小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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九話










演習から二ヶ月が過ぎた。
いまや私とキンジさんのペアは、ほとんどコンビとして定着している。

少しやりすぎてしまった気はするが、もうどうにも出来ない。
この期間の間に変わったことと言えば、

『呼び方はキンジでいいぞ』

と、少し前に言われたのでキンジさんと呼ぶようになった。
私がいつも貴方と呼んでいる事を彼が気にしたことがきっかけで、最終的に名前で呼び合うと言うことになった。

まあ、現状チームやペアでの授業は彼と組んでいるので、名前で呼ぶのは少なからず必要と言えなくもない。
向こうは私を真理と呼び捨て。

その翌日に彼に名前で挨拶された時、クラスが驚愕していたのは記憶に新しい。
その際、キンジさんは何事かと首を傾げていた。

体質の割に、彼はこう言った事には疎い。
いや、彼の場合あの体質だからこそか。

過剰に女性を遠ざけ過ぎたために、異性関係の知識や情事には頭が回らない。
将来は苦労しそうですね。

まぁ、好意を持つ女性には苦労をかけるでしょうから甘んじて受けてください。
もしかしたらその内の一人に姉さんが加わる可能性もありますね。

いえ、ほぼ確定していると言っていいでしょう。
つい先日、姉さんが武偵として本格的に活動し始めた。

久しぶりに写真で姿を見たけれど、外見はある意味かなり変化していた。
私と同じく亜麻色の髪と紺碧だった目が、両方とも緋色に変わっていた。

先月行われたパーティーの最中に、背中から撃たれたと言う情報も入った。
この事からも、緋弾の継承は上手く行くのだろう。

正直、初めて内容を聞いた時には流石に半信半疑でしたが。
実際に幾つか超常現象を見せられてしまったのだから疑えない。

『条理予知』を持つが故に、手品の類ではないと推理出来てしまうから。
あんな超常物質が存在する世の中、誰もが欲しがるのも無理はない。

「―――理・・・・真理!」
「っ!・・キンジさんですか、何でしょう?」

考えに耽り過ぎたようです。
気付けば目の前に怪訝そうな表情のキンジさん。

・・・近いです。

「何って、お前がボーっとしてるからだろ?何度も読んだのに微動だにしないし」
「すみません、考え事をしていたので」
「考え事ねぇ・・例によって俺には教えてくれないんだろ?」
「はい」
「即答・・・」

ガックリと項垂れる。
リアクションがオーバーですよ、視線を集めてます。

「もうすぐチャイムが鳴りますよ。席に着いたらどうですか」
「お、ホントだ。次の教師メッチャ切れやすいからなぁ、じゃあな真理」

軽く手を上げて自分の席に戻っていく彼。
小さく頷いて返し、教科書やノートを机の上に出す。

同時に教員が入ってきて、授業が始まった。
















昼休みのチャイムが鳴り、各々がそれぞれの場所で昼食をとっている。
そんな中、使われていない空き教室で二十人以上の男子生徒が集まっていた。

「おい、本当にやるのか?」
「当たり前だろ、女子連中が手を引いたんだから怖がるこたあねぇ」
「で、でもよぉ、宝崎だっているんだし・・・」
「バカが、いくらなんでもこの人数で襲われれば限界が来るだろ」

弱気な発言をリーダー格らしき赤毛の生徒が叱咤する。
周りの生徒も、それぞれ期待や恐怖を抱いた表情で耳を傾ける。

「今まで女子共にどれだけいいようにされたと思ってんだ?仕返ししなきゃ気が済まねぇだろ!」
「・・そうだな、特に遠山の奴には何度痛い思いをさせられたか」
「まだ痣とか残ってる奴も多いだろ・・」
「酷い奴は骨にヒビとか入ってるらしいしな」

段々と男子達の声に怒りが混じり始め、最初の怯えが消えていく。
殺気立って来た者達を見て、リーダー格の生徒がニヤリと笑う。

「よし、どうやらやる気になったみてーだな」
「ああ、一発かまさねぇと気が済まねぇ」
「理不尽な横暴働いた女子連中にもお礼しなきゃなぁ」

中には下卑た笑いを浮かべる者も出始め、陰惨な空気が室内を満たす。
元を辿れば被害者であり、正論側であった彼らも、今となっては悪人にしか見えない。

そもそも、必ずしも全員が一方的な被害者ではない。
先に女子に手を上げた側である者も入れば、恨まれて仕方ない事をした者もいる。

だからと言って、彼らの被害がそれに適した正当な罰であった訳でもない。
結局はもう性根の曲がった者同士の滑稽な争いになっているのだ。

「よし、ならこれから詳細な作戦を説明するぞ、まず――――」

全員がリーダーの説明を食い入る様に聞いている。
行動は愚者のそれでしかないが、目だけは異様に真剣である。

仮りにも武偵の卵、一般人の仕返しとは当然レベルが違う。
とは言っても、彼らの相手する者達の二人。

その内の一人に言わせれば、小細工にもならない拙いものであるとは知る由もない。















「ふぅ、ようやく終わったな」
「キンジさんが遅いのです、訓練だけでなく勉学にも気を配ってください」
「うっ・・悪い」

夜、良い子はもうすぐ寝る時間。
俺は出された課題が終わらず、帰りがかなり遅くなってしまった。

課題のレベルはペアごとに変動する。
いつもトップである俺達は、難易度最高の課題な訳だ。

しかし、実践ならともかく座学の課題となると、俺の成績はそれほど良いわけじゃない。
しかもご丁寧に、もう一方の手助けをしてはいけないと言われ、真理の力を借りる事も出来ず。

さらには、両方が終わるまで連帯責任で帰れないと言う理不尽さ。

『パートナーは死地に赴く時すら共にある!!』

らしい。
したがって、俺が真理の足を引っ張る形になり、結果としてビリになってしまった。

そのせいで追加の課題をくらい、また時間がかかった。
今はもう九時半だ。

普通ならとっくに帰宅して飯食って風呂にでも入ってるだろう。
そんな時間まで付き合わせてしまったのだから、責められても文句は言えない。

「まぁ、貴方とペアを組むと決めたのは私の判断ですから、これ以上は言いませんけど」
「いや、でも俺が足を引っ張ったのは事実だしよ・・」
「そう言う所も改善する為にこうして学んでいるのでしょう?時間はまだあるのですから、これから改善して行けば良いんです」

バツが悪くなってきた俺に、そんな事を言ってくれた。
相変わらず無表情だけど。

つか真理って前髪で顔隠れてるから、そんな表情しているのかよく解らん。
それ以前に、どんな顔してるんだろうか?

ペアを組み始めて結構経つが、真理の顔って見てないんだよな。
女子の容姿は、ヒステリアモードの引き金に関する重要な要素になる。

だから今迄は見たり聞いたりもしなかったが、急に気になってきた。
流石にこれだけ一緒に組んでるんだから、耐性くらい付いてるだろ。

少なくとも、今の学校で真理と他の女子との会話時間は天と地の差だ。
加えて、真理は何というか・・女子だということを意識しなくて済むような気安さがある。

まぁ、これに限っては真理の容姿を知らないからかもしれないが。
それでも、他の女子に比べれば圧倒的に馴染んだ筈だ。

「なぁ、真理」
「何ですか?」
「お前ってさ、どんな顔してるんだ?」
「はい?」

前を向いて受け答えしていた真理が、こちらを向く。
表情は見えないが、怪訝な顔をしてそうな雰囲気は伝わってくる。

「突然なんですか?」
「いやさ、お前の顔って見たことないだろ?何かいきなり気になってさ」
「・・・確かにいきなりですね」

合点がいった、と言うように再び前を向く。
やっぱ聞いちゃいけなかったか?

もしかしたら見せられない理由があるのかも知れない。
傷跡があるとか、消せない痣があるとか。

あとはその・・・言い方は悪いが、容姿自体があんまり良くないとか・・。

「いやすまん。別に嫌だったらいいんだ、ちょっと気になっただけだから」
「別に構いませんよ。特別理由があるわけじゃありませんし」
「そうだよな。何か理由が・・・・・って、無いのか?」
「どうやら変な気遣いをさせてしまった様ですね。無いですよなにも」

そう言って、両手を額の辺りに差し込み、左右に広げる。
途中で眼鏡も外し、俺の方に向き直る。

振り向いて俺を見る、その顔は・・・

「っ!!」

ドクン、と。
心臓が跳ねる。

体が硬直する。
合わせた視線が外せない。

目は俺と同じく黒。
しかし、その顔立ちはそこらの女子とは比べるのもおこがましい程だった。

コスプレでもして、椅子にジッと座っていれば人形に間違われるんじゃないだろうか。
年齢故の幼さも残され、オットリとした感じに細められた瞳からは、しかし同年代とは思えない妙な鋭さを持った光を垣間見た気がした

支えた手からひと束の髪が顔に垂れる。
その様子に、何故か色気を感じてしまう。

心臓の鼓動はますます激しくなる。

(不味い、この感覚は・・マズイ!)
「・・・ジさん・・・・キンジさん?」
「っ!あ、あぁ・・何だ?」
「こっちのセリフですよ、いきなり黙り込んで」
「そ、そうか。悪い」
「それで、もう満足しましたか?」
「ああそうだな!もう充分だ、サンキュ!」
「いえ」

眼鏡をかけて、手を降ろす。
それだけで顔の大半が隠れて、印象は逆転した。

最初の頃感じていた、目立たない隅っこで座っているようなクラスメイトCみたいな外見。
まさに変装の域だな。

それにしても、不味いことになった。
俺は、真理に反応してしまった。

それも露骨な色気や誘惑に、じゃない。
顔を見ただけで、だ。

相手の容姿だけで反応するなんて、カナ以来だ。
真理の場合、容姿はそこまでよくないっていう変な先入観のせいもあるだろう。いわゆるギャップ効果ってやつだ。

けれど、それを抜きにしたって相当なものだった。
顔を隠すのがあと少し遅かったら、ほぼ間違いなく『なっていた』だろう。

そうしたら、後はもう考えたくない。
いくら事情を知っている相手とは言え、恥ずかしい物は恥ずかしい。

「それでは、私はこれで」
「あぁ、また明日な。おやすみ」
「おやすみなさい」

いつもの十字路に到着し、別れる。
・・・よかった。

なんとか普通に返事出来たが、あれ以上一緒にいたら不振な態度をとってしまったかもしれない。
さっきからあの顔がチラついて消えない。

想像を超えていた、というのもあるだろう。
それ以前に、まさか可愛いとは思わなかった。

別に真理を不細工だと思っていた訳じゃない。
ただ、容姿が良い女子って自分の顔を見せようとすると思っていた。

学校でだって、顔の良い奴はどんどん着飾って周りに見せようとする。
ファッションとか化粧とかの話題で盛り上がるし、少しでもより良く磨こうとする。

ついこの前までパシリやらされてたから、そう言う話題が嫌でも聞こえてきていたしな。
まぁ、それで男子にモテ過ぎたりするとハブられる、なんていう理不尽な世界でもあるんだが。

そんなこんなで、顔を隠す美少女なんて物語りとかそこらへんの世界の存在だと思っていた。
しかも、特に理由も無くなんて尚更。

しかし、現実はどうやら違ったようで。それはもう完璧に脳裏に焼き付いてしまった。

「はぁ・・・どうすりゃいいんだ」
「何がだ?」
「そりゃあ真理の・・・・って・・・に、兄さんっ!?」

振り返ればそこには俺の兄さん、遠山金一がいた。

「驚きすぎだ。簡単に背後を取られるからそうなる」
「考え事してたんだよ。そういや、何でここに?」
「自分の家の前にいたら悪いのか?」
「へ?・・・・あ」

気付いたら家の前まで来ていたらしい。
どんだけ長い間考え込んでたんだ俺。

「ほう・・・自分の居場所も把握出来ない程に熱中するとはな。よほどその真理とやらが気にかかってると見える」
「なっ!?」

ニヤリと笑って俺を見てくる。
探りを入れられてるようだ、ここは出来るだけ冷静に対処しなければ。

「別に、ただペアを組んでるだけだよ」
「お前が女子とペアを組むとは珍しいな。春が来たのか?」
「違う!確かにアイツは可愛いけどそんなんじゃ・・・・・・あっ」

しまった。と思った時にはもう遅い。
兄さんの顔に笑みが広がって、してやったと言わんばかりに目が光る。

「そうかそうか、ならジックリと話を聞かせて貰おう。兄として、弟のガールフレンドの事は聞いておきたいしな」

そう言って首根っこを掴まれ、ズルズルと引きずられる。

「だからそんなんじゃ無いって!ちょっ、待てってーーっ!!」

俺の叫びが、星空に虚しく響いた。

-10-
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