小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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十一話










冬空の下、幾度となく繰り返される発砲音。
乾いた音が鳴り響く度、コンクリートが爆ぜる。

その中を私は―――いや、私達は駆ける。

「くっそ! 数が多すぎだろ!!」
「それだけ貴方の被害者は途方も無かったと言う事でしょうね」

右手にベレッタを持ち、発砲しながら答える。
一人一発で確実に仕留め、足技も駆使しながら削っていく。

武偵校の制服は防弾仕様だが、だからと言って防御力はそれほどでもない。
まともに当たれば怪我もするし気絶もする。

そんな、ただでさえ「無いよりはまし」程度の代物だというのに、目の前の生徒達の中にはそれすら着ていない者が多かった。
なにより防いだとしても、残った衝撃をくらう本人達がまだまだひ弱なのだ。訓練二年目の彼らには耐え難いものだろう。

ましてや、一メートルも離れていない至近距離ともなれば尚更。
気絶はしなくとも立つことすら出来ない痛みが襲う。

「キンジさん、五時の方向」
「ああ!」

即座に方向転換したキンジさんが、また一人を倒す。
今にも発砲しようとしていた生徒は、予期せぬ反撃に反応出来なかった。

腹部に弾丸をくらい、その男子は倒れた。

「テメェら何やってる! 相手はたった二人だろうが!!」

リーダー格であろう赤毛の男が声を張り上げる。
その声に背中を押され、何人かの生徒がナイフを構えて踏み込んでくる。

しかし、私はその攻撃を難なく避ける。
その間に発砲してどんどん相手の戦力を減らす。

目の前でナイフを振り上げる生徒が、うまい具合に壁になっている。
相手は下手に撃てない、完全に逆効果だった。

「クソが! 狙撃班はなにをやっている!?」

赤毛の男が、無線機に怒鳴る。
無意味な判断、稚拙な戦略。

オマケに楽観的思考と言い、本当に救いようが無い。
さして広くもない屋上で、たった二人の標的に対して数十人規模の人間で囲めば、逆に狙撃手の目から隠してしまう。相手を庇うような行為に等しい。

そんな中で、プロでもない中学生が正確に狙い撃てると本気で思っているあたり、こちらとしてはありがたい。
少なくともこの学校で、その領域に達している者がいた記憶はない。

気づいていないのは好都合なことなのに、安堵より先に呆れが勝ってしまう。
狙撃手の存在には最初から気付いていた。だからこそ最初から混戦に持ち込んだ。

いくら持ち手が見習いでも、狙撃銃の威力は変わらない。当たれば最悪意識を奪われる。
そうすれば、私はともかくキンジさんは悲惨な目に会うだろう。

それだけでなく、キンジさんが奴らに倒されると厄介なことになる。
恐らく学校中の男子が、胸の内に秘めた鬱憤をさらけ出すだろう。

そして、その時には女子に被害が集中する。
キンジさんを使って好き勝手していた者も、そうでない無関係な者も。

もはやキンジさんは、良くも悪くも抑止力なのだ。
だから、この人達はここで潰す。

圧倒的に、かつ徹底的に。
そうしなければいけない。でないと、やがて面倒な事になるだろう。

例えば、私が去った後。学校に入学した彼に、好機とばかりに襲おうと思う者がいてもおかしくない。
だから、私やキンジさんに敵対しようと言う意思そのものを砕く必要がある。

そして、その為には・・・・・

「さっさとくたばれぇ!!」
「くっ! このっ!!」

視線を向けた先には、生徒二人を相手に苦戦するキンジさん。
周りからの援護射撃もあり、かなり押されている。

無理も無い、今彼は凡人の状態なのだから。
一対一なら彼らに負けはしないでしょう。

でも、彼は決して天才でも超人でもない。
才能自体は相当なものであっても、今はあくまで武偵に憧れる一人の少年。

ひた向きに努力するが故に、並より一歩だけ抜きん出ている。ただそれだけの男。
・・・正直、まだ私には解らない。

彼に、本当に姉さんのパートナーが務まるのか。
彼とは違い、姉さんは天才だ。

事実、定期的に送られる姉さんの武偵としての功績は、凄まじいの一言だ。
まだ数ヶ月の活動にも関わらず、すでに数十もの事件に関わり、悉くを解決している。

何より、その現場での捕縛率は100%。
つまり犯人を一人として逃がしていない。

現在のランクはA、近々Sランクを取得するとも聞いた。
圧倒的な差。

本来なら、武偵の世界で二人が出会うなんて確立は相当に低い。
それでも、二人は出会うのだ。それも、僅か数年後に。

そして共に伊・ウーと・・・・私達と敵対する。
普通に考えれば万に一つも勝ち目は無い。

でも、その可能性が姉さんにはある。
そしてそれを引き出すのが、パートナーであるキンジさん。

・・・やっぱり、理解できません。
私には、曾御爺様みたいな直感が無いから。

姉さんは、推理力が無いから物事を論理的に説明できない。
だから、今は誰にも理解されずに一人ぼっちで戦っている。

逆に、私には直感が無いから論理を超えた本質を見抜けない。
だから、曾御爺様や姉さんの見ている世界を見れない。

似て非なる姉妹。それが私達。

・・・でも、だからこそ―――――

「キンジさん」
「真理!」

キンジさんの周りにいた生徒を沈め、彼の手を掴んで走る。
向かう先には、屋上の扉。

「逃げる気かよぉ? 無駄に決まってんだろうがぁ!!」

背後から聞こえる怒号。
それと共に、他の生徒が動く。

扉の前に、何人もの生徒が回りこむ。
しかし、私はそのまま走り続けて――――

「そんなの、分かってますよ。」

寸前で跳躍した。
キンジさんを掴んだままで、大きく飛ぶ。

「ぐべっ!?」

前にいた生徒の顔を踏み台にしてさらに上昇。
野太い声を発して生徒は倒れた。

そして着地したのは、扉の上にある場所。
給水タンクが置かれている所だ。

下から集中砲火が浴びせられる。
開けた場所に出たせいで、狙撃も始まった。

すぐにタンクの陰に隠れる。

「どうするんだよ?」
「ハッキリ言いますと、彼らを制圧する事自体は簡単です」
「本当か・・?」
「えぇ、単純な戦力差的にも確実です」

そもそも、実力を隠す必要さえ無ければとっくのとうに終わっている。

「なら・・」
「ですが、それだけでは不十分なんです」
「なに?」

そう、それだけでは足りない。

「今彼らを倒しても、いつか第二・第三の者達が襲って来るでしょう。あの手の輩は執念深いですから」
「じゃあ・・・どうするんだ・・」

想像したのか、不安そうに聞いてくる。
・・・本当に、解りませんね。

・・・しかし、それでも・・

「要は、彼らの襲うと言う意思そのものを挫くんです。敵対心そのものを、完膚なきまでに」
「それは・・・倒す事とどう違うんだ?」
「過程が違います。これ以上ない程に、圧倒的に勝利するんです。もう私達に敵対しようと思わなくなるくらいに、一方的にです」
「それは・・・真理には出来るだろうけど」
「それでも足りません」
「は?」

相手の動きを見張っていた視線を、キンジさんに移す。
真正面から、私達の視線がぶつかる。

「それでは私だけに対する敵意が消え、貴方が一人の時に襲われる危険があります」
「じゃあ・・どうすれば・・・」
「それも簡単です。私だけでなく、『私達二人の強さ』を思い知らせれば良いんです」

言いながら、両手を彼の頬に当てる。
彼の顔を、掴んで捕らえる。

「え・・・な・・・」
「キンジさん、これは貴方の為に必要な措置です。ですので、今回は貴方が気負う必要はありません」

ゆっくりと、距離が縮まる。
そしてようやく意味を理解したらしく、彼の顔が茹でダコの用に真っ赤になる。

「ちょっ! まさか・・・お前・・・!」
「一応、謝罪はしておきます。ごめんなさい」

残り、僅か数センチ。
極度の緊張の為か、彼はまったく暴れない。

まるで石のように固まっている。

「まあ・・・ファーストキスですので、それに免じて許してくださいね」
「!!」

そして・・・・私達の唇が静かに重なる・・・
刹那、私達の世界から音が消える。

弾幕が止まった訳でもない、この瞬間にも敵が近づいている。
しかし、脳がそれらの認識を除外する。

「・・・う・・んん・・」
「・・・・・・・・・・・・」

まるで岩の様に固まっているのが手に取るように解る。
それでも、触れた感触は意外に柔らかかった・・・。


―――たとえ今は解らなくても・・・・・必ず見つけてみせます。





















「糞が! 何でたかが二人くらいやれないんだよ!?」

集団のリーダー各である赤毛の男が、地面に唾を吐きながら悪態をつく。
現在も弾幕が続いており、その隙に戦力の立て直しをしているのだ。

既にやられた数は四割。
加えて、狙撃手はあまり役に立たないとさっき気付いたばかりだった。

彼のイライラは既に振り切れていた。
・・・簡単だと思っていた。

いくら強いとは言え、相手は自分らと同じ中学生。
武偵としての訓練もさほど変わりなく、まだ日が浅い者同士だと。

だから、これだけの物量差があれば押し切れると踏んでいた。
複数を相手にする訓練もしているとはいえ、精々が三・四人相手が限度。

数十人もいれば充分過ぎると思っていた程だ。
しかし、フタを開けてみればこの様だ。

半分近くをたった二人に制圧され、あまつさえ数の利を逆手に取られた。
事前に立てていた作戦など、とうに全部消し飛んでいる。

あとは自分達の技量だけで何とかしなくてはならないのだ。

「おい、配置はどうなってる」

近くに居た生徒に声をかける。
将来的に通信科(コネクト)志望の生徒で、全体状況の把握の役割を任せている。

「完了してる、いつでも行けます」
「よし」

生徒の言葉を聞き、笑みを零す。
先程から、隠れるだけで応戦しようともしない目標。

恐らく残弾数が心許ないのだろうと考える。
どの道あの二人を実力で潰そうなどとは考えていないのだ。

弾があろうが無かろうが、今の内に数で押し切る。

「なら突撃だ!」
「了解。挟撃班、突撃してください」

命令と共に、より一層の発砲音が響く。
気合を入れる叫びや、怒号なども一緒に聞こえる。

マルズフラッシュの光がチラチラと輝き、赤毛の彼にはそれが祝勝花火にすら見えた。

「これで終わりだな」
「えぇ、後は遠山の野郎を思う存分ブン殴れれば言うこと無しですよ」

近くの生徒達も、勝利を確信した顔で笑う。

「そういや、宝崎の方はどうします?」
「それは後で考えるか」
「アイツって髪で顔隠れてるからどんな顔してるのか俺知らないんだよなぁ」
「俺も俺も、じゃあまずあのウゼェ前髪切るかぁ」
「まず無いけどさぁ、もし可愛かったら・・・お楽しみしちゃう?」
「お前どんだけ持て余してんだっつぅの、てか顔が良かったら隠さないだろ」
「だから万が一だって。そう言うならお前不参加な」
「いや・・・そん時は混ざるけどさぁ」

周りでも、次々と気の抜けた空気が漂い始める。
一部では下賎な会話に励む者もおり、非常に下卑た顔を浮かべて笑っている。

それを誰も咎めはしない、年頃の本能故、誰もが頭の隅に描いていたことだった。
そして、そんな彼らの優越は、アッサリと終焉を迎える。

「ぎゃああああぁぁ!!」
「ぐああぁぁぁぁ!!」
【っ!!?】

突然聞こえて来た悲鳴に、誰もが驚愕する。
直後、数人の生徒が宙を舞って彼等の足元に落下した。

既に意識は無く、体に走る痛みに呻くだけ。
そして、その生徒はよく見れば先程の挟撃に加わっていた生徒だった。

それを見て、直後に気付いた。

―――いつの間にか、銃撃、叫び、怒号、その全ての音が止んでいる事に。

全員が、冷や汗を流しながら視線を移した。
つい先程まで、多くの生徒達が戦い、立っていた場所。

しかし、その全てが今や地に伏しており、代わりにひと組の男女が立っていた。
背中を合わせ、互いの後ろを委ねる様にして立つ二人。

「ふぅ・・・まさか君の初めてを捧げて貰えるなんてね」
「間違ってはいませんが、もう少し言葉の選択に気を配ってください」

仮りにも争いの場に立っているとは思えない、世間話でもするかのような気軽さ。
そのあまりにも緊張感のないやり取りに、生徒達が数秒だけ放心する。

しかし、この二人を前に、その数秒は致命的な隙となる。

「それじゃあ、二人っきりの時間を邪魔してくれた無粋な連中にお仕置きしないといけないな」
「二人きり云々は置いといて、確かにお仕置きはしなくてはいけませんね。徹底的に」

瞬間、弾けるように二人が駆ける。
それを見て、一瞬遅れて赤毛の男が正気を取り戻す。

「なにボサッとしてやがる!! さっさと撃てぇっ!!!」

その言葉に、次々に正気に戻った生徒達が発砲する。
数十の弾丸が、二人に向かって飛ぶ。

しかし、二人は示し合わせたように同時に左右に別れた。
一瞬前まで二人がいた空間を弾丸の雨が素通りする。

それに釣られ、弾幕も二つに別れる。
それぞれ十人ずつの生徒が二人を狙う。

だが、それも当たらない。
キンジは俊敏なフットワークで、左右に小刻みに体を動かしながら走って避ける。

真理に至っっては弾丸が当たるか当たらないかのギリギリで避け、必要最低限の動きで躱す。
その動きが余りに少なく、かつ速いせいか、まるで弾丸が真理の体をすり抜けている様にさえ見える。

非常に今更な話だが、生徒達は彼らの動きを見て、本当にようやく気付き始める。
今自分たちが相手にしているのが、とんでもない存在だと言う事に。

どれだけの実力差を持つ相手に喧嘩を売ったのかを。
どれだけ自分達が無謀な争いをけしかけたのかを。

自分達の攻撃が、どれだけ無駄なのかを。

「う、うわああぁぁ!」
「バ、バケモンだあぁっ!!」
「無理だ、勝てっこねぇ!!」

知ってしまった彼らの頭を満たすのは、恐怖のみ。
後はもう無残なものだった。

ある者は銃を放り投げて、ひたすら屋上の扉に向かって逃走を図る。
ある者は屋上の柵を越え、ワイヤーを使って降りようとする。

酷い者はその場で土下座して、必死に許しを乞う。
武偵を目指す者としてのプライドも、尊厳も、意地も、何も無かった。

そして、それらは誰一人逃げられはしなかった。
一人の例外も無く捕らえられ、縄で縛られた。

何故縄があったかと言えば、彼らがキンジを捕まえる為に持ってきたからだ。
しかし結局、そのお縄には自分達がつく事になったわけだが。

先程から狙撃が一度も無い所を見ると、逃げたのだろう。

「これで逃げられないな」
「そうですね、残るは・・・」

そう言って、視線を移す真理。
キンジもそれに習う。

視線の先には、彼等のリーダーだった赤毛の男。
今やその顔は憤怒と憎悪で歪みきっている。

「こんのぉ・・!!」
「諦めろ、お前に俺達は倒せないよ」
「そろそろ自分の身の丈と言うものを自覚した方がいいですよ? それが結果的に貴方の為になります」
「ほざけぇっ!!」

懐から二本のナイフを引き抜き、特攻してくる。
真理は溜め息を吐き、迎撃しようと銃を構えるが―――

「俺がやるよ」

キンジがそれを制した。
ポケットからナイフを取り出し、真っ向から受けて立つ。

「レディに手を出した罰を受けて貰わないとね」
「本当にキザですね」

振り向いてウィンクしてくるキンジを見て、溜め息を吐く真理。
そんな二人を睨み付け、赤毛の生徒は一気に切りかかる。

「死ねぇぇぇ!!」
「あいにくお前の頼みは聞けないな」

左の一閃を、軽く身を引く事で躱す。

「レディファーストなんでね」

右の一閃を、カウンターの要領で迎撃。
相手の刃の切っ先に、自分の切っ先をぶつける。

「なっ!?」

思わぬ衝撃を受け、右手のナイフ弾かれた赤毛の男。
ナイフが勢い良く回転しながら宙を舞う。

それに、一瞬だけ気を取られたのが敗因だった。

「それじゃあ、しばらく夢でも見ておけ」

腹に生じた衝撃により、男の意識はそこで途切れた。

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