小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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29:タイムセールやポイントが倍になる日のスーパーは戦場

今年の投稿はこれで終わり。
みなさん来年もよいお年を!

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「んで? 何しよっか?」

 ズルズルとそばをすすりながら、信が全員を見渡す。
 あまりにも予想外の人数が集中したため、昼食はそばの出前を頼んだ。異なるものを頼むのも面倒だったので、みんなざるそば決定で注文し、現在そばつゆをつけて美味しくいただいている。

「人数多いからなぁ……」

「てかなんでみんな今日来たの?」

 一夏が少し考え込んでいる間に、信がかねてから疑問だったことをみんなに聞いてみる。

「私はお前と一夏がしていた教官の話を聞いてな」

 最初に返事をしたのはラウラだった。

「と、言うと……グラウンド50周のやつ? あれは一夏のせいでひどい目にあった」

「えぇ!? 俺のせいかよ!?」

「その時に嫁が言った言葉から推測したのだ。金曜は掃除で忙しいから相手をしてくれないだろうと。さらに、通常なら日曜に来るところをあえて土曜に来ることで嫁とゆっくりできると思ったのだ」

(((同じく……)))

 何も特別なことはしていないとでも言いたそうなラウラの横で、シャルロット、セシリア、鈴は自分を密かに恥じるのだった。

「ふーん……ラウラ以外は?」

「え!? ぼ、僕は……たっ、たまたま! たまたまだよ! 本当だよ!?」

「わ、わたくしは、あれですわ。ぐ、偶然ですわ。ええ、偶然ですとも」

「あたしは、け、今朝になって暇になったのよ! 悪い!?」

「俺は連絡したし」

「一夏に付いてきたらこうなった」

 人それぞれいろんな理由があるんだなぁ、と信は思う。一夏と箒、ラウラ以外の三人は明らかに何か隠しているが、それにも理由があるのだろうと、無闇に聞き出そうとはしなかった。
 しばらくしてそばを食べ終えると、食器を洗うために信が立ち上がる。

「ごちそうさまでした。さて、洗うか……」

「あっ、僕手伝うよ」

「え? いいのか? じゃ頼むわ」

「うん! 任せて♪」

 嬉しそうにニッコリ笑ったシャルロットに言い知れぬ危機感を覚えた鈴とセシリアは、勢いよく立ち上がる。

「あ、あたしも! あたしも手伝う!」

「わたくしも! な、何をいたしましょうか!?」

「お、おう……じゃあテーブルを――ってラウラがやってるし……」

 信の目線の先には、置いてあった布巾でテーブルをせっせと拭くラウラの姿が。
 ふと、ラウラが顔を上げる。

(ふっ……遅いな)

 浮かべた微笑にはそんな文字が書いてあった気がした。

「二人は休んでていいよ。気持ちだけもらっとく。ありがとな」

「う、うん……」

「し、仕方ないですわね……」

 信に笑顔でお礼を言われると言い返すこともできず、大人しくそのまま垂直に腰を下ろすのだった。

「あれ? そういえば、箒が俺の家に来た理由ってなんだ?」

「う、うん!? そ、それはだな……」

 一夏の問いに、箒が答えに困って視線を泳がすと、奥でその様子を見ながらニヤニヤとしている信と目が合う。
 思いっきり『なんだその目は!』と叫ぼうとしたが、そのときちょうど暇を持て余していた鈴とセシリアが助け船を出した。

「一夏……あんたってほんっとーにわかってないわね……」

「まったくですわ。空気を読むべきですわね」

「な、何だよ……じゃあ聞かないことにする」

「そ、そうか? それは助かる……」

 そんなやり取りを一通りニヤニヤして見たあと、信は手元の皿洗いの仕事に戻る。料理をするために台所に立ったことは無いに等しいが、流石に皿洗いくらいなら母親の手伝いでしたことがある。
 無言で作業するのも寂しいので、信はおもむろにシャルロットに話しかけてみる。

「シャルってさ、こういう家事とか得意そうだよな」

「うん。それなりにね」

「へ〜。やっぱりシャルはいいお嫁さんになるな」

「えっ!? そ、そう……? 僕なんかでも、その、お、お嫁さんに……なれる、かな?」

「あったりまえだろ。あ〜あ、シャルがお嫁さんか〜。いいな〜」

(じゃ、じゃあ僕と、けっ、結婚しちゃう? な、なんて……ふふっ……)

 シャルロットはそんな妄想で顔を赤くしながら、せっせと食器を洗っていく。
 やたら楽しそうに皿洗いをこなすシャルロットのおかげで、思ったより短時間で作業を終えることができた。

「シャル、ありがとな。ラウラもテーブル拭きご苦労さま」

「うん!」

「これくらいは雑作もないことだ」

「さ、何する?」

「やっぱりこれでしょ!」

 鈴はサッと右手に長方形の物体をテーブルに置く。

「お、トランプ? 鈴、用意いいな〜」

「ふふん! まあね〜」

 腰に手を当てて偉そうに胸をはる鈴。はる程の胸も無いくせに、と思ってはいけない。親しき仲にも礼儀あり、だ。

「よっし! じゃあ大富豪にしようぜ!」

 一夏の意見にみな特に反論もなかったので、最もポピュラーと言ってもいいトランプゲームである大富豪をすることになった。
 七人のなかでも一夏は抜きん出て闘志を燃やす。

「臨海学校の時の恨み! 晴らさせてもらうぜ!」

「一夏はずっと平民以下をウロウロしてからな。しかもどちらかと言えば大貧民寄り」

「信! 言ってはならないことを……! 見てろよ!」

 男子二人がそんな会話をしているなか、鈴がさっさとカードを配ってしまう。

「ほら、配ったわよ。次からは大貧民の人が配ること。いいわね?」

「よし、じゃあハートの3からな。順番は時計回りで」

 一夏がペタリとテーブルに3のシングルカードを置く。ちなみに順番は一夏→信→鈴→セシリア→シャルロット→ラウラ→箒である。

「8」

「ああっ! いきなり8切り!? 取り消しなさいよ!」

「それは無理だな〜」

「くぅ〜!! 腹立つ〜!!」

 鈴が座ったまま地団駄を踏む。
 そんな様子を横目で見ながら、信は手札からカードを四枚引き抜く。

「キングで革命」

「なっ!?」

「えっ!?」

「あっ!?」

「むっ!?」

「うっ!?」

「チクショー!」

 全員が自分の手札を急いで確認し、パワーバランスの逆転を素早く把握する。 その後、みな『パス……』と悔しげな表情で告げる。

「じゃ、クイーンのダブルで上がり」

 信、終了。

「ぬあぁぁぁぁー!!! なんで信はそんな手札が来るんだよぉー!!」

「い、一夏! 耐えろ!! チャンスはまたやってくる!!」

「鈴さんの配り方が悪いのではなくて!? わたくしなどひどい有り様ですわ!!」

「そんなわけないでしょ!! そんなに配り係やりたいならお望み通り大貧民にしてあげるわ!!」

「くっ……私に……私にジョーカーがあればっ……!」

「み、みんな落ち着こう!? ねっ!? ま、まだ続いてるんだから!」

 信以外の悲痛な叫びがこだまし、 一気にドワッと騒がしくなる室内。気を取り直して再びスタートするまで数分かかった。

 しばらくして……。

「9!」

「……パス」

「やりましたわ! 10であがりです!」

「あ〜また大貧民だ〜!」

 ということで、結果発表。


――――――――――――――――――


 1:信(大富豪)
 2:シャルロット(富豪)
 3:鈴(平民)
 4:ラウラ(平民)
 5:箒(平民)
 6:セシリア(貧民)
 7:一夏(大貧民)


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 一夏は期待を裏切らない好スタートを切ったので、配り係に就任されることとなった。カードを整理して、よくきって混ぜる。これでもかときった後手際よくトランプを配り、全員にカードが渡り次第お約束のカード交換。

「うげっ! こ、こんなときに……」

「悪いな一夏。ありがたくいただくぜ!」

「はい、シャルロットさん」

「うん。ありがと、セシリア」

 そして再びゲームスタート。
 ハートの3は箒。

「3のダブルカードだ」

「6のダブルカード!」

「うーん……」

 ここで珍しく信が悩んだので、全員が少しほっとする。今回はあまり手札がよくないみたいだ、と。

「じゃあ、ジョーカーのダブル」

 悲しいかな、二度目の悲痛な叫びが部屋に響くのだった。



――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――――



「ん? あ、もう5時か」

「あれ? 本当だ」

「そういえば、みんな時間大丈夫なのか? あ、でもシャルは準備万た――」

「うわああああぁぁぁぁ! し、信!? だ、ダメ!」

「冗談だって。で? みんなは?」

 信はみんなに尋ねる。みんなそろそろ大富豪にも飽きてきているので、答えはすぐに返ってきた。

「もう……僕は平気だよ」

「あたしも!」

「わたくしも問題ありませんわ」

「愚問だな」

「特に予定もないし、大丈夫だ」

「俺もまだまだ余裕だぞ」

「じゃあこの際だから夕飯も食ってくか? また出前とかになっちゃうけど……」

 信が少し考え込んだあと、指を立てて提案する。
 すると箒が口を開いた。

「それなら私が腕をふるおう。なに、せめてものお礼だ」

「え? 作ってくれるのか?」

 信の顔が喜びに輝いたのを見て、バッと鈴が勢いよく立ち上がる。
 これはチャンス、とばかりに。

「それなら、あたしもお礼に料理する!」

「じゃ、じゃあ僕も手伝おうかな……」

「私も加わろう」

 鈴の言葉に続いてシャルロット、ラウラも夕食の作成に名乗りをあげる。
 と、なれば当然ながら。

「仕方ありませんわね。ここはこのわたくしも参加いたしますわ!」

 そう。セシリア・オルコットだって出てくるわけで。
 六人は冷や汗を流す。

「そ、そうか? あ〜……あっ! な、なら、ほら! 一夏を助手として使ってくれよ!」

「え!? 俺!?」

 すかさず信が一夏の肩に手をまわし、全員に背を向けながら耳元で必死に説明する。

(おまっ……! セシリアだぞ!? 一人でやらせたらすごいことになるに決まってるだろ!)

(わ、わかるって! だけど俺にどうしろと!?)

(それはお前の腕の見せ所だろうが!)

(無理だろ! セシリア大富豪だから! 現実生活で大富豪だから! 平民の俺とは違うんだよ!)

(一夏はずっと大貧民だっただろ!)

(それはトランプでの話だっつーの! 現実では平民の鏡だ!)

「信さん? 一夏さん?」

 セシリアは不思議そうに二人に声をかける。別に驚くような大声をあげてはいないのだが、なぜだか大きく飛び上がった二人を見て、ますます首をかしげる。

「な、何でもない! で、せ、セシリア! 不出来なやつですが一夏をお願いいたします!」

「ええ。では一夏さんにわたくしの助手をお願いいたしますわ」

「え!? あ、う、うん! お、お願いします!!」

 深々と頭を下げる男子二人に、堂々とした立ち振舞いの女子。まさに女尊男卑の構図である。

「でも食材は?」

「えっと……」

 信が冷蔵庫へと確認に向かう。その後ろをなんとなくついていく客人たち。
 そして、冷蔵庫の扉を片っ端から開ける信の背中からその中を覗く。


 〜冷蔵庫の中身〜

 ・麦茶
 ・ゴリゴリくん(ソーダ味)×8


「……です」

「少なっ!? なんでゴリゴリくんだけそんなにあるんだよ!」

「う、うるせー! 夏と言ったらこれに決まりだろ! 夏場にたくさん買って小さな幸せを噛み締めるのが定石だろ!」

「何にしてもこれでは料理が作れないな……」

「あ、こっちにソースがあったわ」

「見ろ。こちらの棚には塩と砂糖があるぞ」

「あら? 上の棚にはケチャップがありますわ」

「み、みんな〜…勝手に開けちゃダメだよ〜……」

 ということで食材がないことが判明。いそいで買い出しに行くことになった。

「あ、支払いは信の自腹で」

「えっ」


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 真宮家はいわゆる閑静な住宅街というものの一角に位置しており、それなりに駅やコンビニなども近くにある。
 街路樹の葉がポツポツと点灯し始めた街灯の光をまばらに遮り、無数の小さな影が道に落ちる。
 信たちはそこを二列になって歩き、スーパーへと向かう。

「鈴、今日は酢豚か?」

「なに? あたしが酢豚しか作れないと思ってんの?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

「甘いわよ! あたしの実力見せてあげる!」

「ああ。楽しみにしてる」

「う、うん! 頑張るから!」

 鈴が突然見せられた笑顔にドキドキしていると、後ろのラウラがぐいっと信の横に無理やり出てくる。

「嫁、私の料理も期待するがいい。さっき私の部下に特製レシピを送ってもらったしな」

「ラウラ、それは例のクラリッサさんですかね?」

「なぜわかった?」

「いや、もういいや……とにかくラウラが作る料理、食ってみたいな」

「う、うむ。任せておけ」

(何で赤くなってるんだ……『私が料理だ』とか言わないよな……)

 一抹の不安を覚えていると、今度はセシリアが鈴と場所を変わっていた。

「信さん、わたくしの料理のお味、覚えていらっしゃいますか?」

「あ、ああ! もちろんじゃないか!」

「そ、そうですか?」

「一度食べたら忘れられないって! うん!」

「では今日も腕によりをかけて皆さんが驚くような料理を作って差し上げますわ!」

(一夏! 頼んだ!)

(や、やれるだけやってみる!)

 男子二人がそんなアイコンタクトを短く交わす。
 セシリアは鼻唄を歌うほど機嫌が良くなったが、果たしてそれが良いのか悪いのか、判断に困るところである。

「ほ、箒は? なんか得意料理があるのか?」

「私か? 和食なら自信があるぞ」

「流石だな。お母さんとかに習ったのか?」

「うむ」

「そっか。和食って作るの大変そうだよな」

「うむ」

「……是非一夏に食べてもらいたいね」

「うむ……って! な、何を言わせるのだ!!」

「箒の本心」

「そ、そんなこと思っていない!」

「嘘つけ」

「う、うるさい!」

「あはは。ごめんごめん」

 信は箒をちょっとだけからかってみたりする。
 相変わらずからかいがいのあるやつだ、と信が思っていると、今度はシャルロットが話しかけてきた。

「ねぇ、信。信はどんな料理が好き? 僕、せっかくだから信の好きな料理を作ってあげたいんだけど……」

「好きな料理? そりゃもちろんカ――」

「カレー、以外ね。たまには違うの食べようよ」

「シャルに先回りされた……」

「それで? 何が好き?」

「うーん……何でも好きだな。嫌いなものとか無いし」

「そうなの?」

「ていうかシャルの料理だったら何でも食べるって」

「そ、そう? う、嬉しいな……えへへ」

 シャルロットは頬を朱に染める。どうやら照れているようで、自分の両手をもじもじと組んでいる。
 こんな大人数でいると、どんな時間もあっという間に過ぎるわけで、気付いたらスーパーの入り口をくぐっていた。入り口でカートを取り、その上にかごを乗せる。
 店内は広く、あまり混んでいなかったので、七人が多少固まって歩いても邪魔にはなりそうにない。
 信は昨日ポストに入っていたチラシの内容をおぼえていたので、タイムセールが三時から五時まで行われていたことは知っていた。
 だからだろう、入ってくる人より買い物袋を下げて出ていく人の方が多く見られた。そんな観察をしているうちに、かごの中には食材がどんどん放り込まれていく。

「えっと、豚肉豚肉……」

「コンニャクが必要だな」

「鶏肉はどこかな?」

「魚は買ったから、あとは……」

「赤色、赤色……」

 なぜセシリアは色で食材を探しているのか、すでに疑問が浮かぶ信であったが、あまり深く考えすぎると目眩がしそうだったのでやめた。その他の女子は真面目に選んでくれていたので、正直ほっとした。

「ふふっ。学校じゃ滅多に料理なんか作らないから、なんだかこういうのも新鮮でいいよね」

「ふむ……この店のじゃがいもの品揃えには恐れ入るな」

「セシリア……あんたそれ何に使うのよ……」

「秘密でしてよ♪」

「あと味醂が必要だな。ああ、あったあった」

 みんな心なしか生き生きしている。そんな様子を微笑ましく見ていると、一夏が隣に来た。

「なんか楽しそうだな」

「ん? そうだな。あいつらも女の子だし、料理するのが楽しみなんだろ」

「いや、お前が」

「俺? そりゃ楽しいだろ」

「そっか」

 二人で笑顔になりながら、ゆっくりと歩を進めていく。
 途中男子二人は新発売のゴリゴリくんサイダー味を見つけ、同時に『ソーダ味と何が違うんだよ』とか思いつつ二本かごに入れたりしていると、女子たちの買い物も終わったので、みんなで会計へと向かう。
 いざ見てみると、わりと真面目そうな食材が入っていたのでなんとかなったかと思ったのだが、レジを通してみるとたまにとんでもないものが埋もれていたりした。
 レジの表示が目まぐるしく変わるなか、信はそれを確認してしまった。


 ピッ!


『タバスコ×1』


 ピッ!


『タバスコ×2』


 ピッ!


『タバスコ×3』


(一夏! しっかり助手してくれ! ヤバいって! 洒落にならないって!)


 ピッ!


『サバイバルナイフ×1』


(ええっ!? 食材ですらない!)


 そんなこんなで会計を終えると、みながそれぞれに自分の選んだ食材を袋につめる。
 後で払うから、と全員が言ったが、料理代だと思えばいい、と信は笑った。
 自動ドアから店の外へと出て、信の家へと戻る。気付けば七時近くになっていた。

「んん〜! 腹へった! みんな、頼んだ」

 信が背伸びをして振り返ると、女子ズはうなずいたり、ニッコリと微笑んだりした。

「あら?」

 すると、右の方から声がした。見ると、眼鏡をかけた女性が強化プラスチック一枚を隔てた向こう側から信をニコニコと見ていた。
 これだけ言うと刑務所の面会のようだが、要するに、宝くじ売り場の人である。

「あ、どうも」

「今日はお友達とお買い物? じゃあついでに買っていってよ」

「あはは。今日は遠慮しておきますよ。また今度買いに来ますね」

 お願いね、と女性は笑って手を振った。信も軽くお辞儀をしてその場を立ち去る。

「あの売り場『ここから3億円が毎年出てます!』って大きく書いてあったよ。すごいね」

「だからって当たりが出やすい訳じゃないでしょ? まあビックリするけど」

「そうですわね。もし当たったら、皆さんだったら何に使いますの?」

「私はそうだな……貯金だな」

「俺は家を建て替えようかな」

「私は戦力の増強のために新しい武器を購入するぞ」

 みんな思い思いの自分の願いを語る。その様子をアイスをかじりながら聞いている信。特に会話に加わろうともしていなかったが、一夏が自分の分のゴリゴリくんを開けながら信に話しかけてみる。

「信は?」

「俺? 俺は……そーだなー……」

「うんうん」

「料理を作ってもらうために食材を買う、かな」

「「「「「「え?」」」」」」

 その時、脇を主婦二人組が熱心に話し込みながら通りすぎていく。

「ねぇ、聞いた!? あそこの売り場で毎年3億円出してるのって、同じ人らしいわよ!」

「聞いた、聞いた! しかも男の子なんでしょ? 最初に当てたときはまだ小学生だったらしいわね!」

「今は確か高校生ぐらいじゃないかしら? しかもかなりかっこいいらしいわよ!」

 じゃああたしの息子じゃ無理だわ、と冗談めかして歩いていくのを6人が全員最後まで目で追う。恐る恐る信を見ると、ちょうどアイスを食べ終えたところだった。

「お、当たりだ。ラッキー♪」

 強運を持つ少年が、そこにいた。












「あ、織斑先生。お待たせしましたっ」

 山田先生こと山田真耶は、千冬の突然の呼び出しにも快く応じ、とあるバーに来ていた。 千冬の横にはすでに空になったグラスが置いてあった。
 『バー・クレシェンド』は千冬のお気に入りの店で、密かにいつか一夏と飲みに来ようと思っている。

「織斑先生? どうしたんですか?」

「ん? ああ、いや。急に呼び出したりしてすまないな」

「いえ。家にいたってやることないですから」

 真耶はニッコリと笑い、千冬の隣の席に座る。 二人の座るカウンター席からは初老のマスターのその手際のよさがよく見えた。一体いつからこの仕事についているのだろうか。

「マスター、ビールを1つ追加していただけますか?」

「かしこまりました。千冬さんのも新しいのをお出ししますね」

「ええ。お願いします」

 マスターは柔らかな微笑みを返し、早速注文の品を準備し始める。世間でいう『ダンディーな男』というやつだ。
 贔屓目なしで見ても、彼はいい男だろうと千冬は思っている。

「どうぞ」

 二人はグラスを受け取り、乾杯をする。
 マスターは片手に白い布を持ち、グラスを磨くために自然にスッと脇に移動する。こんな風にさりげなく話しやすい雰囲気を作れるのは、ここのマスターだからこそである。
 千冬は話題を切り出さないようだったので、真耶は自分から質問を切り出した。

「今日は織斑先生はお休みの日でしたよね? 帰省されたんじゃ……」

「ああ。そうなんだがな……帰ったら誰もいなかった」

「え? 織斑君がいるんじゃ……」

「それが信の家に遊びに行ったらしい」

「へぇ〜。やっぱり男の子同士だから楽しいでしょうね」

 真耶は再びグラスを傾ける千冬を見ながら、優しげに微笑む。

「いや……実はな、少し心配なことがあって……」

「と、いいますと?」

「この前、一夏と信にグラウンドを走らせたことがあったろう?」

「ありましたね〜。二人とも『織斑先生の鬼〜!』って言いながら走ってました」

「その時にな、信が金曜から一週間自宅に帰ると言っていたんだ」

「はぁ……」

「家の掃除をするとも言っていた」

 話の意図が見えず、真耶は首をかしげる。夏休みだから家に帰るなんて、そんな普通のことのどこが心配なのだろうか。久しぶりに帰るのだから、掃除ぐらいするのも別におかしいことではない。

「つまりな、金曜日は多分掃除をするから、信も客をもてなすことができないだろう?」

「そうですね。掃除ってなかなか大変ですもんね」

「ということはそのことを知っている客たちはその日を避けて来るわけだ。山田先生は一週間のうち、誰かの家を訪ねるとしたらいつ訪ねる?」

「えっと……日曜日、ですかね」

「なぜ?」

「え? だって、平日は忙しいだろうし……日曜日は大体の人がお休みですから……」

「そう。それが普通の考えだ。が、だからこそ多くの人が訪れる確率が高い」

「ま、まあ、そうなりますね」

「と、なればだ。もし『家主と二人っきりで誰にも邪魔されることなく過ごせる時間』が欲しい客は土曜日に来ればいいのでは? と考えるのではないだろうか?」

「え、えっと……すいません。話がまったく見えないのですが………」

 真耶が困ったように頬をかきながら言うと、サービスとして出ていたスモークチーズのブロックを口に放り込んで、千冬は答えた。

「つまりな、いつもの女子たちが今日一斉に訪れるのではないか?」

「いつもの……というと、専用機持ちの?」

「ああ」

「まさか〜。みんな同じ日に来るわけないじゃないですか」

「だといいのだが……どうにも胸騒ぎがしてな……」

 千冬はグラスに残ったビールを飲みほし、ほーっと息を吐く。
 隣の真耶もちょっとだけグラスを傾ける。

「みんなが仲良しなのはいいことじゃないですか。もしそうなったとしても、きっと真宮くんだって快く迎え入れてますよ」

「ああ、そうだろうな」

「織斑先生は気になりますか? あの二人にガールフレンドがいるのは」

 千冬はチーズに伸ばした手をピタッと止め、ゆっくりと引っ込めた。

「それなんだがなぁ……」

「?」

「先月の臨海学校のときに……失敗してしまってな」

「失敗?」

 真耶は少し大きい声を出す。
 あの織斑先生が失敗?
 そんなことを聞くのは初めてで、一体どんなことを失敗したのか検討もつかない。真耶は不謹慎だと思いつつ、その内容をいろいろ考えてワクワクしてしまった。

「例の女子5人にな」

「はい」

「一夏と信はやらんぞと言ってしまった」

「……はい?」

 真耶は思わず聞き返してしまう。
 すると、千冬はオロオロと言い訳がましく言葉を紡いだ。

「いや、一夏に関してはその……あれだ。私は姉なのだから、弟は私のものだろう?別に変な意味はない」

「一人っ子の私に言われましても……」

「問題は信の方だ。いつの間にか、なんだ、えー……家族のように思ってしまっていてな……」

「真宮くんのことを大切に思っているってことじゃないですか」

「ただな、なぜだか家族でもないような気もするんだ」

「ええ〜……どういうことですか?」

「なんと言うか……家族に近い存在? と言うか……なんと言うか……家族にしたい存在……?」

 千冬は口ごもってしまい、後半の方の言葉は呪文のようにぼそぼそとかろうじて音が聞き取れる程度のものになってしまった。いよいよ本格的に悩み始めたようなので、真耶は気を聞かせて話題を変えることにした。

「そ、そうえば! 織斑先生、最近綺麗になりましたよね」

「なっ!? 突然何を言い出すかと思えば……悪い冗談だ」

「そんな! 冗談なんかじゃないですよ〜!」

 ぷくっと頬を膨らませる真耶がいつもより子供っぽく見えて、千冬は笑みを作る。
 今日は私の奢りだ、と真耶に言ったあと千冬はふと、古くからの友人の言葉を思い出す。

『女の子ってねー! 恋をすると綺麗になるらしいよー! なんでかって? それは天才の私にもわからないのだ☆ テヘッ♪』

 千冬は眉間にシワを寄せた。
 何を今更。それは学生時代に聞いた話だ。しかもあのバカから。

「酔いが回るのが早いな……」

 だがなんとなくその言葉の意味がわかってしまうような自分もいることに、千冬は少し気付いたのだった。















「もうちょい……もうちょい……」

 バラバラバラ。

「ぐはっ!」

 信はトランプピラミッドを作っていた。ちょうど今、志半ばにして崩れ落ちてしまったが。
 女子たちが台所に立つ間男子二人は休んでいろと言われたので、一夏と信は只今休憩中である。

「惜しかったな〜。あと2段だったのに」

 セシリアに『やっぱりわたくし一人で十分ですわ』と言われた一夏はソファでニヤニヤしながら落ち込む信を見ていた。
 ちなみに二人とももう腹をくくって、セシリアはやりたいようにやらせることにした。彼女の料理に手を加えるのは無駄だと判断したからである。
 考えてもみてほしい。タバスコを四本投入した料理は、一体どうやったら普通の味に戻せると言うのか。
 信たちが散らばったトランプを片付ける間も、台所から賑やかな話し声が聞こえてくる。

「ああっ! もう! 全然綺麗に切れないっ! あんた選び方がなってないわよ!」

「失礼な。私のじゃがいも選びは完璧だぞ。貴様のやり方が下手なのだ」

「まだ赤色が足りませんわね……ケチャップを入れてみましょう」

「ほう、シャルロットは唐揚げをつくるのか」

「うん。箒は何作るの?」

 久しぶりに使われて嬉しいとでも言いたげに、台所が輝いて見える。そのうち、部屋いっぱいに美味しそうな匂いがしてくる。それが一層信たちの腹の虫を活性化させる要因となり、料理が並ぶまで何回も鳴き声を出していた。
 やがて目の前にはテーブルにはそれぞれの個性がキラリと光る料理が五品。どれもこれも一生懸命作ってくれたことがひしひしと伝わってくる料理だった。
 では、眩しすぎて直視できないほどの個性を放つこの二組から紹介しよう。

「完璧にレシピ通りに仕上がりましたわ!」

「う、うわー! 美味しそうだな〜! あは、あははは……」

 セシリアはハッシュドビーフを自信満々に紹介する。ハッシュドビーフとわかるところが逆に怖い。絶対にタバスコを四本入れただけでは済まなかっただろうに。

「私はこれだ」

「おでん?」

「ああ。どうだろうか?」

「う、うん……いいんじゃないか?」

 三角形のコンニャク、大根、ちくわがこの順に一本の長い串がまとめあげているおでんは、果たしておでんと呼んでいいのか悩みどころである。

「あたしはこれ!」

「おっ。肉じゃが? へぇ〜うまそう」

 鈴の肉じゃがはじゃがいもがやたら小さいブロックで構成されていたが、それ以外は普通の肉じゃがだった。
 三品目にしてやっと普通の食べ物が出てきたことに感激しつつ、次の料理へと目を移す。

「僕はこの料理だよ。この前一夏に教えてもらったんだ」

「シャルは唐揚げか〜。早く食べたいな」

 一つ一つにかりっと芳ばしい焦げ色がついていて、思わずよだれが垂れそうになった。 流石家事が得意なシャルロットだと感心させられる信だった。

「おっ! 見ろよ、信! 箒はカレイの煮付けだぞ! うまそうだ!」

「そっ、そうか! い、一夏も食べるといい!」

「おう。それじゃあ美味しくいただくぜ」

 箒のお母さんは料理研究家なのかと思うほど見事な出来栄えの煮付けは、一夏にも美味しそうに見えたらしく、早く食べたいとばかりにそわそわしている。箒も嬉しそうににやけているので、これからは一夏に褒めてほしくて更に料理の腕が上達させるだろう。
 一通り誰がどの料理を作ったか確認したところで、それぞれが自分の席に座り、コップに飲み物を注ぐ。

「よっし! じゃあ食べるか! 一夏挨拶よろしく」

「えっ!? あ、挨拶ってなんだよ!」

「さ、とうぞ!」

 その瞬間、他の六人の間で目線のやり取りがチラリとなされたが、一夏は気付かない。
 突然の無茶振りに困惑しながらも、一夏はこほんと咳払いをして立ち上がる。

「え、えー……今日はみんなが作っ――」

「「「「「「いただきまーす!!!!!!」」」」」」

「おいこらぁぁぁぁーー!!!」

 幸せな笑い声が部屋中に広がり、夏の思い出がまた一つ増えるのだった。




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