小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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十話










「もう、勘弁してくれ・・・」

そう言って、テーブルにつっ伏すキンジ。
どこか哀愁が漂う姿に、思わず笑みがこぼれる。

「ふふっ、仕方ない。今日はこれで終わりにするとしよう」
「はぁ〜〜〜〜・・・・」

くたびれた様子でソファーに向かい、勢いよく倒れた。
なかなか家に帰れない身だが、今日ほど愉快な時間を過ごしたのは何年ぶりだろうか。

本格的に武偵として活動し始めてから、家を開ける事はしょっちゅうだ。
父が死んで数年、同時に我が家の家計を俺が支えるようになった年月でもある。

古くから世の中において義を通すことを信条として来た遠山家。
そして現代において犯罪捜査の第一線となっている武偵。

自然と、俺は武偵になることを選んだ。
父に憧れたと言うのもあるが。

社会に触れて、色々な事を知り、学んだ。
武偵と言えど、お偉い連中から見れば換えの利く尖兵でしかない。

無謀な作戦しか思いつかない無能な人間。そのせいで死にかける多くの者達。
人を助ける前に、助ける側の方が多くの問題を抱えていた。

知識として知ってはいたものの、やはり実際に目にするとでは大きな違いがあった。
根本的な価値観の違い。くだらない自尊心を守る為に小競り合いを続ける上層部。

こんな連中のせいで、人を救うために武偵となった多くの者達が無為に死ぬのかと思うと、やりきれないものがある。
だが、だからこそ俺はひたすらに救い続け、義を通す。

捨て駒にされた者達も、一人残らず助ける。
命令違反だと言われて評価を下げられようが知ったことではない。

目の前の一人救えずして、どうして多くの命を救えると言うのか。

だからこそ、家に帰れるのは月に一度あれば良い方だ。
あっても夜中過ぎで、朝になって起きればキンジは学校に言っている。

こうして一緒に過ごせる時は、本当に僅かだ。
ましてや、キンジが女の事で考え込んでいたなんて。

遠山家の遺伝体質のせいで、キンジはあまり女に近づかないように生活している。
HSSをまだ使いこなせておらず、不便な事が多いからだ。

加えて、戦闘時に自分の意思でなれないのは痛いだろう。
HSSのない状態では、キンジの戦力は平均――もちろん中学生の基準だ――よりか少し高めと言う程度だ。

代々の遠山は、それぞれ自分が任意でHSSになる方法を見出す事から始める。
俺も・・・・その、なんだ・・・その方法はもう見つけているし、現場で活用も出来ている。

同僚に初めて話す時は、笑われるか引かれるかのどっちかだ。
とにかく、キンジと女の話題で話すなんて相当珍しい事だ。

しかもかなりの美少女らしい。
これは『なりかけた』な。

すでにかなりの回数ペアを組んでいるらしい。
これを機に、少しはHSSに慣れるといいんだが。

「じゃあ兄さん、俺もう寝るわ。スっゲェ疲れた・・・」
「そうか、お休み」
「お休み〜・・」

少しやりすぎたみたいだな。
宝崎真理、か。

もし機会があれば、会ってみるのも面白そうだ。
















「はぁ、昨日は散々だった・・」

教室に着いて、すぐに俺は自分の机に突っ伏した。
久しぶりに兄さんが帰ってきたかと思えば、真理について根ほり葉ほり聞き出された。

さすが現役の武偵と言ったところか、狡猾な誘導尋問に完全にはまり、洗いざらい吐いてしまった。
目立たない奴だと思ってたが、抜群の美少女だったと言うことも。

今思うと物凄く恥ずかしい。
いくら実の兄にとは言え、ペアの女子が可愛いなんて言ったんだぞ?

恥ずかしすぎて、今すぐ頭を抱えて転げ回りたくなってきた。

「あぁ・・・まともに本人の顔を見れそうにねぇ・・」
「誰のですか?」
「そりゃあ・・・・ってうわぁ!!」

思いっきり仰け反り、勢い余って後ろに倒れた。
仕方ないだろ? 顔を上げたら目の前に栗色版の貞子がいたんだから。

思わず大声も出すだろ。

「人の顔を見て絶叫とは、随分なご挨拶ですね」
「お前今の狙ってやっただろ! 口元がちょっと笑ってるのがギリギリ見えるぞ!」
「何の事だかわかりません」

前髪を弄り、さりげなく口元を隠す真理。
コイツがこんなイタズラするのは珍しいな。

というか初めてだ。むしろそっちの方が驚きかもしれない。

「それで、誰の顔がマトモに見れないんですか?」
「え、いやっ・・・・その・・・え〜〜っと・・」

ヤバイ、咄嗟にうまい言い訳が思いつかない。
下手な嘘ついても真理には通じないしなあ。

お前はエスパーかって言いたくなるくらいに的確に図星を突かれる事が多いんだよ。
おまけに、時間が経てば経つほど、言い訳の説得力は失われる。

真理から送られる視線に、少しずつ剣呑さが込み始めている。

「・・・・まぁ、言いたくないなら別に良いです」
「え?・・・・・そ、そうか・・」

いきなり踵を返して自分の席に戻っていく真理。
・・・なんだ?

なんか妙だな・・。
そう言えば、向こうから俺の所に来るのも初めてじゃなかったか?

何か用事でもあったのだろうか?
後で聞いてみるか。

イスを元に戻し、座ったところでチャイムが鳴る。
入ってきたのは、いかにも軍人崩れだと言わんばかりの大男。

ちょっとうたた寝しただけでも鉄拳制裁が待っている。
こりゃあ真面目にやらんとな・・・・。

そう思い、鞄から教材を出そうとした時―――――
今日の分の教材を綺麗サッパリ忘れている事に気付いたのだった。
















「近年稀に見るマヌケっぷりでしたね」
「お前に気遣いを期待した俺がバカだった・・・」

昼休み、お弁当を食べている私の隣でキンジさんがグッタリとしている。
今日の授業で使う教材を全て、しかも素で忘れると言う偉業を成し遂げたからだ。

その結果、現代では滅びかけている「両手にバケツで廊下立ち」を午前中ずっとやらされていた。
休み時間も含めて立ち続け、しかも道行く生徒達に笑われる。

完全に黒歴史として記憶に刻まれたでしょうね。
自業自得ですけど。

「そうですね。間違いなくバカです」
「もうやめてくれ。HPがとっくにゼロだ」
「なら昼食をとったらどうですか? 50くらいなら回復するかも知れませんよ」
「・・・・・・」

突然黙り込むキンジさん。
チラリと視線を向けても、机に突っ伏して沈黙しているだけ。

それから数秒経過しても、一向に喋る気配がない。

「どうかしました?」
「それが・・・・その・・・・・たんだ」
「はい?」

最後の方が聞き取れず、聞き返す。

「だから・・弁当、忘れたんだ・・」
「なら購買に買いに行けばいいでしょう。そんなに懐が寒いのですか?」
「ついでに財布も忘れたんだ」
「なら友人にでも借りるなりすれば―――」
「いない」
「・・・・・」

今度は私が沈黙する番でした。
まさに八方塞がり。

まさかここまで人間関係が不全だとは・・
いや、これについては私も言えた立場ではありませんが。

それに彼の場合、望まず友人が遠ざかって行った訳ですからね。女生徒達にパシリとして扱われていたせいで。
あれのおかげで自然と男子はキンジさんを疎遠・・・いや、嫌悪するようになった。

女の味方をして自分達を蹂躙する男。
彼らのキンジさんに対する評価はこんな所でしょう。

故に、以前は友人だった人にさえ敵意を向けられるようになった。
キンジさん自身が解放されても、大した変化はない。

既に彼らは被害を被っているのだから、当然ですけど。

「・・・これ、どうぞ」
「は?」

素っ頓狂な声を上げるキンジさん。
いきなりお弁当を差し出されたら困惑もするでしょうね。

「まだ少ししか口を付けてないので、ご飯の反対側なら大丈夫ですよ」
「いやでも、いいのか? お前の分が減るぞ?」
「減るのが嫌なら最初から申し出ませんよ。それに私は元から小食なので、少し減っても問題ありません」

言いながら、彼の前にお弁当を置く。
そして鞄から本を取り出し、栞を挟んでいた所から読み始める。

午後からも訓練があるのだから、下手をして怪我をするのは避けた方がいい。
予想外の事態でも起きて、取り返しのつかない事になるのは勘弁願いたいです。

案の定、少し経つとアッサリ観念する。
躊躇いがちに箸を取り、ご飯を口に運ぶ。

すると食欲が刺激されたのか、箸が少しづつ進む。
おかずのウィンナーを頬張り、満足そうな笑みを浮かべる。

これで午後は大丈夫そうだと思い、視線を本に戻した。


・・・しかし、その時はどうやら周囲への警戒が緩んでいたようです。


「・・・ねぇ、あれって間接キスじゃない?」
「っ!? ぐほっ!!」

後ろの方の席、女子が三人固まってお弁当を広げていた。
その中の一人が一部始終を見ていたらしく、隣の友人にポツリと呟いた。

そして、本人が意図したかはともかく、その一言はやけに教室に響き渡った。
直接言われた友人にとどまらず、近くで座っていた男子にまで。

その他のクラスメイト達、そして、当事者である私達にまで。
キンジさんは正確に聞き取ったらしく、大袈裟な程に体が跳ねて、そして蒸せていた。

「え、うそ!? 宝崎さんと遠山君が間接キスしたの!!?」
「間違いないよ! だって彼の食べてるお弁当、宝崎さんがさっき食べてたもん!」
「へ〜〜やっぱりあの二人ってそう言う関係だったんだ!!」
「まさか白昼堂々、それも教室でやるなんてっ!」

などなど、妄想力逞しい女子中学生のトリップが始まったようで。

思わず、溜め息が漏れる。
今も蒸せてる最中のキンジさんを見る。

なんとか収まってきたようで、フゥと息をはいていた。
そして、急にスッと立ち上がる。

訝しみながら見ていると、此方に振り向いた。
それも、妙に優しげな表情で・・・・

「・・・あの、キンジさ―――」
「すまなかったね、真理。危うく君の想いを踏みにじってしまう所だった」
「・・・」

さすがに、フリーズしました。
なんですかいきなり?

いや、分かってはいる。
今彼がどう言う状態であるのかは。

しかし、どこかで否定したかったのかも知れない。
今の状況で、彼が・・・なってしまったなんて。

意図的ではなかったにせよ、まさか―――――
間接キス・・・・ごときで・・・・・・

小学生ですか貴方は?
いや、それを言うならこのクラスの人達にも言える。

まぁ、この場合は私達だったからとも言えるでしょう。
噂の渦中にいる二人が、ともなれば仕方がないのかも知れません。

それよりも・・・

「自分が口を付けた弁当を異性に譲る、この意味を俺は早く気付くべきだった。ああ、俺はなんて馬鹿だったんだ。本当にごめんよ、真理」
「いえ別にそんな深い意味は・・・」
「恥ずかしがる君も素敵だね。それに、君の愛情が詰まったお弁当はとても美味しかったよ」

そう言って私の手を取り、手の甲にそっと口づけをした。
その瞬間、クラスが震えた。

黄色い悲鳴を上げて女子は色めき立つ。
主に男子達は口々に―――

「リア充は爆死しろーー!!!!」

などと叫び散らしていた。
その騒ぎを聞きつけ、何事だと他のクラスの人達がやって来る。

そして経緯を聞き、顔を太陽の様に輝かせながら走り去っていた。
恐らく、他のクラスに広めに行ったのだろう。

止めようとしても、もはや手遅れ。
学生の噂好きは並大抵ではない。

それが、勘違いとは言え色恋沙汰に関するのなら尚更。

「キンジさん、少し屋上で話しましょう」
「ふふっ、そうだね。どうせなら二人っきりになれる場所がいいからね」
「・・・ええそうですね、まったくです」

席を立ち、教室の外へと歩き出す。
私の前をキンジさんが歩き、人混みを割るように進んでいる。

私が歩きやすくする為の配慮だろう。
ますます、周りが騒がしくなる。

「お、どっか行くぞ!?」
「きっと人気のない所に行くんだわ!」
「え? そ・・・それから・・・?」
「それからはもうっ・・・・ッキャーーーーー!!!」

一人が叫ぶと、周りの女子も頬に手を当てて叫び出す。
そんな混沌空間を抜け出し、階段を上っていく。

生徒達は妄想に勤しむ事にしたらしく、ついては来ない。
もし来たら力づくでご退場させるつもりでしたけど。

屋上に出ると、肌寒い風が頬を撫でる。
防寒着を付けすに出るにはそろそろ辛い時期に入り、一度だけ体が震える。

すると、体が不意に暖かな熱に包まれる。
振り向けば、キンジさんが上着を脱いで私の肩にかけていた。

「外は寒いだろう、これを着るといい」
「ありがたいですが、貴方は寒くないのですか? 風邪を引いてしまうかも知れません」
「真理が風邪を引かないですむのなら、喜んで引くさ」
「・・・・・」

なんともまぁ、砂糖でも吐いてしまいそうなセリフです。
これを真顔で言えるから意味があるんでしょうね。

これから先、これにどれだけの女性が捕われるのでしょうか。
姉さんも餌食になるんでしょうね、きっと。

そう思うとムカっとしますね。
姉さん一人を想うならともかく、何股するつもりでしょうか。

いえ、彼の望むところではないのは承知してはいるのですがね。
きっと姉さんも泣かされるんだと思うと・・・

「さて、キンジさん。そろそろ本題に入りたいのですが」
「そうだね。これから君をもっと大切にすると誓う―――――」
「まずそのふざけた口から閉じましょうか」

瞬間、踏み込んで鳩尾に一発。
目を閉じて演技混じりに御高説を垂れていたキンジさんに、回避する暇はありませんでした。

見事にクリーンヒット。
体がくの字に曲がり、足が地面から浮いた。

「がっはっ!? ぐっ・・・あぁ・・」

腹を押さえ、地面にうずくまる。
体中がピクピクと震え、まるで死に際の魚みたいです。

・・・まだ薄くかかっていたら面倒なので、念のためにもう一発入れときましょうか。
ノーガードな側頭部を軽く蹴りとばす。

それでも二メートルほど飛んでいきましたけど。

「ぐ・・・・おぁ・・・」

まだ意識があるようですね。頑丈さだけはそれなりに評価出来ます。

「目は覚めましたか?」
「・・・っああ。だけど・・・もう少しやり方が・・・あったんじゃない・・か・・?」
「これくらいは迷惑料ですね。いくら事情を知っているとは言え、無償で許すなんて甘い話はないですよ」
「うぅぅ・・・・」

それからしばらく、地面に寝転がり続けたキンジさん。
その間、私は一度校舎内に入り、購買まで行って暖かい飲み物を二人分買ってきた。

戻ってくる頃には、なんとかベンチに移動出来る程度には回復していた。

「どうぞ」
「ああ・・・サンキュ」

カチッと、プルタブを開ける音が二つ同時に響く。
同じタイミングで口を付け、飲み、手元に置いた。

「明日には学校中に広まっているでしょうね。・・・いえ、もう既に広まり終えているかも知れません」
「はぁ〜〜〜・・・最悪だな。まさかこんな事になるなんて・・」
「そうですね。私も、まさか間接キスで欲情するほどキンジさんが子供だったとは思いませんでした」
「い、いや! それは!!・・・・・・・すまん」

腰を浮かせて反論しようとしたが、諦めて謝ってくる。

「別に、欲情そのものを批難はしません。貴方も年頃の男子な訳ですからね」
「変に理解を示されるのも・・・・なんか複雑だな」
「ただ流石に間接キスは少し幼稚ではないかと。相手が私でと言うのも、ちょっと趣味が悪いと思いますし」
「ああ、すまな・・・・って、なんだって?」

謝りかけた寸前、何故か妙に訝しげな視線を向けてきた。

「? ですから間接キスは幼稚―――」
「いや、それはいい。その後だよ」
「・・・・私相手になんて趣味が悪いのでは、と」
「お前、それは―――」

キンジさんが言葉を発しようとした瞬間――――
勢い良く屋上の扉が開いた。

そして、次から次へと男子生徒達が屋上になだれ込んでくる。
それらは全て、私達を囲む様に陣取ってきた。

「な、何だお前ら!?」
「私達を冷かしに来た。なんて様子じゃありませんね」

男子達の目には、明らかな敵意がある。
いや、むしろ殺気と言った方が正しいだろう。

しかも、その手には各々の銃が既に握られていた。

「よー遠山。前は随分世話になったなぁ」

集団の中から一人、恐らくリーダー格であろう男子が出てきた。

「・・・誰だお前?」
「おいおい忘れちまったのかよ。まぁ? お前にとっちゃ俺達なんて女共に捧げる生け贄みたいなもんだもんなぁ!?」

・・なる程、そう言う訳ですか。

「キンジさん。彼らは多分、この間までの貴方に被害を受けた人達でしょう」
「そ・・・そうか」
「だ〜い正解! さすが遠山を倒した天才少女さんは頭が良くていらっしゃる!」

ゲラゲラと笑う男に合わせて、周りの生徒も下卑た笑い声を響かせる。

「それはどうも。それで、そんな貴方達が彼に何の用ですか?」

もっとも、彼らの雰囲気を見ればこれ以上ない程に明白ですが。

「用? そんなもん決まってんだろぉがあっ!!」

叫び、私達の足元に発砲する赤毛の少年。
他の者達も、それぞれが構えの体勢に入った。

「テメェらをここで―――ボッコボコにするんだよおぉぉぉ!!!!」

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