小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

八話










「本当に助かった、ありがとな」
「気にしないでください」

頭を下げる俺に対し、素っ気なく答える宝崎。
今、俺達は屋上のベンチに座っている。

屋上には他に人影はない、俺たち二人だけだ。
それぞれの手には缶コーヒーが握られている。

ここに来る前に俺が購買で買った物だ。
武偵の学校には、当然戦闘訓練の授業なんかもある。

喉も渇くし腹も空く。
だからそれなりに大きな購買が設けられてる。

先程の礼も兼ねて、俺が奢りで宝崎に渡した。

俺の意図を汲んでくれた様で、特に拒まずに受け取ってくれた。
何で俺たちが一緒に居るかと言うと、俺が誘った。

あの後しばらく沈黙が続いた現場だったが、やがて宝崎が踵を返して歩きだした。
突然の動きにビクッと震え周りの人間を、本人は気にする事無く歩いていこうとした。

その時やっと正気に戻り、慌てて俺が呼び止めたんだ。
さっきも言ったように感謝がしたかったし、色々話したい事もあったからな。

「それにしても、お前って強かったんだな。実力隠してただろ?」
「ええ、まぁ・・」

あっさりと認める宝崎。
もう少し言葉を濁すと思ってたから驚いた。

「・・隠さないんだな」
「実際に見られて隠すも何も無いでしょう。別にどうしてもバレたくないと言う訳ではありませんし」
「そ、そうか・・」
「はい」

淡々と話す。
俺は宝崎の方に顔を向けているが、彼女は前方に視線を固定している。

いや、もしかしたら横目で此方を見ているのかも知れない。
前髪が長くて顔が半分も見えないんだ。

「その・・じゃあ何で隠してたんだ?お前ならトップだって狙えるだろう」
「別にこれと言って理由なんてありませんよ、貴方と違ってね・・」
「っ・・!」
「まぁ、強いて言うなら目立つのが面倒だった・・・って所ですかね」

一瞬、長い前髪の向こう側から一瞥される気配を感じた気がした。

「そうか・・・」
「そんなに警戒しなくても、貴方を利用しようなんて考えていませんから・・・・あの連中じゃあるまいし」
「あ・・いや、そんなつもりは・・」
「無理はしなくてもいいですよ。あんな扱いをされれば、女性そのものに不信感を抱くのも無理はないでしょうし」
「・・・・・すまん」

あまりにも的確な指摘に、俺はそう言うしかなかった。
宝崎の言うとおりだ。

ついこの前までは苦手程度でしかなかった女子に対する認識は、この二ヶ月程で嫌悪に近い物になっていた。
俺だって仮にも年頃の男子だ。体質の事とは別に、それなりに女子に幻想を抱いていたり、ちょっとした事でドギマギしてもいた。

だが、今となっては誰もかれもが猫を被った腹黒い悪魔に見えてしまう。
頭では違うと解っていても、女子には無条件で警戒心が沸くようにまでなってしまった。

「とは言え、そんな妙な体質を持っているならそれなりに対策を講じるべきなのでは、とも思いましたけど」
「うぐっ・・・」

痛いところを突かれた。
確かに、女に慣れるとか適当にあしらう術を身に付けるとかするべきだろう。

苦手だと言うだけで怠っていたのが悔やまれる。

「興味本位で聞きますが、どの程度までなら耐えられるんですか?いくらなんでも命令の度にそう言った類の事をしている訳でもないでしょう」
「・・そう言った類ってなんだ?」
「・・・は?」

謎の言葉に疑問を投げかけると、宝崎は驚いたように此方を向く。

「いや、だから何の事だ?」
「・・よくもそんな・・・・白昼堂々セクハラ発言できますね」
「セクハラ!?」

何でだ!それならお前だって言ってたじゃないか!?

「・・・・・・そうか、そう言うわけですか」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何でもありません。先程の事は忘れてください」
「?あ、あぁ・・」

腑に落ちないが、訂正はされたようなので良しとするか。
何か考えてるみたいだったが、下手に追求しない方がいいだろう。

「それで、その・・・・解り易く言えばどの程度の誘惑なら耐えられるんですか?」
「そうだな・・・その女子にもよるけど、至近距離にいる位なら大丈夫かな。体が密着してると危ないが、何とか耐えられない事もない。あとは・・・その・・胸とか太ももとか見せつけられながらあからさまに迫って来られると、殆ど駄目だな」
「・・・・・・どれだけ初心(うぶ)な子供ですか」
「ぐはっ!」

痛烈な一撃をくらい、思わず胸を押さえて蹲る俺。
見ないようにしていた現実を問答無用で叩きつけられた。

もう少し言い様はないのか・・・

「完全にヘタレじゃないですか。結果的に周りにまで被害が及ぶのですからタチが悪いにも程がありますし」
「ぐうぅっ・・・・本当にすまん」
「そこは気にしてませんからいいですよ」

嘘だ。
明らかに意趣返し的な何かだろ・・。

傷口に塩どころかコカ・コーラぶっかける位のダメージだぞ。

「まぁだからこそ、ヒステリアモードの俺を止めてくれたのは本当に有り難かったんだ」
「それがあの状態の名称ですか?」
「俺がそう呼んでるだけさ、本当はヒステリア・サヴァン・シンドローム。通称はHSSって言うんだ」
「それは・・私に言って良かったんですか?秘密にしていたのに」
「もうここまで知られたら同じだろ?それに、名称くらい言った所で何がある訳でもないだろうしな」

腕を頭の後ろで組み、背もたれに寄りかかって空を見上げる。
太陽が眩しく輝き、鳥が悠々と空を飛んでいる。

いつも通りの景色、だけど少しだけ変わった日常。
思いもしなかった変化に、まだ戸惑いを隠せない。

こんな強い奴が身近にいたなんて思いもしなかった。
宝崎が、話して見れば意外に接しやすい奴だなんて予想もしなかった。

決して友好的ではなく、所々に刺があるけど・・・嫌な奴じゃない。
俺の体質を知っても、何も要求しない。

何か企んでいるのなら、さっさと誘惑してしまえば良い。
あんなにペラペラ喋ってしまったんだ、宝崎が何か企んでいたなら、俺はもうお終いだろう。

だがそんな素振りは微塵も無く、むしろ心底どうでも良さそうな雰囲気さえ感じる。
ここまで無反応だと、むしろ全部ぶちまける事が出来て清々しいくらいだ。

「そろそろ午後の授業が始まります。教室に行きましょう」
「あぁ、そうだな」

立ち上がって扉に向かって行く宝崎について行く形で、俺も立ち上がる。
丁度、心地よい風が吹き抜けて行き、微かにクチナシのよう香りが漂った。

だからと言うわけではないが

「なぁ、宝崎」
「何ですか?」

何故か、不意に

「明日、任意のペアでの実践演習があるだろ?」
「はい、そうですね」

ちょっとだけ、心臓の動きが激しくなって

「お前、誰とパートナー組むんだ?」
「いえ、決まってないので、当日の残り者同士でのクジに任せるつもりです」

だけど、頭はいたって冷静に

「そうか・・・それじゃあさ」
「?」

不思議なくらいに、自然と

「明日、俺と組まないか?」

気がついたら、そう言ってた。

















「それではこれよりペアでの実践演習を開始する。怪我のない様に、などとは勿論言わんぞ?全員死ぬ気でやれぇ!!」

軍人仕様の迷彩服を着た、おそらく自衛隊あがりであろう教師が大きく叫ぶ。
空気が締まるどころか、若干怯んだ生徒もいるようだ。

「よし、そんじゃあ改めてよろしくな、宝崎」
「えぇ、よろしくお願いします」

隣にいた遠山キンジが、ニコやかに話しかけてくる。
嬉しそうに口元が緩んでいて、相当にこの演習を楽しみにしていたのが解る。

昨日、屋上でペアを頼まれた時は特に拒まずに了承した。
可能性の内として、前もって推理していたからだ。

むしろ、今となっては好都合だとすら言える。
ただ観察するだけでは得るものが無いのは、既に充分過ぎる程に理解した。

ならばある程度は近しい関係になった方が見える物もあると判断する。
どの道、昨日の一件で私の平凡な武偵の卵としての仮面は粉々に砕け散ったのだから。

現に今もこうして、私と遠山キンジが一緒にいる事が注目を集めている。
教師の言葉を聞きながら、チラチラと視線を送ってくるのだ。

中にはヒソヒソと小声で話している者もいる。
まぁ、すぐに怒られて黙っていましたけど。

「今から二組みずつ呼ぶ。呼ばれた順に指定のエリア内に入り、演習を始めろ」

淡々とペアが呼び出され、それぞれが広い校庭に複数描かれた白線の囲いの中へと入っていく。

白線で描かれた囲いのスペースの中で、二対ニで戦闘を行う。
戦闘中に白線の外に出てしまうと減点され、当然敵に負けても減点。

そうやって自分らより先に相手の持ち点をゼロにした方の勝ちだ。
囲いの形は、各々が形状・面積共に様々であり、これをローテーションで複数回行う。

これにより、限られた空間での複数人同士での戦闘の難易度を体感するのがこの演習の意義だ。
武偵校には、充実な訓練施設が山程ある。

しかしここは中学、それもようやく基礎体力が出来てきた頃合い程度の者が大多数だ。
設備の使用以前の問題なので、とにかく戦いの空気や感触と言うものを叩き込む。

一年の時はひたすら座学と体力作りだけだったので、今の所は全員が意欲的に取り組んでいるけど、はたしていつまでもつことでしょうね。

「次、山下 田代ペアと遠山 宝崎ペア。Cの五番だ」
「よし、行こうぜ」
「はい」

既に始めている場所の間を抜け、指定された所に着く。
先に到着していた敵のペアが、あからさまにビビっているのが手に取る様に分かる。

「ち、ちくしょう。何で最初っから悪魔コンビなんだよ!」
「やべぇよ、きっと病院送りにされる・・・」

小声で、しかし充分こちらに聞こえる音量で話す相手ペア。
聞き方によっては喧嘩を売っている様にも感じるが、二人の震え方はとても演技とは思えない震度だ。

どうやら、たった一日で噂は万全過ぎる程に出回ったらしい。

「なんか・・・スゲェ怖がられてないか?」
「あんな噂を聞けば仕方がないでしょう。貴方の力は全生徒が知るところですし」
「まぁ・・そうか」

言った後にはぁと溜め息を吐く遠山キンジ。
採点係の教員が着き、演習開始の時間となる。

今回の戦闘は銃器や刃物を使わないCQC(近接格闘)であり、それぞれが構える。
私は構えず、殆ど棒立ち状態だ。

「おい、構えないのか?」
「お気になさらず、これがスタイルですので」

私の答えに、彼はそうかと一言だけ呟いて相手を見据える。
その顔には全くと言って良いほど疑惑の色が無い。

どうにも彼には人を疑う気持ちが薄い様だ。あれだけ悲惨な思いをしたにも関わらず。
ただ単に武偵憲章一条を律儀にこなしているだけなのか、それとも只のお人好しか。

間違いなく後者だろう。普通は、表面上は納得しても僅かな疑問くらい感じている方が丁度いい。
私のように、武偵になりすます犯罪者なんて大して珍しくないのだから。

長年一緒に戦ってきた人物ならともかく、今日初めて共に戦う者が敵を前に構えもしなかったら、不思議がるだろう。
・・・まあ、どうせ演習なのだからそこまで大袈裟な事を考える必要はないのですけど。

そもそも彼とて卵なのだ、そこまで考えろと言うのが無理な話。

「それでは、始め!」

教員の合図と共に、相手ペアが同時に駆けてくる。
私達のステージは、シンプルな細長い長方形の形だ。

横幅が1.5メートル、縦が5メートルと、他の所よりも比較的狭い。
なので、自然と常時相手と向き合わなければならい。

私も遠山も動こうとはせず、遠山は迎撃の姿勢で待ち構えている。
彼が最初からカウンター狙いだと分かっていたので、私も動かなかった。

一人だけで突っ込んでしまえば、二人同時に襲いかかってくる可能性があり、もう一方が待ち構える意味が無くなる。
私だけで倒す事は造作もないことだけど、それではペア演習の意味まで無くなってしまう。

彼には、一日でも力を付けて貰わなくてはならない。
例えほんの僅かでも、今はこのレベルの積み重ねが彼には大事なのだから。

二手に別れ、私たちを各個撃破しようと迫ってくる。
どうやら一対一を挑む勇気くらいは持っていたようだ。

「たぁ!」

私の方に来た生徒が、拳を繰り出してくる。
それを紙一重で躱し、背後に回り込んで足を引っ掛ける。

空振りした勢いも殺しきれていなかった相手は、そのまま前のめりに倒れる。
一般人からすればなかなかの拳ではあったけど、私からすればお遊戯同然。

それに加え、私が仮にも女であるからか、微かな遠慮がうかがえる。
だから敢えてすぐには仕留めずに、挑発を続ける。

起き上がって再び仕掛けてきた相手の攻撃を全て容易に躱し、足払いなどで転倒させる。
段々と手を抜かれてる事に気付いた相手が、表情を怒りに歪ませる。

「ちくしょう!舐めてんのかテメェ!!」
「舐められる程度の実力しかないのですから仕方ないでしょう」
「このやろう!!」

完全に冷静さを失い、遠慮のない攻撃を仕掛けてくる。
その瞬間、初めて私も踏み込む。

相手の拳の勢いを殺さずに左手を沿えて、手首を掴んで引っ張る。
相手の体が浮き気味になった頃を見計らい、右足でその場に踏ん張る。

思いきり左足を跳ね上げ、相手のがら空きの腹に膝を叩き込んだ。

「グハッ!」

肺から空気を吐き出し、地面に倒れる。
少しの間苦しそうに呻いていたが、すぐに気を失って動かなくなった。

気絶した場合、個人の点はゼロになり、その場で敗北だ。
これでチームとしてはまず勝利になる。

一人で二人を相手にするなんて、卵だらけのこの場所では、私やHSSの遠山のような例外でなければ出来ない。
見ると、遠山も無事に相手を気絶させられたみたいだ。

「それまで!宝崎 遠山ペアはBの二番に行け、そこが次の場所だ」
「「はい」」

教員の言葉に従い、次の場所えと歩いていく。
周りからの視線より多くなったのは決して気のせいではないだろう。

「やっぱスゲェな宝崎は、相手から一発も貰ってなかったろ」
「逃げるのが得意なだけですよ、相手の攻撃が単調的すぎたのもありますが」
「それでもだよ、俺もお前に一撃与えられる気がしないし、他の奴だってそう思っただろしな」

そう言って周りをざっと見る遠山。
それに合わせて全員が目を逸らして行く。

「ま、俺達はすっかり避けられる対象になっちまってるがな」
「私は別に大差ありませんね。見られているかどうかだけの違いです」
「そうか?昨日何人かの生徒に話かけられてたじゃないか」
「貴方を利用してた連中に嫌がらせを受けていたり、理不尽な暴力を受けたりしていた人達です。逆に言えばあの人達の何人かは貴方に直接被害を受けた人ですね」
「うぐっ、そう言えばさっきから敵意っぽい視線を投げてくる連中が何人かいるな」

未だに私達の方を見てヒソヒソと話している人は多い。
遠山の事情を詳しく知らない者が見れば、つい昨日敵対していた筈の二人が一緒に居るのだから、不思議にもなるだろう。

一部では、私が負けた遠山を部下にしてるなんて話もある。
それを元に、どこまでも面白可笑しく脚色したものや、下衆な思考に持っていった物まで。

呆れる程に多種多様の噂が流れている。
しかし、中でも殆どの生徒の共通認識として

――絶対に敵対してはならない最強コンビが結成された。

と言うのがある。
今日のペア演習により、既に彼らの中では確定しているだろう。

教員達の中でも、私は爪を隠していた能ある鷹だと言う扱いだ。
本当に、もう私は学生として学校生活を謳歌しなければならない様だ。

今度は私が溜め息を吐く。
遠山と二人、その後も次々と相手を倒して成績を上げていく。

結果、完全無敗のトップを叩き出し、この日の演習は終わりを迎えた。

-9-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




緋弾のアリア 神崎・H・アリア (PVC塗装済み完成品)
新品 \6420
中古 \3100
(参考価格:\7140)