて」
「い、いや、だだだ、だって……」
「なにオロオロしてんだよ」
それはオロオロもする。一目惚れの相手が突然目の前に現れたのだ。しかも、今日は会えるはずがないと思っていた方の。
「そっちは友達か?」
「は、はい! せ、生徒会のメンバーの………」
「生徒会? 蘭って生徒会の役員なのか?」
「い、一応生徒会長を……」
「生徒会長かぁ〜。どうりでしっかりしてると思った」
「い、いえ、そんな……」
「それにしても浴衣似合うな。雰囲気ぴったりだ」
「あ、ありがとうございますっ!」
蘭が照れて赤くなった顔を信に見せまいと背を向けると、キョトンとしているメンバー三人が目に入った。
信もそれに気付いたらしく、自己紹介をする。
「えっと、初めまして。俺は真宮信っていうんだ。よろしくな」
みんなは深々とお辞儀をしたかと思うと、蘭の赤くなった顔を見て三人がニヤリと笑った。その笑顔にどうしようもなく不安になった蘭は『待って』と言おうとしたが、遅かった。
「真宮さん!!」
「ん? 何?」
「私たちちょーと急用ができちゃってぇ!」
「お先に失礼します!」
「え?」
「み、みんな!? そんなこと聞いて――」
「「「さようなら!」」」
声を揃えてそう言うと、三人はよく浴衣であのスピードが出せるなという早さであっという間に見えなくなった。
あとに残った男女二人はしばらく呆然と立ち尽くし、互いに顔を見合わせて愛想笑いを浮かべた。
「ええっと……なんか、ごめん」
「い、いえ! 全然大丈夫です! 信さんが悪いんじゃなくてあの子達が……あっ、ああ! でも! あの子達が悪い人ってことではなくてですね!?」
あたふたと言葉を並べるが、自分の意思が伝わっているのかわからず、さらにあたふたする負のサイクルに片足を突っ込んでいる蘭がかわいくて、信は思わず笑ってしまった。
「あはは。そっか」
「は、はい! そうです!」
「大丈夫だよ。蘭が気にしてないならそれでいいんだ。焦らなくていいって」
「す、すみません……」
「何で謝ってんだよ」
ポンポンと頭を叩かれると、嬉しく感じるのと同時に、なんだか自分が妙に子供っぽく思えて恥ずかしくなった。
(これじゃダメだ! 頑張れ、私! もう15歳だよ!? 一人の女性として見てもらわなきゃ!)
心のなかでグッと決意を固め、深呼吸をして全力の笑顔を作る。その笑顔は美少女純度100%である。
「えっと、信さんは今日どうしたんですか?」
「一夏と箒に誘われてな。ま、誘われたっていうか、なんというか」
「箒?」
「あれ? 知らないのか? 一夏の幼馴染みの篠ノ之箒」
「ああ。武士とか剣豪とか言ってました。男らしい女だって」
「あいつそんな風に言ってるのかよ。バレたら一刀両断されるぞ」
「ど、どんな人なんですか……」
蘭はできうる限り想像力を働かせるが、まったくわからない。しかも少し考え込んでしまったので、会話が切れてしまった。
(や、ヤバイ。何か、何か話さないと……)
学校のテストのときよりも激しく頭を回転させる。が、まったくいい話題が見つからない。思考がいよいよ空回りし始めた頃、信が口を開いた。
「っと、じゃあ……」
「は、はい!」
「一緒に行く?」
「え!? い、いいんですか!?」
「当たり前だろ? ああ、もちろん蘭が嫌なら――」
「行きます行きます! 嫌なわけないです! むしろ光栄です!」
やった! 一夏さんとは何年か知り合いだけど、信さんについてはなんにも知らなくて困ってたから、これは幸運! 神様がくれたチャンス! お近付きになる絶好の機会!
思わず万歳して跳びはねそうになりながらも、蘭はその気持ちを抑える。
「じゃあ何から行こうか?」
「そ、そうですね……信さんにお任せします」
「そうか? じゃあ……金魚すくいで。一度やってみたかったんだよね〜」
にっこりと笑った信は蘭の目にキラキラと光輝いて見えた。もちろん、笑っても笑わなくても、蘭にとっては輝いて見えるのだが。
そして、屋台が並ぶ大通りに二人で出ながら、蘭はふと思った。
(私ってどっちがどれくらい好きなんだろ……)
一夏さんと信さん。二人ともかっこよくて、とっても優しい。
じゃあ自分がより好きな方は? やっぱり、最初に好きになった一夏さんなのかな?
そんなことを悩みながら歩いていたので、信から少しずつ距離が開いてしまい、人混みにその姿がチラチラと隠れ始めた。
そのことに気付いた蘭は慌てて駆け出し、そしてすれ違いざまに人にぶつかってしまった。
「イテっ!」
「あ! す、すみません」
「オイオイ、どこ見て歩いてんだぁ?」
しかも運の悪いことに、いかにもな不良。髪は金髪のオールバック、サングラスを着け、暑さなど関係ないように背中に竜の刺繍が施されたジャケットを着ている。体型は少し太めで、顔は漫画やドラマで俳優が演じる不良には程遠い。蘭は蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
「あ〜あ。ヤベェなぁ。肩折れちまったかもなぁ。ああ、いてぇいてぇ」
と言ってもまったく痛そうでない風に肩を回す。
蘭は周りをちらっと見るが、道行く人たちはこちらを見ないようにしている。本能的にヤバイと感じ、冷や汗を垂らしつつ何とか言葉を絞り出す。
「ほ、本当にすみませんでした……私、急いでるので……」
「オイオイ。そりゃあねぇんじゃねぇの? そうだなぁ……申し訳ねぇって思うんなら、ちょーとだけ俺と遊んでくれや」
不良が蘭の手をぐいっと握って薄ら笑いを浮かべつつ迫ってくる。泣きそうになりながら、でも恐怖で大声も出せず、蘭は必死に抵抗する。
「やめ、やめてっ……お願いっ……!」
「いいじゃねぇか。悪いようには――」
「おい」
「あぁ?」
肩を捕まれたのを感じ、不良が振り返る。
「その子から離れろ」
「し、信さん……」
「アァン? 誰だよ?」
「ごめん、蘭。一人にしちゃって」
「オイオイ無視すんなや。大体よぉ、野次馬が首突っ込んでんじゃあねぇ……よっ!」
蘭から手を離し、いきなり信に殴りかかるヤンキー。しかしその拳は空を裂き、気付いたときには世界が逆さまになっていた。彼の背中に走る鋭い痛みが、投げ飛ばされたという事実を伝えていた。
不良がそれを認識するのにしばらくかかっているうちに、信が何事もなかったかのように蘭の側に駆け寄る。
「大丈夫か? 怪我は?」
信の声と顔を見て安堵してしまい、堪えていた涙が蘭の目からこぼれ落ちる。口をついて出てきた言葉は、とても子供っぽかった。蘭は無意識のうちに信に飛び付いて、その胸に顔を埋めて背中に手を回していた。
「あ、え!?」
「こ、怖かったよぉ……!」
押し出すようにそれだけ言ったあと、蘭は静かに肩を震わせながら泣き出した。
信は最初こそ戸惑ったものの、自分の腕の中で小刻みに震えている少女を、優しく抱き締め返した。
「……そうだよな。ごめんな。もう大丈夫だから」
「ちっ! あーあ、なんか萎えた! もともとそんな女興味ねぇしなぁ!」
不良は捨て台詞を吐いて人混みへと逃げ込むよう消え、しばらくざわざわとしていた野次馬も数秒で流れていった。
「蘭?」
「ひっく……うええ……」
「ほら、俺はここにいるから。大丈夫、大丈夫……」
信になだめられながら、蘭は近くのベンチに座った。十数分過ぎてようやく落ち着いてきて、涙も止まった。その間中ずっと、蘭は力強く、優しい腕の中にいた。
「どう?」
「す、すみませんでした……」
「蘭は全然悪くないよ。俺が悪かったんだ」
「そんな……信さんには助けてもらいましたし……」
蘭は鼻をすすりながらかぶりを降る。
うう……何やってるんだろ。迷惑かけて、醜態さらして……嫌われちゃったかな……。
蘭はため息をつく。
そんな様子を見て、信はちょっと微笑んだ。
「でもさぁ、今時あんなやついるのかよ。天然記念物だよな。この暑いなかあーんな派手で厚地のジャケット着て。おまけにサングラスだぜ? なんでサングラスだよ! 日昼かって!」
信は立ち上がり、大きな身ぶり手振りで一人ツッコミをいれている。
「ていうかさ、自分が蘭と釣り合うとでも思ったのかよ? 『鏡見ろや!』って感じだよな。あ、サングラスかけてて見にくかったのか。醜いだけにね!」
「……」
「……なんか最近一夏のギャグセンスが移っちゃって……自分でも何とかしたいんだけど……」
「……ふふっ」
勝手にツッコんでボケて、結局自分で落ち込んでる信がなんだか急におかしく思えて、笑い声が出る。
それを聞いた信は、座っている蘭の前に立ち、そしてしゃがんで目を合わせる。
「元気出たか?」
「はい! もう平気です!」
精一杯の笑顔で答えた。
すると、信はまた微笑み、蘭の頭を数回撫でて静かに言った。
「やっぱり、俺は蘭の笑った顔が好きだよ」
「……へ!? は、はい!?」
聞き間違いだろうか。いや、確かに好きって……。
鼓動が早鐘を打ち、真っ直ぐに自分を見つめる瞳に吸い込まれてしまいそうになる。
信はもう一度微笑み、すっと右手を蘭に差し出す。
「さ、行こうか」
「えっ……?」
目の前に差し出された手と、信の顔を交互に見る。
「今日はもう二度と離さないからな」
蘭の心臓が一際大きく跳ねた。その時だけ、世界がこの場を中心に動いている気がした。
「……絶対ですよ?」
信は照れくさそうに笑った。自分が言ったことに対しての恥ずかしがってるのか、蘭のイタズラっぽい笑顔にドキドキしているのか、それは信しかわからない。
蘭は顔を赤くしながら出された手を握り、信はそれを握り返す。
その時に、蘭は答えを出した。どっちがどれくらい好きかなんて、悩む必要は無い。好きに先も後も関係ない。
ただ、好き。
それだけわかっていれば、充分なんだ。少なくとも、今は。
ちょっとだけ勇気が湧いた蘭は手を繋いだまま、信の腕にそっと体を寄せてみる。
「え?」
「離さないため、です」
「そ、そう……か。わかった」
頬を赤くした信の横顔を見て、蘭はなんだか嬉しくなった。少なくとも、自分を女性として意識しているということだから。体が密着して恥ずかしいという気持ちより、信と一緒にいられることが嬉しかった。
しばらくそんな幸せな気持ちで歩くと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「だからだな。お前は構え方がおかしいんだって。腕を真っ直ぐにしてだな――」
「あ、一夏と箒」
「「あ」」
ぽん、と放たれたコルクの弾は的はずれな方向へ飛んでいき、地に落ちてコロコロと転がった。
「あ〜あ、もったいない」
「お、お前のせいだろ!」
信がニヤニヤとしながら蘭の知らない女子に話しかけている。
髪は長く、薄い青色の浴衣がとても似合っている。モデルみたいな美人の女の人だった。
「まず銃だからダメなのだ! 弓なら必中だ!」
「いや、商品壊れるから。まぁまぁ落ち着けよ」
その上一夏とも知り合いっぽいとなれば、二人に恋する乙女は気が気ではない。
「あ、あの!」
「あれ? おお〜、蘭。来てたのか」
「は、はい! えっと……」
「お、悪い。こいつは篠ノ之箒。俺のファースト幼馴染み。前に話したよな?」
蘭は少し頭を下げ、それに続いて箒が頭を下げる。
「んで、箒。こっちは――」
「五反田蘭。一夏の友達の妹で、生徒会長だ」
「俺のセリフ……」
一夏の代わりに信が蘭を紹介する。
(ちなみに蘭、箒はお前の恋のライバルだぜ?)
「!!」
「信? 何か余計なこと言わなかったか?」
「別に。ただ知る権利はあるんじゃないかと思ってな。そんな怖い顔すんなよ、箒」
むむむっと難しい表情を浮かべる箒と警戒心丸出しの蘭。男子たちはそんな二人の様子に気付かない。
「ところで神楽舞いは?」
「もう終わったぞ。今更だな」
「ええー!? 箒の晴れ舞台、見たかったな〜」
「まさに巫女って感じだったんだぞ。スッゲー似合ってたのに。もったいないことしたな、信」
「ああ。残念だー。ほんっと、残念だー」
ニヤニヤと信は箒を見る。その目は完全に『一夏に見せられて良かったね(笑)』と語っていた。
それに気付いた箒は顔を真っ赤にして怒り出す。
「う、うるさい! だ、大体! なぜお前たちがここにいるのだ!」
「あれ箒さん? この前の電話のこと話しちゃいますよ〜?」
「うぐっ……!」
「なぁ聞いてくれよ、一夏、蘭。こいつさぁ――」
「お、おいっ! やめろぉ! やめてくれぇ!」
「ハハハ、ソレハデキナイソウダンデスネー、ホウキサン」
「その辺な話し方もやめろぉ!」
「ん、んんっ……! ごほん。『いっ、一夏が祭りに来るか聞いてほしい……!』」
「うあー!! あー! うあー!!」
「『その、わ、私だって少しは女らしいところを一夏に見せ――」
「うあぁぁぁぁ!? そっ、そこに直れ! 一刀両断してくれるわぁぁぁぁ!!」
箒と信がそんなやり取りをしている横では、一夏と蘭が互いの近況報告をしていた。
「そっか、蘭も中三かあ。いつの間にかすっかり大きくなったんだなぁ」
「そ、そうですね……もう大人というか、なんというか」
「そうだよな。蘭は随分大人になったよな。それに比べて弾は……」
「あんまり変わってないかもしれませんね。お恥ずかしいですが」
「ま、弾がいきなり勉強できるようになったりしたら逆に怖いからいいけど」
「ふふふっ。ですね。逆に頭おかしくなったってみんな騒ぐと思います」
「もともとおかしいのにな」
「はい」
一夏と蘭は互いに笑い合う。
すると屋台の主人がしびれを切らしたらしく、四人に聞こえるようバチンと大きな音をたてて手を鳴らす。
「で? 兄ちゃんたちはもう一回やるかい? そっちの背の高い兄ちゃんは?」
「あ、すいません。箒、どうする? 俺はやるけど」
両手に作った手刀を信に受け止められている状態で、箒が一夏をきっと睨み付ける。
「こっ、このままで終われるわけがないだろう! もう一度だ!」
「俺もやろうかな……ほら、箒終わり。一旦休戦、どうどう……蘭は?」
「じゃ、じゃあ私も」
一夏と信がそれぞれ箒と蘭の分を払い、四つの銃と、一人五つで合計二十個の弾を受け取る。
「がっはっはっ! 青春してるねぇ! まぁ若いときの俺には負けるがね!」
「そりゃ当たり前ですよ。大将ぐらい男前ならモテモテでしょ。よっ!この色男!」
「おっ! なんだ背の高い兄ちゃん! 話がわかるじゃねぇか!嬉しいねぇ!」
「でしょ〜! だから少しおまけを……」
「残念だな! 俺以外のモテる男にはまけられねぇな!」
「あれ!? 仕方ないな……」
信が苦笑しながら三人に銃を回し、一夏が弾をみんなに回す。射的屋を一時的に占領した四人はそれぞれ弾を銃に詰める。
「箒、次は当てろよ?」
「あ、当たり前だ! 一夏こそ外していたではないか!」
「俺は一発しか撃ってないけど……あとは全部お前にあげたじゃないか」
「てことは九回やって全外しかよ」
「次は当てる! 絶対!」
自分に言い聞かせるようにして箒は一発目を発射する。ぽんっ、という小気味のよい音が響き、弾丸は的と的の間を通って下に落ちた。
信は箒の悔しそうな顔を見て笑いそうになりながら、蘭の様子を確認する。
「う……ん……あっ……」
未だに弾詰めで四苦八苦している蘭は、信の視線に気付いて顔を赤くした。
「もしかして苦手なのか?」
「い、いえ! これさえできれば……あとは……」
「本当か〜?」
ニヤニヤ。
「できるったらできるますっ!」
「じゃ、俺がそこだけやってやるよ」
蘭から銃を受け取り、数秒で準備を終わらせた信は再び銃を返す。
「ほら」
「は、はい……」
「本当は苦手だろ?」
「で、できますって!」
「嘘つけ。顔に『助けてください』って書いてあるぞ?」
信が蘭にニヤニヤとした笑顔を向けていると、その横から一夏が顔を出した。ちなみに一夏は残弾をすべて箒にあげてしまい、結局ただ見てる人と変わらなくなっている。
一方箒はというと、ちょうど合計六発目を外して地団駄を踏んでいるところだった。
「蘭、こいつに隠し事は無理だぞ。詳しい説明はしないけど、多分蘭が今考えてることはお見通しだ」
「ほ、本当ですか!?」
「一夏、言い過ぎだって」
信は肩をすくめてそんなことを言うが、蘭としては一夏に賛成である。ということは、射的があまり得意じゃないのに強がってたことがお見通しなのだろうか。
「ん?」
信が浮かべた笑みが、その予想が大方あっていることを蘭に思いっきり語っていた。恥ずかしくなってうつむきながら、信に銃を差し出す。
「あ、あの……わ、私、やっぱり今日は調子がよくないみたいで、ですね……その……で、できれば教えてほしい、なー……なんて……」
「今日『は』ってことはいつもはできるんだろ? ならやり方はわかってるはずだから、教えなくても大丈夫なんじゃないか?」
「う……し、信さんって案外意地悪ですね……」
「蘭って案外素直じゃないな」
蘭の精一杯の抵抗も、信にはまったく通じてないようで、ますます笑顔を広げさせただけだった。蘭はとうとう心のなかで白旗を上げた。
「実はわ、私、射的ってどうしても苦手で……だから、その……教えてください……」
「おう。任せとけ」
コクリと頷いた蘭は早速銃口を適当な的に向ける。信は蘭の後ろからそっと腕を支え、できる限り分かりやすく指導を試みる。
「腕は真っ直ぐで……そう。肩の力を抜いて、できるだけ楽に……それから――」
もっとも、どんなに分かりやすい説明をしたとしても、意中の相手に体を触られて顔を真っ赤にしている十代の乙女の耳にはまったく入らないのだが。
(ち、近い! 近いよー! うわわっ! 私今真っ赤だよね!? うう〜……)
「――でオッケー。よし、じゃあ一発撃ってみようぜ」
「……」
「蘭?」
「ひゃあ!? す、すみません!」
「どうした? 緊張……はしてないよな?」
「えっと……ですね……」
どうごまかしていいか言葉が見付からず、視線を泳がせる。すると左で自分と同じように一夏に教えられている箒を見つけた。丁度その時、箒が放った弾がようやく的を倒した。
「お! ぬいぐるみか……よかったじゃないか、箒」
「……隣のだるまの方がよかったのだが……」
二人がクッションサイズのペンギンのぬいぐるみを獲得し、周りから歓声が上がった。
信もそれを見て、『ああ〜』と合点のいったような声を出す。
(そっか。一夏の方がよかったよな)
(い、いえ!! 思いの外箒さんが羨ましく見えないなと……)
(ん? どういうことだ?)
(え!? えっと……)
まさかここで『信さんも好きだからです』と言うわけにもいかず、言い淀んでしまう。その上、耳元で話しかけられるほどの距離に信がいるのだ。うまく話題を変える方法を考えるほど、蘭の思考は冷静さを保っていなかった。
そんな蘭に気を使ったのか、信は優しく微笑んだ。
「いよっし。蘭、あとは引き金を引くだけだ。大将に当てんなよ?」
「あ、当てませんよ!」
その瞬間、語調がやや強くなってしまった反動で、蘭は思わず引き金を引いてしまった。狙った的の隣に飛んでいった弾丸は、少し大きめの消しゴムぐらいの鈍く光る的に当たった。
べしっ! ――パタン。
「「あ」」
蘭と信の間の抜けた声と同時に倒れた鉄の札。数秒間店主が固まり、そして大きく目を見開いた。
「そ、その鉄の札を倒すとは……! え、液晶テレビ当たり〜〜っ!」
「え? えっ? え……?」
「お、お? おお〜〜っ! 蘭! すげえ!」
カランカランという鈴の音に道行く人が立ち止まり、何事かと射的屋に視線を送る。一夏や箒などはパチパチと手を叩いて盛り上がっていた。
「す、すごいな……」
「ああ。狙った上にゲットしてるし」
拍手の輪は徐々に広がり、蘭は取り敢えず愛想笑いを浮かべて軽く頭を下げる。
「がっはっはっ! 赤字だ赤字! ちくしょう! 持ってけ〜!」
「ど、どうも……」
「俺が持とうか?」
「あ、じゃあ……お願いします」
信が液晶テレビを受け取り、蘭に耳打ちする。
(狙った?)
(そ、そんなわけないじゃないですか!)
(だよな)
くくっと信が笑っていると、蘭もつられて笑ってしまった。
今日は来てよかった。結果オーライかな。
蘭は一夏と箒と、そして信の笑顔を見てそう思った。
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ということでね、はい。
無理矢理がモットーですので、蘭も信側に無理矢理取り込みまっせ。
……たぶん^_^;